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公園デビュー (1分小説)



私は、はやくも、このママグループに入ったことを、後悔し始めている。

遊具に、問題があるわけではない。娘のチカも、子供たちと楽しそうに遊んでいる。

問題は私。ママたちとの会話が、まるで弾まないのだ。

ここでは、猫のひたいほどの大きさの公園を、何年使用していたかで、上下関係が決まる。

年齢、築き上げてきた社会的地位、懸命に勉強して取得した国家資格に、何の効力もない。

つい最近まで、大企業の課長として、バリバリ働いていた45歳の私も、ここでは新一年生。

今日も、22歳元ヤン、3人子持ちの先輩専業主婦の話を、みんな、相づちを打ちながら聞いている。

旦那の帰りがおそい。スーパーが遠い。テレビのリモコンをなくした。

どーでもいいわ。旦那の帰りが遅いのは、一生懸命、デキ婚のあなたたちのために働いているからよ。

もっと建設的な話をしましょうよ。社会情勢とか時事問題とか。中身がなくてつまらないわと、ノドまで出てくる言葉を、ぐっと飲み込む。

主人の反対を押し切って、仕事を続けていればよかったかしら。

「で、チカちゃんちのママはどう?」


いけない。上の空だった。たしか、もっと交流を深めましょう、みたいな話だったはず。

「いいと思うわ」
雰囲気を合わせておく。

「じゃ、明日からお茶代1000円に決定。みんなおつかれ!」
元ヤン主婦が、パンッと手をたたいた。

ちょっと待った。お茶代って?


帰り道、ケンちゃんママと2人になったところで聞いてみる。

「1000円って、何?お金を払わないと、コミュニケーション、取れないわけ?」

ケンちゃんママは、眉をひそめる。

「したがっておくのよ。陰で何を言われるか分からないでしょ。子供にまで、影響出たらどうするの」

さすが。子供が、おなかの中にいた時から、公園デビューを果たしていた人は、言うことが違う。

でも、私には、このグループは無理。



次の日から、少し離れた公園に、チカを遊びに行かせることにした。

しかし、ここでも、すでにママ同士のネットワークはできあがっている。隣町まで歩くが、ひとまわり年下の女性グループに、入り込めそうなスキはない。

途方にくれている私の手を、チカが握る。
「夜にしようよ、ママ」



【その夜】

街灯をたよりに、私たち親子は、ジャングルジムで遊んでいた。

と、そこに、親子連れがポツリポツリとやってきた。昼とは、また違うメンツだ。

きっと、昼間をキュウクツに思っていた人たちだわ。みんなの元へ駆け寄ると、ひとりの主婦が近づいてきた。

「夜には、夜の縄張りがあるの。あなたの話は聞いてるわ。同意しながら、お茶代を払わなかったそうね」

主婦たちの目が光る。


「どうして、子供のわたしは、どの公園でもお友達ができるのに、大人のママにはできないの?」

しゃがみこむ私の背後から、チカが抱きついてくる。

ママにも分からないわ。少し前まで、多くの部下に慕われていたのにね。いや、本当に慕われていたのかしら。

雰囲気を察したのか、子供たちがワラワラと寄ってくる。

「おばちゃん、ボクたちと砂場で遊ぼ」
「仲間はずれにしないから」

シャベルやバケツを、握らせてくれる。

同じ会社から独立、起業した同僚が言ってたっけ。「大手の名刺を手放してからが、人生、本当の勝負だ」と。

社会的地位を失い、でも、プライドは捨てきれない今。こんなに、居場所や需要がないとはね。

自分のことを、どこでもやっていける、優秀だと勘違いしていた。


「おばちゃん、むずかしく考えなくていいんだって」
「小さかった頃を、思い出して」

そうね。お酒なんか飲んでもないのに、腹を割って話して、ケンカして、泣いて笑って、すぐ仲直り。何のスキルもなかったけれど、あの頃は、まっすぐで、毎日が楽しかったわね。

「よーし。じゃあ、みんなで砂の山を作ろう」

私の、公園デビューが始まった。

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