マガジンのカバー画像

毎週ショートショートnote

79
たらはかに(田原にか)さんが毎週日曜日にお題を出し、そのお題に沿ったショートショートを書く企画です。
運営しているクリエイター

#短編小説

失恋墓地|毎週ショートショートnote

失恋墓地|毎週ショートショートnote

「よう、マスター」

私が右手を上げると、マスターは「いらっしゃいませ」と小さく会釈した。相変わらずオールバックがキマっている。もう10年来の付き合いたが、マスターの外見は全く変わらない。

カウンターの中心から、少し左の席に座る。

「水割りでよろしいですか?」
「ああ、頼むよ」

このバーで水割り以外の酒を頼んだことがない。いや、そもそも水割り以外の酒は置いてあるんだろうか。

「今月は1通だ

もっとみる
助手席の異世界転生|毎週ショートショートnote

助手席の異世界転生|毎週ショートショートnote

「おー! なんだなんだこの建物は!」

助手席の井上が興奮気味に叫ぶ。僕は建物の前に車を停めた。

「これ、公民館じゃないの? さすがに廃屋じゃないでしょ」

北海道に引っ越してすぐに井上と知り合い、お互い本州からの移住者なので、すぐに意気投合した。僕達がハマっていているのは廃屋巡り。北海道にはとにかく廃屋が多く、中には「まだ誰か住んでるんじゃないの?」と思うほどしっかりとした建物や、集落丸ごと廃

もっとみる
強すぎる数え歌|毎週ショートショートnote

強すぎる数え歌|毎週ショートショートnote

真っ直ぐ行けば、遠回り。

右に曲がれば、鉢合わせ。

左に曲がれば、真っ逆さま。

昔、俺が住んでいた田舎にあった歌だ。でも、この歌が何を意味するかは知らない。

中学の時、通学路の途中に小高い丘があり、その丘は雑木林になっていて、不気味なので、みんなその丘を迂回する小道を通っていた。
ある時、付近一帯が再開発されることになり、例の丘の木々はほとんど切り倒され、前よりも不気味さはなくなった。部活

もっとみる
忍者ラブレター|毎週ショートショートnote

忍者ラブレター|毎週ショートショートnote

「前職は……忍者?」
「左様でございます」
「特技は諜報活動、暗号作成、暗号解読、暗殺……」

救いを求めるように社長を見ると、社長は目を閉じ、腕を組んでいた。

――任せた。

そういう意味だろう。

数多くの採用面接に立ち会ってきたが、このケースは初めてだ。

「うーん……」

僕は中途採用の面接に来た女性を見た。見た感じはビシッとスーツを着た普通の女性だが、元忍者ということは、変装している可

もっとみる
イライラする挨拶代わり|毎週ショートショートnote

イライラする挨拶代わり|毎週ショートショートnote

(すぴーひゅるる……すぴーひゅるるる……)

中学1年になり、吹奏楽部の体験入部で、そいつは鬼のような形相でトランペットを吹いていた。必死なのとは裏腹に、全く音が出ていない。
力が入り過ぎている。管楽器は、ただ吹けば――空気を送れば音が鳴るわけではない。

「トランペットってカッコいいよね。金ピカだし」

そいつは鬼のような形相から一転、笑顔で僕にそう言った。

――金ピカ? ふざけた奴だ。

もっとみる
鳥獣戯画ノリ|毎週ショートショートnote

鳥獣戯画ノリ|毎週ショートショートnote

「ん? これは鳥獣戯画……?」

美大の倉庫の片付けをしていると、誰かが模写したのか、奥の方で大きな鳥獣戯画を見つけた。それも、大量に。

「ああ、それか」

先生が僕の後ろから絵を覗き込む。

「それを描いたのは、もう10年以上前に卒業した村田って奴だよ。俺が見てきた中で、ダントツの天才だった」
「へぇ……」

確かに上手い。描かれている兎や蛙、猿や鹿は今にも動き出しそうだ。

「その村田さんっ

もっとみる
棒アイドル|毎週ショートショートnote

棒アイドル|毎週ショートショートnote

「超大型アイドル鮮烈デビュー!」
「今までのアイドルの常識を覆す!」
「歴史が生まれる瞬間を見逃すな!」

ある日、煽りまくったCMコピーがネット上に踊った。詳細は一切なく、ただ日時と場所が記載されているだけ。

ネット上では

「新手の宗教勧誘か?」
「壺を買わされるのに一票」
「煽るほど内容はショボい予感」

などと否定的な憶測が飛び交うが、記事は拡散されまくった。

そしてライブ当日……。

もっとみる