江本伸悟

1985年、山口県下関市に生まれる。2014年、東京大学大学院にて渦の物理を研究、博士…

江本伸悟

1985年、山口県下関市に生まれる。2014年、東京大学大学院にて渦の物理を研究、博士号(科学)を取得。2017年、私塾・松葉舎を立ち上げ。科学、数学、哲学、芸術、芸能、武術、ファッション、ダンスなど、分野を横断したコミュニティのなかで心と体と命の探求を続けている。

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  • 松葉舎の講義録

    松葉舎でおこなった講義の記録です。

記事一覧

センス・オブ・ワンダー、原文と二つの訳の比較対照

松葉舎ゼミ「科学のセンス・オブ・ワンダー」の下準備として、レイチェル・カーソン『センス・オブ・ワンダー』の原文と二つの訳(森田真生訳、上遠恵子訳)を部分的に比較…

江本伸悟
1か月前
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『センス・オブ・ワンダー』 新訳とその続き(森田真生)に寄せて

松葉舎ゼミ「科学のセンス・オブ・ワンダー」の開催に寄せた文章を、森田真生さんによる『センス・オブ・ワンダー』の新訳とその続きに寄せた文章として独立させました。 …

江本伸悟
1か月前
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山縣良和・ここのがっこう論③|松葉舎の講義録|2024年3月26日

人を起点に服と社会の関係を考える。 その分かりやすい具体例として、「ここのがっこう」とも「coco」の響きを共有しているココ・シャネルのデザインを挙げたいと思います…

江本伸悟
2か月前
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山縣良和・ここのがっこう論②|松葉舎の講義録|2024年3月26日

「ここのがっこう」の創作現場に今一歩踏み込んでいきたいと思います。 先ほどは、例えば「スカートとは何か」を考えるさいに、スカートの形状や長さなど、とにかくスカー…

江本伸悟
2か月前
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山縣良和・ここのがっこう論①|松葉舎の講義録|2024年3月26日

2024年3月26日、富士山麓に広がる機織り町・富士吉田にて、作家の川尻優さんと共に「生きること、機を織ること、言葉を紡ぐこと」というタイトルにて、ファッション私塾「…

江本伸悟
2か月前
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学びの共同体をつくる|阿部謹也『学問と「世間」』|

 著者の阿部謹也は、日本的な人間関係のありようを示す「世間」という言葉をはじめて学問の俎上に載せた学者であり、その成果は『「世間」とは何か』(1995)を通じて世に…

江本伸悟
5か月前
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松葉舎は7周年を迎えました|松葉舎つれづれ|2024年1月9日

松葉舎は本日でちょうど7周年を迎えました。 7年前のこの日、2017年1月9日に開催した開塾記念講座では、武術研究家の甲野善紀先生、私塾「数樂の風」主宰の藤野貴之先生、…

江本伸悟
5か月前
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わたしの思考と出会いなおす|松葉舎つれづれ|2023年11月16日

ヴァイオリニストの本郷幸子さんが、先日ひらいた松葉舎ゼミに参加したさいの感想を寄せてくれた。 「人に敢えて言うほど『でも』ない。『でも』だれかとこのことを話して…

江本伸悟
7か月前
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言葉と学問への重し|松葉舎の講義録|2023年7月16日

2023年7月16日の日曜日、独立研究者の森田真生さんと一緒に、「自分のことばとからだで考える」というテーマで対談をしました。こちらの文章は、そのイベントの告知文に寄…

江本伸悟
7か月前
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からだは言葉に振り付けられている|甲野陽紀『身体は「わたし」を映す間鏡である』

 10年ほど前から時々、ダンサー/振り付け師の山田うんさんのスタジオを訪れて、数人のメンバーで踊りをならっている。はじめのころはおどるといっても何をすればいいのか…

江本伸悟
9か月前
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自分のことばとからだで考える|松葉舎の講義録|2023年7月8日

