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あなたはすでに一流のあなた

やさしい言葉は、時に人を征服する。

まわりの人が自分にかけてくる期待や願望、アドバイス、何気ないひとこと。
それらの言葉に左右されて、迷ってしまうことが、きっと誰にもあると思います。

言葉は自分が思っている10倍くらいには、容易に他人に影響します。

私自身、自分の心の声よりも他人の声のほうが大きくなって、自分を見失うことがよくあります。反対に、身近な人に軽い気持ちでかけた言葉が、いつしかその人の考えをコントロールしてしまっている、ということもあります。それに気づいた時の、申し訳なさ、やるせなさに幾度も打ちひしがれてきました。

良かれと思ってかけた言葉・かけられた言葉は、やさしさというヴェールを被っているがゆえに、心の隙間に入り込むから、支配力も強力です。


少しだけ私の話をすると、私は美術を専門に大学院を出てから、就職という道を選びました。
その選択に、今や後悔はしていませんが、先生や先輩たちの、研究者にならなければ意味がない、勿体ないという圧力にずいぶん苦しみました。

彼らの期待と、私の行動のズレ。その不協和を、どう解決しよう?私は就職なんかせず、そのまま研究者を目指して進学すればよかったのだろうか?

そんな風に何度も思っては、苦しみました。
ただある時気付きました。私の心の中で、いつしか彼らの声の方が大きくなって、それに征服されていただけなのだと。彼らの声を増幅していたのは、紛れもなく私自身でした。
苦しみの原因は、自分の中にあったのです。
私は自分の声を聞きました。自分がやりたいと思うことだけを、ただやるようにしました。
そうしたら、すごく楽になって、毎日がとても充実するようになりました。

しかし、そんな風に自分を保てるようになったのは、ここ最近のこと。昔はもっともっと優柔不断だったし、いちいち周りに左右されてはいつまでも自分の軸を持てないままでした。これからも、迷うことはきっとたくさんあると思います。


日常にもたらす言葉の強大な力について考えるとき、支配力という点には一番気をつけたいと思っています。でも、大切な人にはやさしくありたいから、どうしてもお節介してしまいたくなる時もあって。コミュニケーションというのは、本当に本当に難しい。


そんなことにぼんやりと悩んでいた日々の中で、こんな話に出会いました。

オペラ、ミュージカル、映画音楽、歌曲、そして管弦楽曲にいたるまで、幅広いジャンルで多くの名曲を残した、作曲家のジョージ・ガーシュウィン。

彼の代表曲『ラプソディ・イン・ブルー』(1924)は、ヨーロッパのクラシック音楽と、アメリカのジャズが融合された、音楽史に残る傑作として知られています。

彼はその傑作を生み出す前のある日、管弦楽のオーケストレーションの教えを請うために、モーリス・ラヴェルの元を訪れました。

ラヴェルは『ボレロ』の作曲や『展覧会の絵』の編曲を手がけた、偉大な音楽家です。

彼はガーシュウィンにこう言ったそうです。

「あなたはすでに一流のガーシュウィンなのだから、わざわざ勉強して二流のラヴェルになる必要などないでしょう?」


ラヴェルのこの返答、とっても素敵だと思いませんか?


教えてくれ!という依頼なんだから、素直に教えてくれたらいいじゃないか!と思うかもしれません。もしかしたら、ガーシュウィンもそう思ったかもしれません。

ただ、このラヴェルの返答が粋だと思うのは、自分の知識や技術で相手をコントロールしてしまう可能性を断っていることです。それも、とても紳士的に。

ラヴェルはきっと、ガーシュウィンの才能と輝かしい将来を信じて、自分の色に染まらないよう、そっと背中を押してあげたかったのでしょう。

ガーシュウィンは結局、『ラプソディ・イン・ブルー』を書いたときはオーケストレーションの知識が足らなったため、ファーディ・グローフェという人物に編曲を頼んだらしい。

でも、もしラヴェルやほかの人がオーケストレーションを教えていたら、『ラプソディ・イン・ブルー』という名曲は出来ていなかったかもしれない。そう思ったら、ラヴェルの言葉はよいアドバイスだったのではないでしょうか。


ラヴェルの返答は、ガーシュウィンを突き放したようにも見えますが、要するに「自分の持っている力を信じなさい」というメッセージでもあったのでしょう。


「わたしはすでに一流のわたし」

誰かの思惑に支配されそうになった時、ラヴェルの言葉を借りてこう唱えます。
わたしという存在は、他の誰でもないわたしとして、もう一流なんだと。それくらい、独善的な自分を一人、心の中に住まわせておいても良いのではないかと思うのです。もちろん、他人の意見は一切聞きません、というスタンスでなく。

そして誰かに言葉をかけるときはラヴェルのように、他人の自信や価値観を否定することなく、そっと後押しできるようになりたいと思う。自分の願望を押し付けるのでもなく、否定から始めるでもなく。相手の持っているものに気づかせ、信頼してあげられる寛容さをもって。

「あなたはすでに一流のあなた」と。




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