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スケッチ

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仙台でカメラマンを夢見る男性、北多川悠(キタガワユウ)は彼女の江美と二人暮らしをしている。 ある日原因不明の病で北多川は視力を失う。 彼が辿る運命とは。 とある楽曲をベースに紡…
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#成長

スケッチ⑬

スケッチ⑬

夕飯は、江美が作るベトナム料理だった。
一緒の部屋に住んで生活しているものの、仕事の時間帯がお互いに違うせいですれ違いが続き、テーブルを挟んで食事を共にするのは久しぶりな気がしていた。
自分自身でこんな風に物事に対して久しく感じるとき、江美も同じように感じていることが不思議と多い。
きっと、こうした団欒の機会をずっと静かに求めていたのだろう。
買ってきた野菜や肉をキッチンで調理をしながら、リビング

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スケッチ⑨

真っ白な空間。
均一な距離をとりながら複数の直線を縦に描く。
次に、それらを横線で結びつけ長方形を作り上げる。
幾つかの大きな箱が出来上がると、その中に小さな四角形を加える。
その作業を繰り返す。何度も。
先程まで白紙だった世界には幾つもの建築物が出来上がっている。
これらは(ビル)というイメージだ。
満員電車の様な狭い空間に窮屈そうに立ち並ぶビル。ビル。ビル。
その箱の中では毎日大小の起伏を伴っ

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スケッチ⑧

スケッチ⑧

神谷の葬式は親と一部の関係者だけの小さな物で済まされた。
家族構成なんてまじまじと聴いた事が無かったが、神谷の父は既に亡くなっており、唯一の肉親は母親だけだった。
他界した父親は都内で有名な食肉関係の会社経営者だったらしい。歌舞伎町の飲食街へ太いパイプがあった神谷の父は、若手事業者と手を組んだり、古くからその地で商いをする小料理屋へと肉を卸したりするなど手広い取引を展開しており、神谷自身もそんな父

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