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小説

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小説と言えるものを、企画を問わずに全てまとめたものです。
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#毎日note

紀政諮「ハロウィン相談所」後編

紀政諮「ハロウィン相談所」後編

 狼男の少年の歌に、王女は聞き覚えがありました。
「レ・ミゼラブル」
「この街に来て、初めて仕事をくれたのは、どこの娘ともしれない女の人でした。『家出をしてきたの。けど怖いから護衛をしてくれない?』と僕を雇った彼女は、いろんなところへ連れて行ってくれた。そうして一緒に入った劇場で、そのミュージカルを見たんです。たからかに歌って、バリケードにこもって、王国軍に一矢報いながら死んでいく彼らに魅了された

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紀政諮「ハロウィン相談所」中編

紀政諮「ハロウィン相談所」中編

 狼男の少年は、ポットを持って立ったままです。
「王女さま……いや、魔女さん、警官隊は明日にでも攻めてくる。そうですよね?」
 魔女がびくりと驚きます。
「他の相談者さんからいろんな話を聞いていて、だいたいわかるんですよ。……ミイラ男さん、もう遅いんです。だから、僕らは成長をやめることにしました」
 そういうと、狼男の少年はポットを窓の外へ放り投げました。陶器とガラスの割れる音がうるさく響きます。

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紀政諮「ハロウィン相談所」前編

紀政諮「ハロウィン相談所」前編

 山のように積まれたお菓子。それに埋もれて幸せそうな息子。その笑顔を前にして、
「このお話を、ずっと読んでた」
 そう語りだした。

 昔々、貧民あふれる王都でのお話でございます。「トリックオアトリート!」と、ハロウィンでもないのに一年中お菓子をせがみ、代わりにちょっとした仕事を受け持つという商売が、貧しい子供たちの間で流行したんだそうです。使い勝手がよろしく、また、金でもないもののためにせっせこ

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山鹿茂睡「アナモルフ」後編

山鹿茂睡「アナモルフ」後編

「ほら、ゾンビさん行くよ?」
 日没を感じさせない渋谷駅の光は、この世のものではない住人が支配していた。三笠はメイドゾンビと流行に乗ったコスプレをしてきた。特に調べるでもなく、周りを見ればそれが流行りなのかどうかイイジマにも理解ができた。視界に収まりきらない無数の人々は混ざることなく渋谷の光を反射させていた。
「メイドゾンビ、チャイナドレスの男、黄色いネズミに、青い猫? あれは総書記とSP!? バ

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山鹿茂睡「アナモルフ」前編

山鹿茂睡「アナモルフ」前編

 軽快な出囃子とともに噺家の歩みが終わる。
「えぇ臆病な私にはたくさん怖いものがありまして、そのうち感染症というものがいちばん怖い。症状が現れた時にはもう手遅れときますからね。虫の世界でも寄生というものがありまして、アナモルフという無性生殖で増えていく菌類がございます。どの菌を顕微鏡で見ても同じ形をしている。秋の山にキノコ狩りに行きますと根っこには寄生された虫が繋がっていた、なんてことが稀にありま

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長谷川不可視「トリップ・オア・トリート」後編

長谷川不可視「トリップ・オア・トリート」後編

「ダン!」
 そのまま扉はバタン、と閉まってしまった。劣化の具合を差し引いても不自然に重厚な音だった。それっきり何の物音も聞こえてこない。
 数分後、ドナベールは勇気を振り絞ってドアの前に立つ。長身のドナベールよりも更に細長いドア。ドアに触れるだけで生気を吸い取られるようだ。
「……はぁー」
 開けたくは無い。だが超常的な何かを信じているわけでも無い。この恐怖から察するに中にいるのはひどくても多分

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長谷川不可視「トリップ・オア・トリート」中編

長谷川不可視「トリップ・オア・トリート」中編

 二日間街道を行き、道中野営などをしながら目的地の村に到着した。軒先、門、その他様々なところにカボチャのランタンが飾り付けられ、魔除け目的の仮装をした子供達が家々を練り歩いている。
「とりっく、おあとりーと! 旅のおねーさんおかしちょーだい」
「よおしかわいい坊や達。とっておきのケーキだ持って行け」
「ありがとー!」
 今日何度目かのやり取り。普段絶叫だとか断末魔だとか、異端を罵倒する声だとか呪詛

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長谷川不可視「トリップ・オア・トリート」前編

長谷川不可視「トリップ・オア・トリート」前編

 ドナベールは神を信じない女だ。
「なあダン、神は燃えると灰になると思う?」
「なるさ。現にほら、燃えてる」
 燃えさかる木で出来た偶像。割れ落ちるステンドグラス。悲鳴が凝集したかのように苦悶の表情を浮かべる焼死体群。二人の視線の先、闇夜を照らしながら教会は鮮やかに燃えていた。
「いやあ、神を信じるとは罪だねぇ。何故見えない、存在しないものに縋るのだろうか? 私には到底理解が出来ない」
 ドナベー

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