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薄白

「デーブスペクターはカメラが回っていない時の方がボケるんだって」

木場さんが昨日喫茶店でそう話しながら、机の下で足を組み替えたはずの体の動きをしている時を思い出していた。
それは私が支度をしたまま、つけっぱなしにしているテレビのワイドショーでデーブスペクター本人が出演していたからだ。

小さい頃からテレビで見ているこの人はいつまでたっても少しカタコトで日本語を話す。それはテレビタレントとして生き残るための術のように思ったが、母国語のイントネーションが染みついた彼に日本語の綺麗で正しい発音は不可能なのではないかと考え、イライラしている現在の内心から発生した前者の考えを閉じ込めた。

10時集合と決めたのは彼だった。昨晩寝る前に電話をして集合時間と場所を決めた。
そして今朝、彼から連絡が来たのは10時を少しすぎた頃。
「体調が悪いから」
「本当ごめんだけど」
「来週でもいい?」
一つ一つ跳ねるように(それは視覚ではなく聴覚による通知オンのせいだと思う)メッセージを送ってくる彼に殺意が湧く。これが純正な殺意かと言われると、そもそも殺意を持って人を傷つけたことがないので分からない。ただ私が抱いた殺意は、友達同士の中で使われる殺意なのだろう。その殺意はあっという間に蒸発し、残った塩のような結晶は悲哀だった。

メイクも服の着替えをもちろんすでに終えていてたが、無いものがそもそも無いより、有るものが亡くなる方が穴が大きいように、姿見で全身からつま先まで自分を窺うと、また殺意が発生し、すぐに蒸発する。
耐えられない私は、さっきまで着ていたパジャマに着替えメイクをしたままベットに沈んだ。

意識が淡いまま、目を瞑っていたが七瀬の電話で意識がはっきりした。
「もしもし、どうしたの?」
「なにしてる?」
「忙しかった、けど暇になった」
「そうなんだ、ちょっと出掛けない?」
「わかった」
「じゃあ12時にいつもの駅で!」
「了解〜」
電話を切った。寝るのが1番の悩み解消の私にとって、30分ほどの仮眠によって悲哀は体内からほとんど消えていたようだった。
しかし、白い枕シーツにメイクが移ってしまっていて、貴品を高めたベージュの空に瞼にあったはずのラメの星が浮かんでいた。
私は洗面台に戻って、化粧落としから始めてまた一からメイクをする。
彼好みのメイクではなく、私の中で気分が高まるメイクをして、昨日木場さんからお祝いとして頂いたマッドで暗い色のリップをつける。
全宇宙で今私が一番、素敵な生き物だ。

パジャマを今世紀誰も私を越えられないのではないかというほどに、脱ぎ散らかした。さっきはアウターとしてトレンチコートを羽織っていたが、改めて姿見を見て黒のウールのコートに変えた。
全ての準備が終わり、家を出ようとしたがテレビを消し忘れていたことに気づきリビングに戻った。
ワイドショーがちょうど終わるところで、デーブスペクターが画面に向かって、「さよ、オナラ〜!!」と屈託のない楽しい顔で手を振っていた。
すぐにテレビを消して、家を出た。

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