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ドリフト走行によるアート制作:新たな発見で思いもよらぬ創造を

田村友一郎さんの映像インスタレーション作品《見えざる手》。この作品は、アート制作におけるドリフト走行のようなアプローチを取っており、アーティストも予想していなかった展開をみせます。この記事では、田村さんの作品制作プロセスやその意義について紹介します。

通常、自動車はフェース(前方)を向いて進みますが、ドリフト走行では車両を横滑りさせます。同様に、アート制作においても、最初に思い描いた方向から逸脱し、新たな発見やアイデアを取り入れることで、予想外の作品が生まれることがあります。



田村友一郎さんの《見えざる手》


田村友一郎さんが、国際芸術祭「あいち2022」の際に制作した作品《見えざる手》が東京の森美術館で展示されています。本作品は、「あいち2022」の会場である常滑のリサーチからスタートしました。

常滑と瀬戸は日本六古窯に入っていて、古くから窯業が盛んでした。明治時代になるとノベルティと呼ばれる陶磁器製の人形・置物が生産されるようになり、欧米に輸出されていました。田村さんが、作品制作のために常滑を訪れたところ、「プラザ合意により急速に円高が進み、陶製品の輸出が激減した」という言葉を頻繁に見かけます。「プラザ合意」、これが最初のドリフトになります。

プラザ合意は、1985年に行われた先進国5カ国の財務当局者による会合で、ドルの価値を下げるために各国の通貨を切り上げることに合意した出来事です。この合意により円高が急速に進み、日本の陶製品の輸出は激減したのです。

ドリフト走行による作品制作


田村さんはプラザ合意に参加した5人の大蔵大臣のノベルティを制作し、瀬戸や常滑の歴史を表現しようと考えました。映像作品では5人のノベルティが映し出されます。陶器らしいなめらかな輝きが美しい。ところが、このノベルティ、なんとCGなんだそうです。

田村友一郎《見えざる手》

本来、大量生産するもので、一体しか創らないとなると、100万円かかると言われたのです。頭だけなら予算内に収まると言われ、ここで二つ目のドリフトが起こります。
日本の古典芸能である文楽、この人形は、頭と手足はちゃんとしていますが、胴体部分は、ほとんど空洞。頭しかないノベルティを同じです。そこで、文楽を取り入れることにしました。

映像作品では、三角頭巾をつけた黒衣(くろご)が現れ、プラザ合意と日本経済について語り出します。黒衣の正体は、アダム・スミス、カール・マルクス、ジョン・メイナード・ケインズ。『国富論』『資本論』『貨幣論』を著した経済学者たちが、プラザ合意に参加した5人の蔵相を操るというストーリーができあがったのです。

田村友一郎《見えざる手》

当初は、プラザホテルを再現しようと考えていたそうですが、文楽に持ち込んだことによって、私たちには親和性の高い作品になり、大蔵大臣といえども、自分の力では抗うことが難しい大きな力に操られているという国際経済の妙をも表現できています。


強靭なチームの重要性


田村さんは、ドリフト走行にかけては、随一の力をもったアーティストです。様々な困難にぶちあたるたびに、新たな展開を発想し、作品がどんどん輝きを増していきます。
このドリフト走行を可能にするには、どんなことにも耐えられる座組が必要と言います。今回の作品制作には、CGクリエイターや地元の窯業関係者、コンサルタントや大学の経済学の教授など、多くの専門家が関わっています。強靭なチームの編成は、アート制作に限らず、ビジネスにおいても重要な要素です。


《見えざる手》の終幕


《見えざる手》は、ケインズが心臓発作で亡くなったというエピソードに結びついたオチで終幕します。このオチについては、展示会場でぜひご覧ください。

「消えろ、消えろ、束の間の灯火!
人生は歩く影法師。哀れな役者だ。」

新訳 マクベス 第5幕第5場 河合祥一郎訳 角川文庫


田村友一郎《見えざる手》 頭の部分は実際に制作された


森美術館開館20周年記念展
「ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会」

2023年4月23日〜9月24日


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