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シン映画日記『エンパイア・オブ・ライト』

ユナイテッドシネマ浦和にてサム・メンデス監督最新作『エンパイア・オブ・ライト』を見てきた。

1980年末から1981年のイングランド・ケント州にある海辺の町マーゲイトにある映画館「エンパイア劇場」を舞台にした恋愛・ヒューマンドラマ。

1980年のクリスマス後のある日、エンパイア劇場に欠員補充のためにバイトとしてトリニダード・トバゴ出身の黒人青年スティーヴンが入ってきて、ベテランのヒラリーがスティーヴンに劇場の案内と仕事を教えることに。スティーヴンは仕事に真摯なヒラリーに惹かれ、やがて深い仲になるが、ビーチでデートをした際にヒラリーはスティーヴンに意外な一面を見せる。

『アメリカン・ビューティー』や『ジャーヘッド』などアメリカ映画のイメージがあるサム・メンデスだが、イングランドのレディング出身のイギリス人。『007』シリーズや『1917 命をかけた伝令』などイギリス映画と言えばイギリス映画ではあるが、本作はさらに時代とその時代に生きる・翻弄された市井の人々を描き、サム・メンデス監督作品の中でも生粋のイギリス映画に仕上がっている。

この映画は大きく分けると主に3つのことを描いている。
まずは主人公であるオリヴィア・コールマンが演じる場末の映画館で働く独身中年女性ヒラリーと黒人の若者スティーヴンの年の差&人種ボーダーレス恋愛を軸に展開している。スティーヴンは当初はなんとなくエンパイア劇場のバイトとしてやって来た感じなので、仕事に対して適当な気持ちで働くが、仕事に真摯なヒラリーに感化され、仕事に対する意識が変わり、そこからお互いに惹かれ合う。
パッと見はずんぐりとしたおばさんのヒラリーで、
ルックスと打ち解けやすさならハンナ・オンスローが演じるパンク女子のジャニーンの方に行きそうだし、実際スティーヴンも最初はジャニーンに好意があった様子だが、彼女との行動のワンクッションがあってより大人の女性であるヒラリーと深い中になる。反ルッキズムの空気を微かに含みつつもさに非ず、大人の女性の包容力と熟した者ならではの魅力を見せ、これまでの歳の差恋愛をより推し進めものを作りあげた。
いや、推し進めたというよりも、これは本来サム・メンデスがやりたかったことかもしれない。考えてみると、この歳の差恋愛にしても、中盤からのヒラリーのある変化にしても、人物造形の根源にあるのが『アメリカン・ビューティー』のケビン・スペイシーが演じた中年男性にも通じるものがある。スペシャルズ他、この時代のロックの使い方も『アメリカン・ビューティー』とどこか近い。

つぎにイギリス南東部にあるケント州東部の海辺の町マーゲイトにある映画館「エンパイア劇場」の風景を存分に見せている。かつては4スクリーンもあった劇場も経営のコストカットから2スクリーンに削減し、オールナイト営業もやってなんとか持ちこたえ、常に零れたポップコーンを掃除するギリギリの映画館の場末臭が凄まじい。さらにこうした映画館で働く者たちも一部を除いて意識が低く、そこにセクハラ・パワハラ全開な嫌な支配人によるダメさ加減も加わり、はみ出した者たちの集まりという感じに哀愁がある。
しかしながら全部が全部そうではなく、トビー・ジョーンズが演じる映写技師には映画に対する愛があり、この彼のシーンを切り出せばイギリス版『ニュー・シネマ・パラダイス』にもなるが、それはあくまでもこの映画の一つの顔としてである。そこを中心にせず、敢えてオリヴィア・コールマンのメロドラマの方に比重を置くことで単にイギリス版『ニュー・シネマ・パラダイス』にしなかったことで、本作はよりどっしりとしたイギリス映画になっている。
風景は劇場ばかりでなく、エンパイア劇場がある海辺の町マーゲイトの風景もたっぷりみせる。ベンチでの語らいや、バスで遠出して海辺でのデートシーンや、海沿いの通りなどをじっくりと綺麗に見せる。この映画である映画のプレミア上映会のシーンがあるが、これは単に時代の代表作というだけでなく、その映画の撮影監督がマーゲイト出身のデヴィッド・ワトキンで、種は違うが人種差別を描いた作品である。

そして1980年から81年のサッチャリズムが吹き荒れ、スキンヘッズによる暴動や人種差別か横行した時代を描いている。暴動以外にもスティーヴン周りの人種差別描写は細かい。そのスティーヴンの出身地トリニダード・トバゴはサム・メンデス監督の父方の両親の出身地で、サム・メンデスはクォーターになる。なので、スティーヴンの母親の細かいエピソードがまた英国での人種差別事情が伺える。
さらにこの映画で随所でスペシャルズの曲が使われるがこれもサッチャリズムが台頭したイギリスの時代を表す音楽で非常に重要。
それと終盤にスティーヴンはある街に行くことになるが、そこは81年の暴動で凄惨な事件があった場所でもあり、意味深で含みがある。

一見、場末の映画館に集う市井の人々のメロドラマとヒューマンドラマであるが、掘り下げるとかなり深い味わいの映画で、人々のうらぶれ感と時代の臭気とマーゲイトの香りはまさしく一隅の光である。
それは単なるイギリス版『ニュー・シネマ・パラダイス』に留まらず、“急造”ではあるが新世代のケン・ローチと言っても過言ではない。



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