SF掌編小説「虫に成る日」すき間亭日記2023.2.22
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「虫に成る日」
「とうとう、その日がやって来た・・・」
男は、窓の外に昇る朝日を見ながら呻いた。
第三次世界大戦後の、この国では、老人と呼ばれる年齢になった者は、例外なく強制収容所へ収監される事になっている。
いや、例外がない訳ではなかった。
例えば、党の幹部や、それに関わる人間、大企業の経営者や、富裕層の大金持ちなど金とコネさえあれば例外的に収監を逃れる事も出来た。
しかし、この男のように、金もコネも持ち合わせていない大多数の庶民にとってそれを逃れる道はなかった・・・。
老人収容車が、男を収容に来るまでには、まだ少し間があった。
男は、いつものように椅子に座ると、特別に支給された、めったにない豪華な食用昆虫の朝食をとった。
国営放送からは、プロパガンダ放送が流れていた。
「この国を愛しましょう。党を愛し信じましょう。老人は、自から命を投げ出し、この国を護ってくれるのです。愛国者の老人は、称えられるのです・・・」
男は、
「愛国者の老人は、称えられる? 馬鹿な! 愛は、強制されるものではないさ・・・」
と思った・・・。
「山田さん夫妻は、無事に脱出できただろうか・・・」
山田さん夫妻とは、男の友人であり、ブローカーに金を払って国外逃亡をした老夫婦である。
無事に逃げ切れたとしても、残された親族は非国民として処刑されるのに、思い切った事をしたものだと男は思った。
しかし、いくら核戦争後の食糧不足の世界であったとしても。
老人を、生産性もない者として、強制的に社会から抹殺する法案が成立した国は、この国だけであった。
「佐藤さんの家族は、大したものだ。だが、一体いつまで彼女を隠し通せるものだろうか・・・」
佐藤さんのお婆さんは、表向きは、痴ほう症で行方不明になったとしているが。
実際は、家族が隠し部屋を作ってそこに彼女を住まわせていた。
しかし、この男でさえ、この噂を知っているのだから、昆虫食の配給欲しさに誰かに密告されるのも時間の問題のはずだ・・・。
ドアを、激しく叩く音がする。
「ドンドン、ドンドンドンー」
男は、静かに立ち上がると玄関へと向かった・・・。
収容執行官は、丁寧な言葉遣いではあるが、しっかりと武装していた。
収容に抵抗する老人も大勢いたからだ。
しかし、もしも老人たちが抵抗するような事があれば、収容執行官はその場で射殺する事を許されていた。
男は、抵抗することもなく収容執行官の言葉に従った・・・。
男は、精神安定剤と麻薬の入った注射を打たれると、収容車の中へ乱暴に投げ込まれた。
男の手足の骨は、収容車へ詰め込まれる衝撃で折れていた。
薄れゆく意識の中で、男は、こんな思いをするならば射殺された方がましだと思った。
そして、この国で、毎日放送されている政治家やマスメディアのプロパガンダ放送を思い出し、それを無理やり信じ込もうとした。
「老人の皆様、あなた方の尊い犠牲を、私たちは決して無駄には致しません。
あなた方の肉体は、確実に、この国の未来や、子供たちの未来の為に、しっかりと受け継がれ、発展の為に利用されるのです・・・」
こうして、この国の老人たちは、強制収容所と呼ばれる、食用昆虫養殖所へと運ばれてゆくのであった。
そして食用昆虫養殖所へ運ばれた老人たちの肉体は、少しづつ虫たちに食べられて、その体内へと吸収されてゆくのである・・・。
そのころ男の家では。
男が、長年使用していた古ぼけた椅子だけが、朝日に照らされて寂しげに光っていた・・・。
注・この作品はフィクションであり創作です、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
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使用画像 ACイラストより
2023.2.22 2.23加筆修正 2.24加筆修正 3.4加筆 5.10加筆
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