【研究紹介】大学から遠い所に住むと子供の大学進学は抑制される?

 生活経済学会の学会誌『生活経済学研究』の第59巻(2024年3月31日発行)に拙稿が掲載されました。

  • 深堀遼太郎(2024)「居住する地区から大学までの時間的距離は高校生の大学進学行動を左右するのか:サンプリング過程の特性を活用したデータ分析による試論」『生活経済学研究』, 第59巻, pp.35-49.


 私自身の経験を軸に、この研究について簡単に紹介しましょう。

 半島や離島を多く抱える日本では、1つの県の中で大学の所在地が比較的規模の大きなまちに集中しやすいことも相まって、大学へのアクセスに市町村格差が大きく生じています(文末注を参照)。石川県に住んでいた時にもそのことを痛感しました。震災をきっかけに多くの人が知るところとなりましたが、能登地方と金沢市(石川県の大学集積地)との間の移動には平時であっても時間を要します。コロナ前に能登町や珠洲市を訪れたことがありますが、金沢から車で片道2時間~3時間はかかりました(穴水町から北へ延びていた能登線は2005年に廃線になっているので車移動が普通)。石川県内で能登に最も近い大学はかほく市にある石川県立看護大学です。それでも、珠洲市中心部(市役所)からはおよそ100kmの移動が必要です。地方ではマイカー通学できるように構内駐車場の利用や周辺の月極駐車場等との個人契約を認めている大学が多いです。しかしこの距離を毎日マイカー通学するのは難しいですから実家を離れて大学生活を送る方が現実的でしょう。

 つまり、たとえ最寄りの大学に進学するとしても、こうした地域の出身者は自宅外通学のために大学進学コストが余計にかさみます。さらには、大学進学を希望する以前の問題で、そもそもこれだけ離れていると大学の存在は子供の日常生活の意識の中に入ってこないでしょう。

 2019年に奥能登のある高校で模擬授業をさせてもらった折、こうした地域の学校での進路指導においては、大学進学という選択肢(あるいは大学での学びや生活の実際)を生徒の視界に入れさせること自体が掛け値なしに切実な課題なのだと感じさせられました。オープンキャンパスに参加するのも一苦労ですから(ちなみに私の前所属先である金沢学院大学では、オープンキャンパスの日は七尾駅前-大学間の無料送迎バスを運行させて移動への配慮をしています。七尾というのは奥能登に隣接する市です。大学のこうした取り組みも重要でしょう)。

 ところが、調べてみたところ、大学から遠い土地に居住していることが、どれだけ大学進学のハンディキャップとなっているのかを計量的に明らかにした研究は日本ではほとんど見当たらないのです(都道府県間や地域ブロック間での進学格差は多くの先行研究があるのですが)。

 そこで、(既存のデータで分析しようと思うと一筋縄ではいかないのですがそれでも)トライしてみたのが本研究です。2005年度に高校3年生だった人(普通なら1987年度生まれ、現在の30代後半世代)を対象にしたデータを使用しています。分析方法と結果(および留保事項)の詳細は省きますが、結果をかいつまんで紹介しますと、高校生の成績や家計所得、親の学歴などの諸条件を一定としても、居住するエリアから大学までの時間的距離が遠いほど有意に大学進学率が低いことが明らかになりました。また、その限界効果(大学進学率への影響の大きさ)は家計所得など他の変数と比較しても相対的に大きいことがわかりました。これは「大学が遠いと自宅外通学せざるを得なくなる」という金銭的コスト上昇以外にも抑制要因があるため、という可能性が考えられます。

 人口減少地域での大学の存続が危ぶまれる場面が今後幾度も生じることが予想されます。その地域から大学が無くなってしまえば、大学が遠い存在になり、本研究が示唆するように地域の子供たちの大学進学率が低下するかもしれません。この課題にどう対応するべきか、よく考えていく必要があります。


 さて今回の研究紹介は、言うなればエッセイであり、論文内容の説明を大幅に省いています。詳しくは論文そのものをご参照ください。通例通りであれば、オープンアクセスになるのは2024年10月頃です(J-Stageにて)。紙媒体の冊子は閲覧できる施設が限定的です。
生活経済学研究 59巻 2024年3月 | NDLサーチ | 国立国会図書館

(注)文部科学省「高等教育の在り方に関する特別部会(第1回)」より「【参考資料3】各都道府県における高等教育・地域産業の基礎データ


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