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沈みつつ、朝
ソファに沈んだまま二人は朝を迎えた。
アサが先に起きて、キッチンまで行き水を一杯飲んだ。
タナカはその様子を沈んだまま、視界は霞んだまま眺めていた。
「明けましておめでとうございます」
アサにそう言われ携帯を確認する。
5:03と仰々しい文字の下に、1/1 sat。
「うん、明けましておめでとう」
タナカも立ち上がりキッチンで水道水を一杯飲む。
本能的に体の内に閉じ込めていた熱が、水の冷たさに驚いて拒絶した。しかしすぐに馴染んで溶けた。
「はい。」
アサが腕を大きく広げながら、タナカを呼ぶ。「なに?んんっ、なに」タナカは思ったより声が出なくて言い直す。
「寒いから早くして」
「じゃあ腕広げなければいいじゃん」
タナカはそう言いながら近寄って、アサの背中に腕を回す。生暖かい。アサも広げていた腕を、タナカの背中に回す。どちらからともなく、心地良さからはみ出るほどの力を加えると、「痛い」とアサは締まった胸の隙間から声を出す。
年が変わった。あまり実感のないものだとタナカは毎年思う。アサはどこか酷似しているが昨日とは違う居場所だと毎年思う。
二人の静けさから、浮かび上がるようにしてバイクの音が窓の向こうから聞こえては消える。
「こんな早くから仕事か。何も変わらないね」
何も変わらない。
「そう?私はあのバイクの音、いつもと同じようだけど違ったよ。何かは分かんないけど」
何かが変わった。
「ちょっともう一回寝る」
「じゃあ俺も」
沈んだまま戻りきれていないソファにまた二人は身を埋める。タナカが咳払いをすると、タナカの首元に頭を差し込んでたアサが「うるせえ」と囁く。
アラームが鳴ってタナカは再び目を覚ます。
自分のスマホを確認すると7:30。アラームが鳴っていたのはアサのスマホで、まずアラームを止めてからアサを起こす。
「なんか用事あるの?」
「いや、ないよ。いつものアラームオフにするの忘れてただけ」
アサは目をやたら擦りながらそう言い終わると、大きな欠伸を一つしながら体を伸ばした。
「ほらいつもと変わらないじゃん」
「私は変わったと思ってるの」
アサは拗ねたような顔でタナカに言う。欠伸のせいか涙目のその表情は無条件に反論の隙を与えない。
「とりあえず何か食べに行くか、買ってくるかする?」
「うん、寒いかな?」
「そりゃ寒いでしょ。」
部屋を出ると、街はまだ灰色な朝だった。
近所の喫茶店やカフェは全て休みだったので、二人は仕方なく駅前へ向かった。
唯一やっていたチェーンのカフェに入る。
客は二人以外におじいさんが一人。窓の外に人の通りはほとんどなかった。
「東京だけだよね」
「何が」
「お正月に人がいなくなるの」
「そりゃそうだよ、みんな地方の人とかだもん」
「それはそうなんだけどさ、なんていうか、それでも私たちみたいに東京にいる人はいて」
「うん」
「火星移住計画ってあるじゃん?」
「え?なんの話?」
「私たち地球に取り残されたみたい」
自動ドアが開いて、父子が入ってくる。男の子の真っ青なダウンとオレンジの手袋がやけに目に入った。遅れて冷えた空気が二人の元まで届いて、理由なく笑い合った。
変わった。変わらない。
「変わって変わらないよね」
「変わらず変わっていくって?」
「変だよね?」
「変なのかは知らないよ。でもそれでいいよ。」
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