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連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その70



70.   やっと思い出してくれました!



あくる日。
どしゃぶりの雨が続く23時。
佐藤さんに電話しに行こう。



傘の中に隠れながらボソボソと歩く。
「佐藤さん、佐藤さん、佐藤さん。」



まるで、てるてる坊主に晴れを願うように
『佐藤さん』という言葉に願を掛けていた。
そんな佐藤さんの呪文を唱えながら歩いているが
不安は消えない。
雨も上がらない。




はー。どうなってしまうんだろうか。
佐藤さん佐藤さん。あー佐藤さん。
きっと佐藤さんなら
なんとかしてくれるにちがいない。




私たちのことを覚えてくれているに決まっている!
そうだそうだ!そうに決まっている!
そして私の声を聞いた瞬間にこう言うはずだ。



『ご連絡お待ちしておりました。真田さん!
ビザ取得おめでとうございます!これでやっと会えますね!
早く一緒にお仕事頑張りましょうね!
早く来て欲しいんですけど、今年勤務の人達が
3月いっぱいまで居てるので4月になってから
来てください!4月出発の飛行機のチケットを
もう購入しておいてくださいね。
早く購入した方が安くなるので。
後は何も要りません!体一つでお越しくださって!』




いかんいかん。
妄想が暴走し始める。



でも妄想のおかげで少し勇気が湧いてきたぞっ。
さとうさーーーーーーーん!




最後に心で大きく叫びながらテレホンカードを鮮やかに入れた。
もう目を瞑っていても入れられるようになった。


P・L・L・L・L ♪
P・L・L・L・L ♪


「Hello?」


毛むくじゃらのおっさんの声ではなかった。
優しそうな女性の声だ。
『ハロー』ではなくて『ヘロゥ』と聞こえた。
カナダ人かな?

「ハ、ハロー。ナイストゥーミーチュウ。
ディスイズ サナダ。
アー、エーット、メイ アイ スピーク・・・」

「もしもし?日本人の方ですか?」

おっと。日本人だったのか。
それとも日本語がペラペラのカナダ人なのか。
とにかく日本語が通じる優しめの女性であることは決定した。

「はい、もしもし、日本人です。
えーっと、名前は真田と申しますが、
そちらに佐藤さんという女性のスタッフの方が
いらっしゃると思うんですが・・・」

いつもよりもかしこまりすぎて、
随分と変な日本語になっていく。

「はい!佐藤です!私です!
昨日電話をくれた人ですか?」


キター!佐藤さんだったのかー!
優しい声!そして明るい声だ。
♪───O(≧∇≦)O────♪


「はい!真田です!
大阪で昨年面接をしてもらった真田です!」

「・・・・」

がすごく長いぞ。
どうしたんだろう?

「あ。あのですね。そのぅ。
その件なんですけど・・・・んんっ。」


可愛らしい咳払いをしてから、顔をキリッとさせて
話を仕切り直す佐藤さん。


「昨年面接した人で採用した男性は1名だけなんです。
そしてその人とあなたは名前が違うので、
そのー、申し訳ないんですけど、
あなたは・・・採用枠には入ってないんです!
ごめんなさい!
どうやってここの連絡先知りました?」


ショックで頭がクラクラするが、素直に答えた。


「えーっと、大阪で面接してもらった時に
連絡してた佐藤さんの電話番号に電話したら
佐藤さんのお母さんが出て、教えてくれました。」


「そ、そうでしたか。その番号は私の実家なんです。
日本に帰国したら、なるべく実家に滞在するようにしてるんです。」


しまった!
なんか気を悪くしてしまったかもしれない。
声のトーンがみるみると下がっていく佐藤さん。
私はなぜ面接してくれた人の実家の
お母さんと電話している時点で
おかしいという事に気付かなかったんだろうか。



し〜〜ん


あら?
あらら?

あらららら?
終わりかな?

気絶しそうなのか酔いすぎたのか。
そんな何かよく分からないような頭の中の白さよ。
永遠に。


私のうすぼんやりとした意識の中に、
駅の地下道で何日も風呂に入れずに
ドス黒くなった私と常盤木氏の髭面ひげづらな姿が
浮かび上がった。
ギターは既に売り払って腹の足しにしたようだ。



いかんいかん!そうだ!私は1人ではないのだ!
友人の人生も掛かっているのだ!食らいつけ!
なんとしてでも受け入れられなければならないのだ!


よしっ!ここはもう、
なんでもいいから話してみよう!
口よ!頼んだぞ!


