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【Rendez-vous in 那覇】 逆噴射小説大賞2023

 噂の通りだ。年に一度、沖縄本島のほぼ中心にあるこの地域に数千の老若男女が世界中から集まる。記録を残すことを禁じられているため、この場所に集ったものは厳しいチェックを受ける。航空機が上空を飛ぶことも禁じられているし、迷い込んだ鳥すらも全て捕獲される。空路も陸路も海路も通信も制限されていて、噂だけがその隙間を抜けていく。

 若紫の薄い羽衣を纏った男が浜辺の向こうの空から舞い降りてくるのを俺は見た。強い風が一帯を隠すように吹き荒れる。毎年この日にこの場所で小規模な台風が発生して、この場所で収束する。噂の通りだ。その男、ヴェラキトル万座が爪先から妖艶に砂の上に降り立ち、舞台へ上がった。
 この時点で群衆の半数が白目をむいて気を失っていただろうと思う。恋愛経験豊富と言われてきた俺でさえも正気を保つのがやっとだった。
 舞台では、団体の催すこの地域に伝わる伝統の舞踊が始まっていた。難解な舞踊の型を探る。噂の通りだ。ヴェラキトル万座が群衆の中を歩く。水鳥の如き歩調。話しかけることも触れることも許されない。噂の通りだ。今年の舞は羅漢果の型か。だがヴェラキトル万座の踝の返しが転拍子を誘い、激しい太鼓と旗と共に地の熱が昇り鳳梨の型へ。
 いつのまにかその男の視線を胸元に浴びていた。咄嗟にそれを躱す。群衆の咆哮が聞こえる。距離を詰められ、するりとした男の体が、想像よりも柔らかなその肌が、羽衣の中で纏わりつく。選ばれた。熱い。キッス。
 鳳梨の型の意味が浮かぶ。血。すでに滾っていた。もう一つはなんだった?群集が俺に向かって雪崩れ込んでくる。今から三日三晩この男を守り切ることができれば、その者は天と同等の物を得られるという。那覇だ。まずは那覇へ向かい身を隠す。
 風が止み型のもう一つの意味を思い出した。狂熱。腕に焼き付く日差しを振り払うように俺は目の前の群集を殴りつけた。噂の通りだ。俺はすでに恋に落ちていた。




【続く!】





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