2023年7月16日の日曜日、独立研究者の森田真生さんと一緒に、「自分のことばとからだで考える」というテーマで対談をしました。こちらの文章は、そのことに関して、松葉舎…

江本伸悟
11か月前
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綻びを纏う|関根みゆき「解くまでを結びとする」

和服を着るようになり、何かにつけては縫い目の綻びる着物を繕うために、針と糸を手にしてチクチクと布に向かう時間が増えていった。肘掛けにかかって袖が破けたり、寝転ん…

江本伸悟
1年前
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呟く思考(twitter), 吃る思考(stutter)

川のほとりの保育園に娘が通うようになり、毎日土手沿いに自転車を走らせながら、川の流れを眺めている。冬の頃には色々な顔ぶれが揃っていた鴨たちも、そのほとんどが春に…

江本伸悟
1年前
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世界を再魔術化する科学 |モリス・バーマン『デカルトからベイトソンヘ』

『デカルトからベイトソンへ——世界の再魔術化』の著者であるモリス・バーマンいわく、近代とは世界からしだいに魔法が解けていく時代であった。   世界が意味にあふれ…

江本伸悟
1年前
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タイパといいたくもなる社会

タイパという言葉が若者のあいだで流行っているらしい。費やした時間に対してどれだけの効用が得られるか、タイムパフォーマンスの略ということだ。 直接耳にしたのではな…

江本伸悟
1年前
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自然の重ね描き|大森荘蔵『知の構築とその呪縛』

昔は近代知によって失われた自然の生命を復活する希望をこの書に感じていたが、久しぶりに読み返すとかつてほど筆者の論にすんなり乗ることができない。フッサール『危機』…

江本伸悟
1年前
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センス・オブ・ワンダー、原文と二つの訳の比較対照

センス・オブ・ワンダー、原文と二つの訳の比較対照

松葉舎ゼミ「科学のセンス・オブ・ワンダー」の下準備として、レイチェル・カーソン『センス・オブ・ワンダー』の原文と二つの訳(森田真生訳、上遠恵子訳)を部分的に比較対照していきました。知ること、感じることについて、カーソンの思想がよくあらわれている部分を抜き出しています。末尾には、翻訳書を読むこと、古典を読み継ぎ、書き継ぐことに関するぼくの考えも付しています。

森田真生訳:
冒険は穏やかな日のときも

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『センス・オブ・ワンダー』 新訳とその続き(森田真生)に寄せて

『センス・オブ・ワンダー』 新訳とその続き(森田真生)に寄せて

松葉舎ゼミ「科学のセンス・オブ・ワンダー」の開催に寄せた文章を、森田真生さんによる『センス・オブ・ワンダー』の新訳とその続きに寄せた文章として独立させました。

2024年3月23日、独立研究者の森田真生さんによる『センス・オブ・ワンダー』(レイチェル・カーソン)の新訳と、そのつづき「僕たちのセンス・オブ・ワンダー」を合わせた一冊が刊行されました。

『センス・オブ・ワンダー』は、自然の驚異と不思

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山縣良和・ここのがっこう論③|松葉舎の講義録|2024年3月26日

山縣良和・ここのがっこう論③|松葉舎の講義録|2024年3月26日

人を起点に服と社会の関係を考える。

その分かりやすい具体例として、「ここのがっこう」とも「coco」の響きを共有しているココ・シャネルのデザインを挙げたいと思います。彼女は1910年代20年代に、パンツスタイルや、伸縮性のあるジャージー素材を取り入れた女性服をデザインしました。今でこそ、そのように動きやすく活動的な女性服も当たり前のものとなっていますが、その草分け的存在となったのがココ・シャネル

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山縣良和・ここのがっこう論②|松葉舎の講義録|2024年3月26日

山縣良和・ここのがっこう論②|松葉舎の講義録|2024年3月26日

「ここのがっこう」の創作現場に今一歩踏み込んでいきたいと思います。

先ほどは、例えば「スカートとは何か」を考えるさいに、スカートの形状や長さなど、とにかくスカートのことだけを考えながら「スカートとは何か」を考えていきました。しかし「ここのがっこう」では、服のことだけを考えながら服をデザインしているわけではありません。服と社会との関係、あるいは服と人との関係など、さまざまな関係の編み目のなかに服を

