『ゆらぎを生み出すリセットスイッチ』グラビモルフ
効率、最適、生産性。
いつのまにかそんな単語が大手を振って歩く世の中になってしまった。
様々な情報が流動する世界では、どんどんと情報の移動速度も速くなっていく。
光ファイバーよろしく世間全体が高速化している。
実際それで便利なこともあるのだが、みんなどことなく窮屈そうだ。
自分より少し上の世代を見れば、その窮屈さはさらに増す。
仕事に家庭、まわりの社会との関係。
問題は山積みで、気づけば身動きが取れなくなる。
それでも世の中は待ってくれないので、必死にやることを片付けねばならない。
忙しさは刻々と時間を奪う。
何もしない時間。
せわしない現代では、そうした時間は「無駄」と解釈される。
時計の針に追い立てられ、延々と走らされるのがこの時代なのかもしれない。
だからこそ、何もしない時間が現代には必要だ。
「グラビモルフ」の作品は、私たちにそう語りかける。
心に響く音とゆらめくような動きは、窮屈な毎日を崩してくれるだろう。
トイではないです、アートです。
まずはこちらの動画から音を聞いてほしい。
かかんここん。
金属由来の冷たさを持ちながらも、優しく広がる小さな音。
等間隔のようで微妙にずれた不思議な音色を刻みつつ、紡錘形の物体は坂を転がり落ちる。
最後は少し激しい音を立て、やがて無音が場を占める。
動画で取り上げられているのは「スピンドル」という「グラビモルフ」の作品の一つ。
では、これは一体何なのか。
ブランドを立ち上げた野崎製作所の野崎翔太郎さんはこう語る。
「海外で展示会をすると『これはトイ(おもちゃ)なのか?』と聞かれることがあります。そうして分類分けをしているようなのですが、一番近いのはアートですかね。日本でもアートとして説明することはありますが、『大人に向けたおもちゃ』や『エンターテイメント性の製品』とも言っています」
「どう表現したらいいかは常に悩んでいる」と呟きながらも、「心に訴える製品なので、そうするとアートなのかな」と野崎さんは言う。
野崎製作所のある新潟県の燕三条ではものづくりが盛んだが、実用的な製品が多い。
実用性を問わない、そのまま楽しめる製品を作るのはある種の挑戦でもある。
この挑戦には、大学教授である樋口一成さんという人物もかかわっている。
「樋口先生は幼児教育の専門家でして。子どもの感性やひらめきにつながるような作品をたくさん作っています。実際に子どもたちが触ってみたり動かしてみたり、感覚を感じるところを観察して研究している方なんです」
ブランド名の「グラビモルフ(GRAVIMORPH)」はGRAVITATION(重力)とMORPHOLOGY (形態学)をかけあわせた造語で「重力によって動く造形」を意味する。
樋口さんは自分の研究を形態学と捉え、これまでもいろいろな作品を発表してきた。
「樋口先生は木で製作をしてこられた方で、今度は金属で作ってみたいと。ではこれまでとはターゲットを変えて、ハイブランドを意識した大人向けの商品を作りませんかとお話させていただきました」
これまで受注生産が多く、野崎さんも何かを創り出したいという想いはあったものの、具体的なアイデアがなかったので踏み出せなかった。
そこに樋口さんの持つユニークなアイデアが融合して「グラビモルフ」は誕生したのだという。
「出会いそのものは偶然でした。うちの工場ではものづくりイベントをしているんですが、樋口先生が出張のついでにたまたま予約してくださいました。1人1台作るコースを3コース予約してて、家族連れで来るのかなと思ったら樋口先生が1人で来られたんです。なので、すごく長い時間いっしょにいました(笑)」
話すうちに意気投合し、共同で製作をしようという話にまで発展。
挑戦は小さな偶然をきっかけに始まった。
「何もしない」を日々の隙間に。
「グラビモルフ」では、贅沢な時間を何もしない時間だと定義している。
「何もしない時間とか自由な時間とか、どんな方でも作ろうと思えば作れると思うんですよ。でも見えそうで見えないというか、ありそうでないというか。昔の日本人はそういう時間を大事にしていて、あえてそういう時間を創り出して楽しんでいたと思うんです」
忙しさの中で見落とされがちな時間に焦点を当てたのが「グラビモルフ」だ。
何もしない時間を生み出すのは簡単なようで難しい。
眠ろうと意識するとなかなか眠れないように、休もうとして休んでも心は落ち着かない。
「グラビモルフ」の作品は時間を切り替えるきっかけになってくれる。
「まずモノなので置いておく場所があって、使うときにそこから動かすのを想定しています。動かすときにずっしりした重みを感じて、実際に手で玉を動かして、音を聞いて、目で見て、心で感じる。終わったらまた手で持って位置を戻す。やっぱり何かしながらというのが一番スイッチが入るのかな、と思っています」
オフィスであれば仕事で煮詰まったときや商談に出かける前に。
家であれば晩酌のおともに。
休みたいときや次の挑戦に向かいたいときに「グラビモルフ」はスイッチとして機能する。
こうした着想には野崎さん自身の体験も関係している。
野崎さんは現在も神社で神楽をしたり、お寺で禅をしたりして、和の文化に積極的に触れている。
そんな野崎さん自身、「何もしない時間が一番欲しい時間です」と話していた。
「作っている本人が一番欲しい時間なんです。なかなかないですよね、自分だけの時間って。そういう想いも込められています。自分と似ているモノを欲しがっているのかな、とも思いますね」
時間の余裕は心の余裕。
どんな人に「グラビモルフ」を手にしてほしいかという質問に、野崎さんはこう答えている。
「30代から40代の方ですね。仕事の責任感が増えるし家庭も大変、地域のボランティアもやることが増える。そういう人たちがゆとりを持てたら、優しくなれると思うんです。上の世代にも下の世代にも、ゆとりを持って接することができるんじゃないかと」
もちろん、「グラビモルフ」がなくても余裕を持てる人はいる。
それでも日々悶々としている人は多い。
規則正しい生活のサイクルに、不規則な動きが癒しとなる。
風鈴、ししおどし、錦鯉。生命や自然を反映した文化。
日本古来の不規則さを「グラビモルフ」は継承している。
デジタルな世界だからこそアナログなことを楽しんでほしい、と野崎さんは言う。
現在「グラビモルフ」では「スピンドル」と「ワイブリィ」を販売している。
「スピンドル」は紡錘形の玉が音を立て、「ワイブリィ」はそろばんの珠に似た物体がゆらゆら揺れながら坂を転がっていく。
高級感あふれる「Premium series」のほか、カジュアルでカラフルな「Smile series」も展開中。
ハイブランドを意識したアート作品とあって、少々値は張る。
そうした値段設定にも理由があるという。
「『なんでこんなに高いの?』と聞かれます。やっぱりいろんな方々、最高の職人に作ってもらっているので相応の加工賃にしています。燕三条はいろんなものを作っていますが、平均賃金からすると低いです。すごい職人がいて技術があっても、儲からないものはやりたがらないでしょう。『グラビモルフ』だけで変わるとは思っていませんが、価値あるものを提供して給料が上がれば新しい人がやってきます。次の世代に続いていくきっかけになれば、と思っています」
何もしない時間は決して「無駄」ではない。
自分を見直し、人に優しくする。生きていくために必要な時間だ。
もし機会があれば、手に取って「グラビモルフ」を試してみてほしい。
自由にゆれる不規則が、きっとあなたの心を和らげてくれるはずだ。
ブランド情報
・オンラインショップ
・(株)野崎製作所
I am CONCEPT. 編集部
・運営企業
執筆者: 廣瀬慎
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