「えーっと、すいません。
大阪の江坂で面接してもらった時は、
確かに採用だと言っていただいてたんですけど・・」


佐藤さんはまだ受話器越しに居たようだ。



「確かに昨年は江坂でしたね。今年は長堀橋でしたけど。
それで、その、昨年はワーホリのビザが取れた人と、
間に合わずに取れなかった人が出てしまって・・・
取れなかったのは私のミスなので全員採用とお伝えして・・・」


佐藤さんはきっと記憶をたぐり寄せながら話している。



「そ、そうです!それです!
それで『採用だけど一年先の採用になるけど
ビザが取れたら採用になるので』と、
おっしゃっていただいて・・・」

今度は【採用】の呪文を連呼する私。

「えっと、えーっとですね。
すいません。私の言い方が間違っていたのかもしれませんけど」


スゥーっと、長い息継ぎをしてから
さらに話を続ける佐藤さん。


「『ビザが一年先になってしまうので
働くのが一年先になってしまいますけど
もしそれでもカナダで仕事したいという
気持ちがある人は連絡ください』と
言ったつもりなんですけど。」

「はい!そうです!そう言っていただきました!
なので、こうしてお電話を・・・」


「今?!・・・ですか?」

「はい!」

「なんで今なんですかー?」


「ええっ??だってえーっと、
ビザが取れたら連絡下さいねって、
おっしゃられたんじゃなかったでしたっけ?」

まるで佐藤さんが目の前に居るかのような白熱っぷりだ。
我々の掛け合いは熱く盛り上がる。


「ビザが取れてから・・の連絡? そ、それは・・・
それはそれで、ビザが取れた時の連絡はしてほしい
ですけど・・・その前に・・・まずは
一年先でもカナダに来たいか来たくないか
の連絡を・・・というか・・・その・・・
意思表明みたいな気持ちの連絡を
みんなからはしてもらってて・・・
他の方はしてくれてたんですよ。
そして何回か連絡を重ねて重ねて、
今月ようやくビザの発給が降りた時期に入ったんですけど・・・」


私を傷つけないように言葉を選びながら
話してくれている佐藤さん。
私は何も言えなくなってしまった。
頭の中には誰も居ないまま。



「・・・・」


佐藤さんが続けた。


「残念ながらその時に連絡のなかった人は
採用のリストから外してしまったので・・・
もう、おさださん、でしたっけ?」


「お、長田?さ、真田です。」


「あーそうそう、真田さんの名前がないの
・・・・というかボスには伝えてないんです。」


ゆっくりと終わっていきそうな雰囲気の会話の
その足首に、いや、ふくらはぎに私はガッチリと
しがみついた!
もうどう思われてもいい!


「そ、そんなぁ・・・。僕たち二人ともビザが取れたので、
行く気満々で準備万端なんですけれども・・・」


雨音が止んだ。


「僕たち?二人?
えーっと、誰かと一緒に来られてたんでしたっけ?」



「はい。友達と。男友達と二人で。二人とも革ジャン着て行ってしまって、とても面接とは思えないほどのカジュアルさを演出・・・」

「ああぁ!あなたたちかー!はいはい!
あの二人組ね!たしかまだ19歳か、それくらいでしたよね?」


や、やっと!
思い出してくれました!!



「はい!もう20歳になりましたので大丈夫です!」


何が大丈夫なのかは自分でも分からない。


「なるほど。思い出しました。
そうそう、連絡がなかったから
おかしいなーって思ってたんですよね。
こっちから連絡しようかとも思ったんですけど
急いでカナダに帰らないといけなかったから
そのままになってしまって・・・なんか申し訳ない」


(連絡しようと思っていただって〜!くぅ〜!)

「いえ、こちらこそ、すいません。」


「そうかそうか、そういうことか!なるほどー。」
なんか納得し始めてくれた佐藤さん。



そうか。そうだよな。
まずは行く気持ちを伝えて
そして何回も密に連絡を取っておく必要があったのだな。
反省、反省。


「そうそう。何で連絡して来ないのかなーって
思ってたんですよねー。
そうですかー。ビザ取れたんですねー!」


「はい!取れたんです!」


絶対に常磐木氏も取れているはずだろうから、
そこは敢えて取れたことにしておいた。


「いやー、うーん、んーと。」
唸っている佐藤さん。


「うーん。どうしようかなー。んー。
でも厳しいかなー。どうかなー。あと二人かー。」



「ダメですか?」



「いやあのね、今年も面接に大阪に帰ってたんだけど、
昨年みたいなことにならないようにと思って
多めに採用しちゃったんです。
そしたら来年度来る人が43名にもなっちゃって。
今年、人が少なくって大変だったからと思ったんだけど
なんかボスに多すぎるって言われて・・・」