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山縣良和・ここのがっこう論①|松葉舎の講義録|2024年3月26日

山縣良和・ここのがっこう論①|松葉舎の講義録|2024年3月26日

2024年3月26日、富士山麓に広がる機織り町・富士吉田にて、作家の川尻優さんと共に「生きること、機を織ること、言葉を紡ぐこと」というタイトルにて、ファッション私塾「ここのがっこう」の創作と、松葉舎の学問とについてお話ししてきました。こちらはその講演録となります。

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この度はお招きいただきましてありがとうございます。松葉舎主宰の江本伸悟と申します。また、デザイナー・山縣良和が運営す

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学びの共同体をつくる|阿部謹也『学問と「世間」』|

学びの共同体をつくる|阿部謹也『学問と「世間」』|

 著者の阿部謹也は、日本的な人間関係のありようを示す「世間」という言葉をはじめて学問の俎上に載せた学者であり、その成果は『「世間」とは何か』(1995)を通じて世に知られている。

 『学問と「世間」』(2001)ではタイトルの通り、「学問」と「世間」の関係に焦点を当てつつ分析を深めているのだが、ここにもう一つキーワードを付け加えるなら、それは〈生活世界〉になるだろう。

 本書の問いをぼくの言葉

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松葉舎は7周年を迎えました|松葉舎つれづれ|2024年1月9日

松葉舎は7周年を迎えました|松葉舎つれづれ|2024年1月9日

松葉舎は本日でちょうど7周年を迎えました。

7年前のこの日、2017年1月9日に開催した開塾記念講座では、武術研究家の甲野善紀先生、私塾「数樂の風」主宰の藤野貴之先生、物理学者の小林晋平・東京学芸大学准教授、フラワーアーティストの塚田有一・里香夫妻、ログズ株式会社の武田悠太さん、大建基礎株式会社の大門千彌さん、そのうちcafeの浅井琢也さん、あさくさ鍼灸整骨院の末野秀実さん、そして親友の森田真生

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わたしの思考と出会いなおす|松葉舎つれづれ|2023年11月16日

わたしの思考と出会いなおす|松葉舎つれづれ|2023年11月16日

ヴァイオリニストの本郷幸子さんが、先日ひらいた松葉舎ゼミに参加したさいの感想を寄せてくれた。

「人に敢えて言うほど『でも』ない。『でも』だれかとこのことを話してみたい。『でも』言ったら変だと思われるかもしれない」。なんども繰り返される『でも』には、自分の思いや考えをひとに打ち明けるさいの迷いやためらいがありのままに表れている。

ダンサー/振付家の岩渕貞太さんをゲストにお招きした先日のゼミでは「

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言葉と学問への重し|松葉舎の講義録|2023年7月16日

言葉と学問への重し|松葉舎の講義録|2023年7月16日

2023年7月16日の日曜日、独立研究者の森田真生さんと一緒に、「自分のことばとからだで考える」というテーマで対談をしました。こちらの文章は、そのイベントの告知文に寄せた文章の一部になります。またそのイベントに先立って書いた「自分のことばとからだで考える|松葉舎の講義録」という note の続編でもありますので、合わせて御覧ください。

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僕は大学で研究をしていたころ、街の方々に向けて時々

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からだは言葉に振り付けられている|甲野陽紀『身体は「わたし」を映す間鏡である』

からだは言葉に振り付けられている|甲野陽紀『身体は「わたし」を映す間鏡である』

 10年ほど前から時々、ダンサー/振り付け師の山田うんさんのスタジオを訪れて、数人のメンバーで踊りをならっている。はじめのころはおどるといっても何をすればいいのか分からず、全身がむしゃらに力をいれて生じる痙攣を踊りとしてみたり、羽根をおうバドミントンの選手のようにフロア中を駆けずり回ってみたりしていたが、年を経るにつれて、自分の体の奥にある感覚に向きあったり、体の構造を伝わる自然の動きを探ったりで

