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写真家にのみやさをりのお仕事。
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#にのみやさをり

『週刊金曜日10/20号』【なぜ、性暴力被害者が加害者と対話し続けるのか】byにのみやさをり&斉藤章佳

『週刊金曜日10/20号』【なぜ、性暴力被害者が加害者と対話し続けるのか】byにのみやさをり&斉藤章佳

「近々、週刊金曜日に対談も含めて記事を載せてもらえることになったよ」

いつものようにLINEでにのみやさをりさんと雑談をしている最中、唐突に報告があった。彼女は他人の言葉にはよく耳を傾けてくれるが、自分のことはいつも「何かのついでに」という体で話す。それは彼女独特の「照れ」と「謙虚さ」と、ほんの少しの「懼れ」からなのだろうと思う。根掘り葉掘り聞きたいのをこらえて「そうなの、よかったね、楽しみにし

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『黎明歌』/にのみやさをり写真集

『黎明歌』/にのみやさをり写真集

にのみやさをりさんの写真集、『黎明歌』に、 やっと自分の手が届いた。

この写真集を見るには、 私にはあまりにも、惑いと 目の開かぬ どす黒さと、 日々 翻弄される 涙と、己が 精神に晴明な 両の足が なかったのだ。

まだだ。
まだ、『 黎明歌』はわたしには 遠すぎる。

黒い 表紙に 細い 1本の 白い線。
この決然とした装丁に、 ただ 白い文字で小さく、『 黎明歌』 と記された写真集は、 長

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『鎮魂景』にのみやさをり・写真集~肉体と欠落と死と生と~

『鎮魂景』にのみやさをり・写真集~肉体と欠落と死と生と~

にのみやさをりさんの 写真集『 鎮魂景』。
長らく 見る勇気がなくて しまっておいたのだった。

昨日、 橋場あや 先生の『 地上5センチ の歩行』 の中の作品たちから 、声を、 さえずりを、 嘶きを、 絶叫を、 シンフォニーを、 ノイズを、 全身で 受けた この体の切れ目から、 ようやく細い手が伸びた。

そこには非常に、 懐かしい痛みばかりが 広がっていた。

私は椅子の前で動けなくなった。

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『幽き声』にのみやさをり・写真集~性被害者のあなたとわたし~

『幽き声』にのみやさをり・写真集~性被害者のあなたとわたし~

にのみやさをりさんの写真集「幽き(かそけき)声」を見た。

正直なところ、一枚一枚を正視できず、読み終わった途端に突然 便失禁をしてしまった。

苦しいくらい、「幽か(かすか)な」、風景と肉体とが収められていた。

小さな薄い手作りの写真集である。

あとがき を読んだら、この写真集に出てくる女性たちは、皆、性被害の被害者であった。

私が最初にレイプ被害にあったのは16歳である。

それから 二

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『二十代の群像・Sの肖像』/にのみやさをり

『二十代の群像・Sの肖像』/にのみやさをり

にのみやさをりさんの写真集、「二十代の群像・S の肖像」を見た。

むせ返るくらい生々しい、20代と言う「生き物」がそこにいた。

その表情も仕草も生活も、実に暑苦しいくらい躍動している。

「生」の はち切れんばかりの、瞬間。

この写真を撮ったとき、にのみやさをりさんは40代であった。

20代の頃、レイプ被害によって精神が瓦解してしまい、彼女は、20代30代の記憶がない。

そんな彼女の撮っ

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欠損する記憶/写真家・にのみやさをり

欠損する記憶/写真家・にのみやさをり

にのみやさをりさんの手によって切り取られた「瞬間」、そのたった一枚を見るたびに、私は彼女の「絶命」を見、そこからの必死の命の「鼓動」を聴く。

彼女が被写体に与える「命」、もしくは被写体と対峙した時の「死」、そのじりじりとした灼けるほどの交換は、彼女が次々と失っていく「今このとき」と引き換えに、生々しいほど 躍動し、存在そのものを問うて迫ってくる。

彼女の写真集を見るとき、私は一番良いコンディシ

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茅野カヤ・にのみやさをり二人展「旅をするひと」、展示を終えて

茅野カヤ・にのみやさをり二人展「旅をするひと」、展示を終えて

もうすでに茅野カヤさんがこちらの記事をアップしてくれています。

それに補足する形で、こちらに少し、記しておこうと思います。

今回の二人展は、私が彼女にもちかけたのでした。予定していた他の方との二人展がキャンセルになった時、展示自体をやめようかと考えた直後、旅人さんの姿が私の脳裏に浮かんだんです。ああ、旅人さん、そうだ、旅人さんがいる! そう思ったので、即座にカヤさんに声をかけてみました。こうい

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