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言葉のこと

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言葉について考えた記事のまとめ
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記事一覧

その本は読まれるのを待っているけれど

その本は読まれるのを待っているけれど

本棚は思考の網目そのものである。

本は開かずとも、そこにあるだけで人に影響を与えるものだ。だからこそ本棚は、全ての本の背が見えるように使わなければならない。

本の背の前に本を積んだり、物を置いたりしてはいけない。今の自分の思考を作るもの、これから考えようとしていることを、つねに一覧で見られるようにしておくべきだ。

そんな主張をどこかで読んだことがあった。
その主張に、私はおおむね同意している

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落ちて、こぼれる

落ちて、こぼれる

落ちこぼれずに旨げに成って
  むざむざ食われてなるものか
落ちこぼれ
  結果ではなく
落ちこぼれ 
  華々しい意志であれ

茨木のり子さんの詩に魅せられて、彼女の詩作と随筆を片っ端から読む日々を送っています。

背筋がぴんと伸びるような彼女の詩は、日々のなまけた態度をしゃんとさせ、失われた初々しさ、忘れかけていた本当に大切にすべきことを、思い出させてくれます。

冒頭の引用は『落ちこぼれ』と

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林檎 と 初恋くらい

林檎 と 初恋くらい

初恋 島崎藤村

まだあげ初(そ)めし前髪の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛の
花ある君と思ひけり

やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたへしは
薄紅の秋の実に
人こひ初めしはじめなり

わがこゝろなきためいきの
その髪の毛にかゝるとき
たのしき恋の盃を
君が情けに酌みしかな

林檎畑の樹(こ)の下に
おのづからなる細道は
誰(た)が踏みそめしかたみぞと
問ひたまふこそこひしけれ

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「文学とは何か」についての備忘録

「文学とは何か」についての備忘録

大学院時代の恩師に、心から尊敬している先生がいる。

その先生はフランス文学・哲学界のたいへんな権威だが、その範疇に留まらない知識の豊かさ、思考の鋭さを持ち合わせておられる。

数えきれないほどの文学作品を読んできたであろう先生が、「文学とは何か」という問いに対する、非常に簡潔な一つの答えを提示してくれた。

今日はそれについて思い出すままに書いてみたい。

例えば、こんな文章があったとしよう。

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谷崎潤一郎を読まないのは

谷崎潤一郎を読まないのは

言葉は時々、人を縛る呪いになる。

大学生の頃、フランス文化論ゼミに所属していた。
それまでフランスの文化について、さほど深く学んでいたわけではないけれど、研究でフランス語が必要になったことと、担当の先生が指導熱心だったために選んだゼミだった。

いわゆる「キツい」ゼミとして学内で有名だっただけあって、こなす課題も多く、ハイレベルな要求に耐えられずに離脱した人もいた。

私はそんな中でも、先生の個

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『詩のこころを読む』

『詩のこころを読む』

詩そのものよりも、その詩についてうれしそうに熱をこめて語る著者の文章に、ひどく感動してしまいました。

一編の詩が「すばらしい」ということを、なんて果てしない想像力とうるおいのある言葉で表現してしまうのかしら。

いい詩には、ひとの心を解き放ってくれる力があります。いい詩はまた、生きとし生けるものへの、いとおしみの感情をやさしく誘いだしてもくれます。どこの国でも詩は、その国のことばの花々です。

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6年越しの書き抜き帳から

6年越しの書き抜き帳から

手のひらに収まるほどの、赤いモレスキンのノート。
読んだ本の中で、「これは」と思った文章を書き留めておくためのものだ。

本を読む時に少しでも気になったところがあるページには、迷いなくドッグイヤーをしていく。
そして少し経ってからまたその箇所を読み返して、そのときにも、やっぱりここは大切だなと思ったところを、このノートに書き写す。

自分の目で二重に濾過された文章は、ぎゅっと濃縮されたお気に入りだ

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今日見つけたいい言葉

今日見つけたいい言葉

春服の準備もままならないのに、突然あたたかくなりました。

私は花粉に侵された目をこすりながら遅くに起き、窓を開けると、季節の変わり目を示す香り豊かな風が部屋に入ってきて、すっきりとした心持になりました。その匂いはどこか、ジンジャーエールを思わせるさわやかさがあって、のどが渇いていることを思い出しました。

パジャマのまま『古今和歌集』「仮名序」の冒頭のことをふと考えていて、もういちどじっくり読み

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あなたはすでに一流のあなた

あなたはすでに一流のあなた

やさしい言葉は、時に人を征服する。

まわりの人が自分にかけてくる期待や願望、アドバイス、何気ないひとこと。
それらの言葉に左右されて、迷ってしまうことが、きっと誰にもあると思います。

言葉は自分が思っている10倍くらいには、容易に他人に影響します。

私自身、自分の心の声よりも他人の声のほうが大きくなって、自分を見失うことがよくあります。反対に、身近な人に軽い気持ちでかけた言葉が、いつしかその

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