だんだん友達みたいな話し方になっていく佐藤さん。

「んー。どうしようかなー。えーっと。」


何か奥の手立てがないか
頭の中で考えてくれているみたいだ。


もう我々は大阪の親戚のような雰囲気だ。
親戚のお姉ちゃんとの会話だ。
よしっ!そう思うことにしよう。
思い付け〜
思い付け〜
なんか思い付け〜。
お姉ちゃーん。たのむ〜。


お姉ちゃんが答えた。


「よしっ!ボスに掛け合ってみるかなー。」


「お!お願いします!」

「うん。そうそう。
男性が少ないなってボス言ってたしなー。
その理由でいけると思うんだけどなー。」


「お願いします!」


「もしかしたらビザが取れなかったりする人が出てきたり、
辞退する人が出てくるかもしれないっていうのもあるしねぇ。」

「はい!そうですね!その線は確実にあります!
・・・えっ。いや、えーっと、そのー・・・
お願いします!!」


「んー。わかりました!
明日ボスに掛け合ってみます!
あ、明日も居ないんだったっけ。
あさってになるけど、
あと二人なんとかならないか
私からお願いしてみます。
たぶん男性が足りないって言ってたような気がするんだよね。」


<ユー・ハブ・ファイブ・ミニッツ♪>


突然、受話器から音声が聞こえた。
ファイブ・ミニッツ?
5分?
そうか!カードが残り5分間しかないってことか!



「もしもーし?どうしました?なんの音ですか?
あ、そうか!ごめんなさい!
国際電話でしたね!日本から掛けてきてくれてるんだよね!
じゃあまたあさってボスに聞いたら連絡しますね。
連絡先を教えてもらえますか?」

「すいません。今、僕、大阪じゃなくて東京に居まして、
しかも一人部屋で電話もないので、
またあさって、こちらから電話します!」

「んー、はい。じゃあ、そういうことで。」



プープープー。


あっさりとした切れ味。
やはり外国に住むと電話を切る時は、
あっさりになるのかな。

湯気だった電話ボックスから脱出した。


雨はほとんど降ってるか降ってないか分からないほどになっていた。
しばらく立ったままでボーッとしていた。


「ここは、どこだったっけ?」


この何ヶ月もの生活を忘れさせるくらいの衝撃的な会話だった。
夢から覚めた時に自分の居場所が分からなくなるあの感じだ。
ここは東京。下町のいつも行く銭湯の近く。
誰か電話ボックスに傘を忘れているぞ。
私のだった。


雨は霧雨になっていた。
ミストシャワーのようで気持ち良い。
傘をささずに歩いた。



さっきの佐藤さんとの会話を振り返りたくてたまらない。
早く部屋に戻ろう。
反省会だ。

めずらしくコンビニに寄らずにビールも買わずに
部屋に戻った。



さて振り返ろうか。


腰を下ろしてこたつに入り
一丁前にも部屋の冷蔵庫から
キンキンに冷えたビールを取り出した。




しかし、あの急展開はなんだったんだろう?
【友達と二人】と言った後から変わったな。
友人の存在を出した瞬間に変わった。
イメージしてくれた。私たちのことを。



彼の存在か?
彼の存在を出した瞬間に風向きが変わった。


風の向きを一瞬で変える男。
どしゃぶりの空を一瞬で晴天にする男。


そう!
彼の名は【ミラクル・常盤木】!!



彼の存在を話す前までは
頑なに拒否されていなかったか?直樹くんよ?
私の間違いを責められる一方だったのではないか?


なのに、なのに!


友人と二人だったと言った瞬間、
私たちのことを思い出し、
【なんとかしてあげようかモード】に突入した!
そして、ついに、
ボスに掛け合ってくれる話になるなんて!

まるで友達のように盛り上がることが
大事なコツなのかもしれない。




そういうこの世の仕組みかは、よく分からないが
とにかく万事休す。



首の皮一枚はまだ繋がっていた。
唯一手持ちのミラクルカードで。

〜つづく〜

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真田の真田による真田のための直樹。 人生を真剣に生きることが出来ない そんな真田直樹《さなだなおき》の「なにやってんねん!」な物語。

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