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逆噴射小説大賞2023ピックアップ

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#パルプ小説

O・D

「一番指名の多い女はね、イク演技が上手い女なの。だからあんたもすぐ指名入ると思うよ」

 同棲している彼女の言葉が不意に思い浮かんだのは、丁度私が逝っていたからだろう。
 いや、いた。というのはおかしいか。
 私の意識はまだある。ということはつまり、逝っている最中だということだ。現在進行系で。

 「くそ、くそ、くそ」

 「よくも、このヤロウ」

 「ざけやがって」

 汚い言葉と共に降ってくる

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「迦陵頻伽(かりょうびんが)の仔は西へ」

「迦陵頻伽(かりょうびんが)の仔は西へ」

 身の丈七尺の大柄。左肩の上には塵避けの外套を纏った少女。入唐後の二年半で良嗣が集めた衆目は数知れず、今も四人の男の視線を浴びている。

 左肩でオトが呟いた。
「別に辞めなくたって」
 二人は商隊と共に砂漠を征き、西域を目指していた。昨晩オトの寝具を捲った商人に、良嗣が鉄拳を振るうまでは。
「奴らは信用できん」
「割符はどうすんの」
 陽関の関所を通る術が無ければ、敦煌からの──否、海をも越えた

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黄金ザクロ

黄金ザクロ

 誰もいなかった。たった独りきりだった。
 ウゥゥー……ウゥー……。
 荒涼とした大地に、呻きにも似た何かが木霊していた。言い知れぬ焦燥感とともに空を見ると、天頂には眩い光があった。耳元には囁く声。誰も、いないはずなのに。

 見えるか? あの輝きが。ぴかぴかとしたあの光が。わかるだろう? 俺とお前が求めてやまなかったもの。ありとあらゆる犠牲を費やし得ようとしたもの。俺とお前の生と死。終わりにして

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【Rendez-vous in 那覇】 逆噴射小説大賞2023

【Rendez-vous in 那覇】 逆噴射小説大賞2023

 噂の通りだ。年に一度、沖縄本島のほぼ中心にあるこの地域に数千の老若男女が世界中から集まる。記録を残すことを禁じられているため、この場所に集ったものは厳しいチェックを受ける。航空機が上空を飛ぶことも禁じられているし、迷い込んだ鳥すらも全て捕獲される。空路も陸路も海路も通信も制限されていて、噂だけがその隙間を抜けていく。

 若紫の薄い羽衣を纏った男が浜辺の向こうの空から舞い降りてくるのを俺は見た。

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墳墓酒、悪霊

墳墓酒、悪霊

白い息を吐いて、1杯では値段もつかない安酒をあおる。とうてい酔えないこれは地下墳墓の探索のお供に相応しい。石造りの不潔で不気味な通路をひとり歩く。ときたま同業者か化け物の物音が彼方から聞こえてくる。骸骨はカチャリ、ゾンビはベチャリ。ただし、レイス……救い難き悪意に満ちた魂の怪物からは、何も聞こえない。寒気だけが奴を感じる唯一の手掛かり。だから安酒で暖まり感覚を研ぎ澄まさなければならない。

長い通

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アノン・マキナは死んでいる

アノン・マキナは死んでいる

 アノン・マキナの幻影を、今も戦場に見る。

 ――壊滅状態の部隊で弾倉に弾を詰め込めば、想起されるは、嘗て戦場を流れた長い銀髪。
 二丁拳銃で敵の頭に一撃必殺。容赦無く慈悲深い戦乙女の姿。

 だが彼女はもう居ない。

 俺が強ければ、或いは……そこで歯を食い縛る。『泣くな。涙は照準がぼやけて悪い』という死に際の教えを守る為――。
「突撃用意!」
 大尉の声が響く。既に右腕と左手指が無い彼の、喉

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【空港税関-怪物図鑑】 #逆噴射小説大賞2023

【空港税関-怪物図鑑】 #逆噴射小説大賞2023

 空港のバックヤード、冷たい床を背に、腕に渾身のチカラを込めて、俺はチュパカブラの首を締めていた。

 なんだってチュパカブラの首なんか締めているのか? 仕事だからだ。

 俺は税関職員だ。といっても、一般にイメージされるような薬物取締はしていない。空港に運ばれてきた動物が輸入禁止のものでないかチェックするのが俺の仕事だ。基本、イヌネコと書類を適当に眺めるだけ。

 だが、違法な動物を運ぶやつもい

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一夜で簡単天地創造(ただしねずみあれ)

一夜で簡単天地創造(ただしねずみあれ)

 わたしも悪かったがムジも少しは悪いと思う。ムジが地球から来たくせにチンチラを知らないのが悪い。思わず人間でいうところの人差し指を細く伸ばしてムジの鼻の穴に突っ込み、そのまま先端を脳に突き刺してあのふかふかで素晴らしいねずみについての情報を流しこんでしまった。

「あああ!どうしよう!部屋にチンチラがいるのに!早く帰らないと!」

 ムジは涙と鼻水を垂らし、わたしの肩を掴んでゆする。揺れる両肩が根

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ザメラの慟哭

ザメラの慟哭

 奴が現れたのは、10年前とちょうど同じ時間だった。

『怪獣バグラ、街に上陸しました! 次々と建物を破壊しています。周辺住民はシェルターに避難を――』

 高角月美は自分のラボから中継を見ていた。映し出される街の惨状が、20年前の記憶と重なる。彼女の祖父の乗った戦車は、あの怪獣の脚で潰された。

 母は科学者だった。怪獣に有効なウィルスを開発していた。10年前、実用化されたそれを防衛隊員の父が撃

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