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果物と果実

果物と果実

今日はなんとなく悲しい
悲しい理由はない

もしあるとすれば、
友達が果物から果実になった理由を知ったこと
本棚が崩れて読みかけの小説が部屋から逃げたしたこと
二の腕にいつの間にかデキモノが生まれたこと

街のリズム
川は水かさを増して逆向き

果実になった友達のそれは
甘かった
甘かったけど美味しくなかった
美味しくはないけどうなずいた
甘い、甘いとうなずいた

だから、皮は庭に埋めた
春の土で

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頬に夜の灯

頬に夜の灯

月の後ろを飛行機が通りすぎた

灯がそれは違うって
そんなはずはないよ
月の明るさに機体が
ひととき消えたんだ

飛行機は誰かを乗せたまま
消えたんだ
灯、ねえ灯

呼んでいるんだけど、灯
月の裏側は深夜で
それも醒めない深夜だって

それでも灯は飛行機は
ムーンライトの呪いにかかったって

灯、じゃあ私を染めて
月じゃない灯
私を消さずに染めて
それを愛だと俗物だと

行き交う人がそうやって名前

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薄白

薄白

「デーブスペクターはカメラが回っていない時の方がボケるんだって」

木場さんが昨日喫茶店でそう話しながら、机の下で足を組み替えたはずの体の動きをしている時を思い出していた。
それは私が支度をしたまま、つけっぱなしにしているテレビのワイドショーでデーブスペクター本人が出演していたからだ。

小さい頃からテレビで見ているこの人はいつまでたっても少しカタコトで日本語を話す。それはテレビタレントとして生き

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穴

昨日の晩、静かに降り続いていた雪が日中の陽射しで溶け始め、それは時折どこかの家、もしくは私の家の屋根からまとまった雪が地面に落ちる音がするからそう思った。
家の一番大きな窓から外を見ると、目の前にあるテニスコートぐらいの大きさの駐車場の砂利に広範囲の水溜りができていた。それは光を反射させるような簡単なものではなく、水面と太陽の間にある光を集めて発光しているようだった。それは池に似ている。そう思うの

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惡の華

惡の華

山の窪みに雪が積もっていて、それが無邪気に居座る構造物と届きそうにない冬空の間で、垣根のように聳えていた。
月や北極星のように、追いかけても、追いかけてもその距離は一向に縮まらない、雪の積もった山もそう思えるほどに人力が及ばない神聖なもののように感じた。荘厳さを常に漂わす山は四季によって様変わりする。夏の開放的で触れれそうなほどはっきりとした緑々しい感覚とは対になっている冬の山。構造物も山もそこか

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揺蕩

揺蕩

取るに足りない日常のある日を、何かに触発されて思い出す時がある。それは例えば、パターソンを鑑賞した時だとか、すべて忘れてしまうからを寝る前に読んだ時だとか、朝にカネコアヤノを聞きながら駅まで歩く時だとか。その日常のある日は、ひょんなことから絢爛とした記憶となって私を巡る。

朝、カーテンを開けて、それから窓を開けると澄んだ鳥の声が網戸を越して私に届く。鳩の鳴き声は信号のように周期的なのに突然終わっ

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祝日

祝日

ドアが開くと、篭っていた水の流れる音が鮮明になる。

「ねえ、ちゃんと便座下げて出てきてよ」

「ごめんごめん、あ〜腹痛え」

彼がお腹を愛でるように摩りながらトイレから出てきた。

「だから昨日言ったじゃん、お腹壊すよって」

「それでもニンニク食べたかったんだから仕方ねえじゃん、今日休みだしお腹壊してもなんとかなるかなって」

昨晩仕事を終えた私たちは、祐天寺で集合してラーメンを食べに行った。

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沈みつつ、朝

沈みつつ、朝

ソファに沈んだまま二人は朝を迎えた。
アサが先に起きて、キッチンまで行き水を一杯飲んだ。
タナカはその様子を沈んだまま、視界は霞んだまま眺めていた。

「明けましておめでとうございます」

アサにそう言われ携帯を確認する。
5:03と仰々しい文字の下に、1/1 sat。

「うん、明けましておめでとう」

タナカも立ち上がりキッチンで水道水を一杯飲む。
本能的に体の内に閉じ込めていた熱が、水の冷た

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漂う絵本

漂う絵本

「俺、絵本しか読まないんだ」

私が毎晩のように本を読んでいると、彼は隣でこう言っていた。
財布、携帯。出会った頃、彼はできるだけ荷物を持ちたくない性分であったが、いつしかそれに似つかないほど大きなカバンを持つようになった。小麦色で中身の重みによって湾曲したカバンは、マドレーヌのよう。

彼はそのカバンに、財布、携帯それに絵本を2冊入れていた。

「いつも思っていたんだけど、何で絵本1冊じゃなくて

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淡くどうでも良い

淡くどうでも良い

淡く過ごしやすい夜になっていた
私をおいて万物と移っていった夏の背を追いかけた
逃げ水のように辿り着かなかった

人も建物も空気もすべて影を残し揶揄していた
毛量が多くうねった黒髪に反して、肌は白い
「気持ちの悪い」に制約されて過ごした

緩く吐き気を誘う風はいつの間にか、
次へと移っていった万物たちの跡に風が吹き込む
ノスタルジーと橙な麗らか

閉め切った窓が開き、

どこかの庭で犬が強く吠える

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雨は遅く、僕が連れていく

急な雨に降られた。私は小学校のグラウンドにいた。ナイターで照らされていて、その光がはみ出して周りの家々も明るかった。
奈落に浮かぶ島のよう。

光の先から急に雨が現れているようで、反射して落ちる雨は均等に遅く見てた。光の帳の中がそれでいっぱいになって流れていく。
土が徐々に濡れて色が濃くなって固まっていった。雨は強くなる一方だったので校舎の軒先へと移動した。

「これ止みますかね〜」

「雨雲レー

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怪物

「映画館から帰宅後、何か物音の気配がし天井を見上げるとバッタが飛んでいた。人工物の中へ急に閉じ込められたわけだから慌てているように見える。私は立ち上がって臨戦体勢。バッタが移動するたびに重心を移動させる。慌てるバッタにビビる私、下に置かれ私に潰されたティッシュ箱。

小学生の頃よくバッタをたくさん捕まえて一つの虫籠に入れていたことを思い出した。家の前の草むらの中に徐に入っていき噛まれようが飛ぼうが

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ある処、

朝から蝉が鳴いている。
ジリジリと私の中に積もっていく。6Pチーズを二つ食べ三つ目を手にしているところ。まだ10本ほど残っているアイスキャンディーは全て液体になっていて、カラフルでシンプルなその箱は見るだけで気分が下がるほど濡れてしなっていた。
今朝、冷蔵庫が壊れていた。赤く腫れ日焼けのようにヒリヒリする瞼を思いっきりつねった。

 彼はよく嘘をつく人だった。
初めて友達の紹介で会った時彼に仕事を

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アウトロ

目を瞑って自分の内側に意識を持っていくとホームの雑踏が段々と消えていく。外側からの音は聞こえなくなったのに反して鼓動だけが体の中で共振し響いていた。低音が鳴り続く。
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ。
ライブ会場で聴けるような良質なものではなく、車の足元を照らし爆音で走るアルファードのような響音。
この感覚をどこか知っていた。記憶が少しずつ鮮明になっていく。自分は水の中にいた。瞼の裏にその感覚を写す。プール

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