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読書録

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柳流水の読書録です。
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#書評

【読書録】かつてあった大阪 柴崎友香+岸政彦『大阪』

 たぶんコロナ禍に入ってから連載が開始された、岸政彦という社会学者と柴崎友香という小説家の、往復書簡のような形式のエッセイ集。
 テーマは、まさに題名通りの「大阪」。どちらも生い立ちの多くは大阪という土地に彩られており、そのうち東京に来た、という所が共通している。
 その性質から、大阪の昔を描写せざるを得ないわけだが、それに関して二人とも慎重である。何が慎重かというと、過度に思い出のフィルターを掛

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【読書録】それでは実際のスーフィーの言葉をお聞きください

 先日から話題にしている、井筒俊彦の『イスラーム哲学の原像』、これに影響され、現代のではあるが、スーフィーと呼ばれる、密教的修行を行っている教団の導師の、インタビューを乗せた本をネットで取り寄せて読んでいる。
 シャイフ・ハーレド・ベントゥネスの、『スーフィズム イスラムの心』である。

 こうして、今まで解説でしか触れなかった宗教の、導師の言葉を実際に目にすると、遠く近く、今まで抱いていたイメー

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【読書録】井筒俊彦『イスラーム哲学の原像』2

 これから、いくつかこの本から得たことを、引用しながら紹介したいと思う。
 余談だが、珍しく、この本は電子書籍の形で読んだ。スマートフォンに表示させたり、パソコンに表示させたりした。器用な読み方をしたものだ。しかし、興味をもって、腑分けするように、足を踏みしめながら読むように読み進めれば、読む媒体というのは関係ないのだ、という洞察を得た。
 もちろん好みとしての読み方というのもあるが、たとえば電子

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【読書録】中井久夫『私の日本語雑記』

 嫁と出掛けて、本をいくつか買った。その中で、中井久夫の『私の日本語雑記』という本を、他にも中井久夫の本を買ったことがあるから買ったのだが、これがまれに見るくらい内容が良かったので、共有していきたいと思った。
 中井久夫は、精神科医で、精神科医で本を書く人は他にもいくらもいるだろうが、これほど読んでいてしっくりくるというか、読んでいて納得感が得られることはなかったと思うくらい気に入って読んでいる。

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【読書録】吉村萬壱『哲学の蝿』

 何か彼の哲学にまつわる話が読めるのかと思ったら、少なくとも、前半の三分の一までは、彼の半生記のようなものだった。全くそうなので、今の所は拍子抜けしている。
 しかし、あいまいにしか吉村萬壱のことを知らない人が、これを読んだ時には、少なくないショックと興味深さを覚えるかもしれない。
 幼少期は母からの虐待の経験。
 それから、空想がちになる少年期。
 こうまとめると普通の、というと失礼だけど親の虐

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【読書録】井筒俊彦全集(2)

 2とナンバリングしながら、実際に読んでいるのはいまだに井筒俊彦全集の一巻の最初の方である。書き方が難しい。
 しかも、今回は一発ネタではないけど、ほんとにふと思ったことで、大したことがない。でも今日は、それしか思わなかったから、それを書くことにする。
 全集中の、「ザマフシャリーの倫理観(一)」の最後の方で、こんな部分がある。

 今、久しぶりにこの引用機能を使って、今まで手作業で入力していた、

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【読書録】保坂和志『猫が来なくなった』2

 保坂和志の『猫が来なくなった』の続きを読んでいる。
 あれっと思ったのだが、この短篇集に入っている、「事の次第を読んでる」は、かなり前に読んだ記憶があったのだが、さもありなん、この一篇だけ、2013年あたりに文芸誌、確か年始の、ズラッと作家名が並んでいる特大号のような時に載っていた気がする、そこで読んでいた。
 他のも文芸誌に載っていたのがほとんどだったが、他のは読んでいなかった。これはやはり、

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【読書録】保坂和志『猫が来なくなった』

 保坂和志という人は、随分前から追っている。他にここまで読みつくした作家はいないというくらいに、読んだといえる。逆に、そこまで読んだといえる作家がそれほど少ないことを、反省しなければいけない。
 それで、保坂和志については、どんな流れでこの本にまで至ったかということが、おおよそわかる。今までの二つの小説としての転機は、一つは「カンバセイション・ピース」で、もう一つは「未明の闘争」だったと思う。
 

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【読書録】井筒俊彦全集

 井筒俊彦の『イスラーム哲学の原像』という本を読んでいるという話はした気がする。それは新書だった。いわば、東洋の哲学、宗教をすべて網羅しているかに見える井筒俊彦の、一番入門に近い本である。
 前には、そのどの辺に当たるのかわからないが、大乗起信論という本について書いたものや、『イスラーム文化』などを読んだことはある。しかしそれらも、それほどコアなものではなかった気もする。
 予想するに、特にコアな

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【読書録】ミシェル・ド・セルトー『ルーダンの憑依』

 僕が私淑している作家の佐々木中という人が、ツイッター上で勧めていたので読み始めた。あまりこの、セルトーという人の研究領域について詳しくは知らない。最初の方を読んだ感じは、フーコーに近い。遡るべくもない過去について、徹底して資料を頼りにして、目の前に見えるように再現して見せる。しかし、佐々木中は、まさにその、歴史上あったことの、再現のしにくさというものが一番わかると言って、本書を紹介していたのだっ

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【読書録】ルナン『キリスト伝』

 長いこと図書館で借りていたけど、ようやく読み始めた。
 キリスト教史の古典で、この人自身は十九世紀の人だけど、その時期に最大限深掘りをして、例えば福音書のうちヨハネの福音書は、前半は実は誰によって書かれていて後半は……などという話が始まる。
 今やそのような見方が当たり前になったが、当時で考えて、キリスト教者にとったら、完全な冒涜の書になっていたのではないだろうか。
 前に読んだ幸徳秋水の『基督

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【読書録】井筒俊彦『イスラーム哲学の原像』

 宣言通り、読書録を久しぶりに更新しようと思う。
 だが、読書録って、こういう系の記事を書いたことのある人はわかるだろうが、その場で読んでその場で書くという感じより、だいたいひと月前までの以前の蓄積から、引っ張り出して再生するという感じの方が近い、その場でいっぺんに読むというのは、自分が相手にしているような本だと難しい。今急に書こうと思っても、その以前の蓄積というのがなければ、急には立ち上げられな

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【読書録】豆腐色戦記(白)

 封筒は茶色、豆腐色は白を塗布しろと。

 ふうろいとに憑りつかれておる。もともとは、ドゥルーズの『千のプラトー』を読んでいて、狼男の章を読んだ時に、元ネタを読んでおくべきだと考えて開いたフロイト全集だったが、そこから逸れるようにして開いた西谷修の『不死のワンダーランド』にも、「〈不安〉から〈不気味なもの〉へ」と題して、またしてもフロイトを読めと促される。フロイトならもう読んだよ、と、「夢判断」を

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【読書録】フロイトから逃れたつもりがフロイトに戻ってくる

 気分転換というか、少し気ままに本が読みたくなって、あるいは、つい今しがた本の整理をしたからという物理的な動機もかかわってくるのかもしれない、とにかく西谷修の『不死のワンダーランド』を読み始めた。いや、前に半分以上読みかけていて、放っていた。こんな本はたくさんある。あまり途切れ途切れに本を読むのはよくないと決め込んでいたけれども、割合悪くもないかもしれない。本の種類による。ある種の散漫な意識に貫か

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