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自分のことばとからだで考える|松葉舎の講義録|2023年7月8日

自分のことばとからだで考える|松葉舎の講義録|2023年7月8日

2023年7月16日の日曜日、独立研究者の森田真生さんと一緒に、「自分のことばとからだで考える」というテーマで対談をしました。こちらの文章は、そのことに関して、松葉舎の授業で話したことの講義録となります。

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来週、森田真生くんと「自分のことばとからだで考える」というテーマで対談する予定です。それで、僕はこれまでの人生で一体どのように「自分で考えよう」としてきたのかを振り返っていたのですが

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綻びを纏う|関根みゆき「解くまでを結びとする」

綻びを纏う|関根みゆき「解くまでを結びとする」

和服を着るようになり、何かにつけては縫い目の綻びる着物を繕うために、針と糸を手にしてチクチクと布に向かう時間が増えていった。肘掛けにかかって袖が破けたり、寝転んだ拍子に脇の下が裂けてしまったり、その度に小一時間をとられていた僕は、なぜ着物の縫い目はこんなにも弱く、脆いのだろうと、軽い疑問と不満を抱きながらも針と指を動かし、もう、ちょっとやそっとでは縫い目が綻びないようにと、かなり強い調子で糸を縫い

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呟く思考(twitter), 吃る思考(stutter)

呟く思考(twitter), 吃る思考(stutter)

川のほとりの保育園に娘が通うようになり、毎日土手沿いに自転車を走らせながら、川の流れを眺めている。冬の頃には色々な顔ぶれが揃っていた鴨たちも、そのほとんどが春になってどこかに渡り、ただ相変わらずカルガモだけが、浅瀬に顔を突っ込んで虫か何かを漁っている。その周りではコサギが忍び足で徘徊し、草陰や川底の砂利を黄色い足でガサガサと揺り動かしながら、驚いて出てきた魚や虫をついばんでいる。いつも同じような場

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世界を再魔術化する科学 |モリス・バーマン『デカルトからベイトソンヘ』

世界を再魔術化する科学 |モリス・バーマン『デカルトからベイトソンヘ』

『デカルトからベイトソンへ——世界の再魔術化』の著者であるモリス・バーマンいわく、近代とは世界からしだいに魔法が解けていく時代であった。 

 世界が意味にあふれ、山川草木がみな悉く生命を宿し、人々を安らぎのなかに包み込んでいた時代はもはや過去となり、それ自体としては無意味な物質世界の中に諸個人は孤立して、いまでは憂鬱症が時代の精神となっている。世界が「脱魔術化」していく決定的な転換点をもたらした

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タイパといいたくもなる社会

タイパといいたくもなる社会

タイパという言葉が若者のあいだで流行っているらしい。費やした時間に対してどれだけの効用が得られるか、タイムパフォーマンスの略ということだ。

直接耳にしたのではなく、こんな言葉が流行るなんて世も末だという批判的言論を介して知るにいたった。そう嘆きたくなる気持ちも分かるが、一方で、こうした言葉を発する若者の気持ちを浅薄だと切って捨てる言論のほうが、むしろ浅はかなのではないかという気持ちがある。

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自然の重ね描き|大森荘蔵『知の構築とその呪縛』

自然の重ね描き|大森荘蔵『知の構築とその呪縛』

昔は近代知によって失われた自然の生命を復活する希望をこの書に感じていたが、久しぶりに読み返すとかつてほど筆者の論にすんなり乗ることができない。フッサール『危機』やコイレの近代科学批判に対して、自然の死物化の原因は自然の数学的描写にあるのではなく、それが幾何学・運動学的にしか描かれていないことにあるという反論(130)はもっともに思うが、その対案が「重ね描き」というのは、こちらの理解不足かもしれない

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