#短編小説
失恋墓地|毎週ショートショートnote
「よう、マスター」
私が右手を上げると、マスターは「いらっしゃいませ」と小さく会釈した。相変わらずオールバックがキマっている。もう10年来の付き合いたが、マスターの外見は全く変わらない。
カウンターの中心から、少し左の席に座る。
「水割りでよろしいですか?」
「ああ、頼むよ」
このバーで水割り以外の酒を頼んだことがない。いや、そもそも水割り以外の酒は置いてあるんだろうか。
「今月は1通だ
助手席の異世界転生|毎週ショートショートnote
「おー! なんだなんだこの建物は!」
助手席の井上が興奮気味に叫ぶ。僕は建物の前に車を停めた。
「これ、公民館じゃないの? さすがに廃屋じゃないでしょ」
北海道に引っ越してすぐに井上と知り合い、お互い本州からの移住者なので、すぐに意気投合した。僕達がハマっていているのは廃屋巡り。北海道にはとにかく廃屋が多く、中には「まだ誰か住んでるんじゃないの?」と思うほどしっかりとした建物や、集落丸ごと廃
強すぎる数え歌|毎週ショートショートnote
真っ直ぐ行けば、遠回り。
右に曲がれば、鉢合わせ。
左に曲がれば、真っ逆さま。
昔、俺が住んでいた田舎にあった歌だ。でも、この歌が何を意味するかは知らない。
中学の時、通学路の途中に小高い丘があり、その丘は雑木林になっていて、不気味なので、みんなその丘を迂回する小道を通っていた。
ある時、付近一帯が再開発されることになり、例の丘の木々はほとんど切り倒され、前よりも不気味さはなくなった。部活
忍者ラブレター|毎週ショートショートnote
「前職は……忍者?」
「左様でございます」
「特技は諜報活動、暗号作成、暗号解読、暗殺……」
救いを求めるように社長を見ると、社長は目を閉じ、腕を組んでいた。
――任せた。
そういう意味だろう。
数多くの採用面接に立ち会ってきたが、このケースは初めてだ。
「うーん……」
僕は中途採用の面接に来た女性を見た。見た感じはビシッとスーツを着た普通の女性だが、元忍者ということは、変装している可
イライラする挨拶代わり|毎週ショートショートnote
(すぴーひゅるる……すぴーひゅるるる……)
中学1年になり、吹奏楽部の体験入部で、そいつは鬼のような形相でトランペットを吹いていた。必死なのとは裏腹に、全く音が出ていない。
力が入り過ぎている。管楽器は、ただ吹けば――空気を送れば音が鳴るわけではない。
「トランペットってカッコいいよね。金ピカだし」
そいつは鬼のような形相から一転、笑顔で僕にそう言った。
――金ピカ? ふざけた奴だ。
僕
鳥獣戯画ノリ|毎週ショートショートnote
「ん? これは鳥獣戯画……?」
美大の倉庫の片付けをしていると、誰かが模写したのか、奥の方で大きな鳥獣戯画を見つけた。それも、大量に。
「ああ、それか」
先生が僕の後ろから絵を覗き込む。
「それを描いたのは、もう10年以上前に卒業した村田って奴だよ。俺が見てきた中で、ダントツの天才だった」
「へぇ……」
確かに上手い。描かれている兎や蛙、猿や鹿は今にも動き出しそうだ。
「その村田さんっ
棒アイドル|毎週ショートショートnote
「超大型アイドル鮮烈デビュー!」
「今までのアイドルの常識を覆す!」
「歴史が生まれる瞬間を見逃すな!」
ある日、煽りまくったCMコピーがネット上に踊った。詳細は一切なく、ただ日時と場所が記載されているだけ。
ネット上では
「新手の宗教勧誘か?」
「壺を買わされるのに一票」
「煽るほど内容はショボい予感」
などと否定的な憶測が飛び交うが、記事は拡散されまくった。
そしてライブ当日……。