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建造物の纏う衣を創る:クリストとジャンヌ=クロード"包まれた凱旋門”

この記事では、クリストとジャンヌ=クロードが発案したパリの凱旋門を梱包するプロジェクトは、建造物を覆う衣を創っていることを想像してみました。

梱包のアーティスト・クリストの背景


2021年9月、パリのエトワール凱旋門が布ですっぽり覆われました。現代アーティストのクリスト(1935〜2020)が1961年に構想したプロジェクトが60年の時を経て実現したのです。

クリストは1935年ブルガリアに生まれ美術アカデミーで学びます。しかし、当時のブルガリアは共産主義国家で文化的に遅れており、クリストはパリに行こうと考えていました。1956年、仲間とともに国境を突破し、父の知人を頼ってウイーンに向かいます。ウイーン美術アカデミーに1学期のみ在学、1958年パリに向かいました。

パリでは上流階級の人たちの肖像画を描いて生活費を得ていました。ことのき、ジャンヌ=クロードと出会い結婚します。そして、いろいろなものを梱包することを始めました。大きな建造物を梱包することも構想しはじめ、1961年に凱旋門の梱包も計画していました。

クリストとジャンヌ=クロード


歴史的建造物の梱包


クリストが梱包してきた建造物には2つの特徴があります。一つは、布ではとても覆えないと思われるような大きな建造物だということ、もう一つは、梱包することの是非について論争が起こるような、歴史的建造物であることです。

ミラノのヴィットーリオ・エマヌエーレ記念建造物、レオナルド・ダ・ヴィンチ記念建造物、パリのポン=ヌフ橋、そしてドイツ国会議事堂などが梱包されました。有名な建造物が布で覆われてしまうと、景観が大きく変わり、市民にとっては衝撃的な出来事であったに違いありません。

パリ凱旋門の梱包プロジェクト


パリの凱旋門が梱包されたのは2021年ですが、ジャンヌ=クロードは2009年、クリストも2020年に他界してしまい、彼らの意志を継ぐ仲間たちによって実現したものです。

残念ながら私は梱包された凱旋門を観ることはできませんでしたが、六本木の21_21 Design Sightで、プロジェクトの経緯を紹介した展覧会、『クリストとジャンヌ=クロード"包まれた凱旋門”』が行われています(2022年6月13日〜2023年2月12日)。

クリストは、プロジェクトごとに、梱包に使うのに最適な布を開発してきました。この展示でも、凱旋門を覆うための布を開発している映像が投影されています。そして、開発した布で凱旋門を覆う作業の映像、高所で非常に危険な作業です。凱旋門は周辺で唯一 50 mの高さがある建物、常に強風が吹いているため、一日で梱包を終わらせる必要があります。布をひらひらさせた状態にしておくと、どこかに飛んでいってしまう可能性があったのです。展覧会ではこれらの映像とともに、凱旋門を覆ったのと同じ布が展示されています。

これらの展示を観ていて、クリストのプロジェクトは、実は布が主役で、歴史的建造物に着せる衣装を創っていたのではないかと気がつきました。
今回製作した布はブルーで、片面にアルミを蒸着させ銀色に仕上げています。布を縛るロープは赤、トリコロールの装いになっていて、梱包された凱旋門は銀色に輝いていました。凱旋門が覆われていたのは16日間、この間に、ロープで擦れた部分はアルミが剥げ、だんだんブルーが見えてくる。風や光によって刻々と姿を変えるところなど、ファッション性を感じさせる作品です。

ファッションデザイナーのデザインバトル『プロジェクト・ランウェイ』


プロジェクト・ランウェイ(Project Runway)という米国のTV番組があります。無名だけれど才能のあるファッションデザイナーを発掘するもので、WOWOWで見ることができます。最近までシーズン19を放送していました。

十数人のファッションデザイナーから始まり、毎回課題が出されます。その課題に基づきコンセプトを考えデザイン画を描き、生地を選び、時間内に服を仕上げます。モデルがその服を着てランウェイを歩くことで採点が行われ、最後に一人の優勝者を決めるまでこの戦いが続きます。
構想しているデザインがよくても生地選びに失敗すれば、出来上がった服からは思った通りの輝きが感じられません。モデルのフィッティングも非常に重要です。

ファッションデザイナーがこの番組で挑戦していることと、クリストの挑戦とがよく似ているのです。

変容のために衣を纏う


人間は毎日衣服を纏います。「着ているものでその人がわかる」と言われますが、衣服は、その人の個性やアイデンティティを表現する大きな役割をもっています。一方で、いつもとは全く異なる衣服を着ることで、自分にも周りの人たちにも、異なる印象を与えられるところも衣服の素晴らしさです。したがってファッションデザイナーは、自分のデザインのコンセプトを明確にして世界観を作り上げる必要があります。

歴史的建造物はそれだけで個性やアイデンティティを発揮しており、そのうえに布を纏う必要はありません。しかし、クリストは、私たちの常識を超越したコンセプトを構想し、歴史的建造物をも大きく変容させる衣を生み出すことで、人々の記憶に残るプロジェクトを行ってきました。

クリストは、歴史的建造物を変容させるファッションデザイナーだったと言えるのかもしれません。

最後にクリストの言葉を紹介しましょう。

私たちはとても刺激的なものを作る。それは鉄でも石でも木でもない。布は太陽と風のフィジカリティを受ける。彼らはリフレッシュし、そしてすぐに消えていく。

包むディスプレイデザイン 〜クリストを偲ぶ 〜

凱旋門梱包プロジェクト


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