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あしたの小窓から。

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小窓のむこうに、ちいさな「あした」が見える。 ここでは音楽、教育、投資、霊性などについて、考えたり感じたりしたことをつれづれに綴っています。
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2018年9月の記事一覧

「会いたいから。」

「会いたいから。」

「会いたいから。」

と、うちの奥さんが言ったとき、
時間が止まるかってくらい、驚いた。

たしか、
まだうだるように暑かった
先月のことだ。

「くにちゃんを名古屋に呼んで
 ワークショップを開きたい」

彼女は突然、そう言い出した。

以前にも書いたけれど、僕自身は
くにちゃんこと橋本久仁彦さんと、
わりと長いつきあいがある。

2013年に出会って、まる5年。
その間、いろんな場を共にして、

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まぼろしのクラスメイト。

まぼろしのクラスメイト。

児童館で
子どもたちの生活に触れるとき、
つい「その頃の僕」と
比較してしまう。

そして、
「小学校のあのクラス、
 中学校のあの教室に、
 そんな子たちがいたのか」
と驚く。

自分しか見えていなかった教室に
一人、一人と明かりが灯るように
見えていなかった
クラスメイトたちが登場する。

たとえば、児童館には
親とあまりうまくいっていない
子どもたちも来る。

彼らは親の態度や行動につい

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大人になるって、なんだろね。(7)

大人になるって、なんだろね。(7)

(前回の記事はこちらから)

「澤さんは、自分のこと
 大人だと思いますか」

冒頭で尋ねられた質問に対して、
きちんと応えようとしたら、
こんなに長くなってしまった。

本質的な問いは、いつだって
さりげなく現れて、
時間切れで終わってしまう。

僕は、まだ子どもだ。

そしていま、
大人になる練習を
しているのだと思う。

僕を大人に導いてくれた
大人のようになれるように。

でもねえ、
なか

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大人になるって、なんだろね。(6)

大人になるって、なんだろね。(6)

(前回の記事はこちらから)

心理学を修めたわけではないので
ざっくりした説明になるけれど
「転移」というのは、
幼い頃、大切な人(ほとんどが親)
との関係で未消化だった感情などを
別の誰かに映して、反応してしまうこと。

たとえば、他人のささいな言動に
腹が立って腹が立ってしかたがない、
みたいな反応が起こる。

僕は『魂と繋がる歌の唄い方®︎』の
師匠、本郷綜海さんの場で、
このことをみっちり

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大人になるって、なんだろね。(5)

大人になるって、なんだろね。(5)

(前回の記事はこちらから)

子どもには見えていないし、
見えていなくていい。

前回そう書いたのだけれど、
この視野の違いが
大人と子どもの違いではないかと思う。

身体的にも精神的にも
子どもの視野は大人よりも狭い。

その足りない部分を
さりげなく補ってあげられるのが
大人の役割ではないかと思う。

だからといって、
なんでもかんでも
手を出すわけではない。

子どもの力を信じて、
手を出さ

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大人になるって、なんだろね。(4)

大人になるって、なんだろね。(4)

(前回の記事はこちらから)

児童館に勤めるようになって
不本意ながら
子どもたちに注意をする
「大人」の役割を
担うようになった自分。

でも、注意するときよりもっと
「大人だなあ」と感じるのは、
課題を抱えた子どもたちのことを
話し合っているとき。

ほとんどの場合、
親子関係がうまくいっていなくて、
そういう子は
どうにもならないなにかを抱えて、
児童館にやってくる。

自分ではどうにもなら

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大人になるって、なんだろね。(3)

大人になるって、なんだろね。(3)

(前回の記事はこちらから)

児童館は、0歳から18歳までの
子どもたちが利用できる公共施設。

館によって違うけれど、
うちの児童館には、
バスケや卓球ができるホールがあったり、
トランプやオセロがあったり、
漫画が読める図書室があったり、
ギターやドラムまであったりする。

僕の小さい頃には
こんな場所はなかったか、
知らなかったので、
はじめて来たときには
「へー、いいなあ」と思った。

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大人になるって、なんだろね。(2)

大人になるって、なんだろね。(2)

(前回の記事はこちらから)

学生のときも、会社員をしていても、
周りの「大人」のようになるもんか、
と思っているところがあって、
常識をひっくり返すようなことを
するのがいいんだと思っていた。

周りが従順だと内心腹を立てて
立場が上の人たちを
挑発してみたりすることもあった。

ほらみろ、
大人ってこんなにずるいんだぜ。

と、それこそ、ピーターパンみたいに。

自由で痛快で常識外れ。
まわり

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大人になるって、なんだろね。(1)

大人になるって、なんだろね。(1)

「澤さんって、自分のこと
 大人だと思いますか」

児童館の若いスタッフさんから
唐突にそう尋ねられて、答えに窮した。

大人。なりたくなかったなあ。
と思いつつ、

「児童館に来て大人の役割に
 なることが増えたかな」

と答えた。

 自由ってやつは
 たのしいもんだぜ
 僕も昔は縛られてた

と歌ったのは、
ピーターパンかと思ったら、
ピノキオで、

でも、そう、
僕はディズニー映画の
『ピ

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そこに人がいるということ (6)

そこに人がいるということ (6)

(前回の記事はこちらから)

 「オレ、他人とつながれるようになったかもしれない」

思わず、フェイスブックにそう書いた。
なにげない言葉だけれど、僕にとっては、41年(自分の年齢)ぶんの重みがあった。

「澤さんは人に関わっていない」と指摘するとき、橋本久仁彦さんは必ずと言っていいほど「君には現場での経験がいる」と言い添えていた。

「現場」をいくつもスルーしてきた僕にとって、結婚生活は、最後の

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そこに人がいるということ (5)

そこに人がいるということ (5)

(前回の記事はこちらから)

2015年からの自営業と結婚生活は、思っていたようには進まなかった。

出だしこそ順調だった㐧二音楽室も、次第にお客さんが集まりづらくなり、生活していくためのお金について、夫婦で話し合うことが増え、時にそれは猛烈な言い争いになっていった。

やっぱりここでも孤独な受験は続いていて「勉強ができる子」から「仕事ができる男」に移ったモデルは「お金が稼げる旦那」にすり替わった

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そこに人がいるということ (4)

そこに人がいるということ (4)

(前回の記事はこちらから)

2013年4月、僕は『魂と繋がる歌の唄い方®︎』(通称『魂うた』)に出会った。

主催は "ヒーラーズヒーラー" こと本郷綜海さん。

ヒーリングという言葉も知らなかった僕は「怪しいところだったらどうしよう」と心配していた。

でも、長年カラオケで唄っていた歌に退屈していたのと、怪しいところを見てみたい気持ちもあって参加を申し込んだ。

それから何回も何回も『魂うた』

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そこに人がいるということ (3)

そこに人がいるということ (3)

(前回の記事はこちらから)

オリエンタルランドを辞めてからの数年間、僕はどんな職場にも定着できなかった。

社会起業のNPOに関わってみたり、ソーシャルビジネスの立ち上げに参加してみたり、求人サイトのライターをしたり、就労支援のNPOに入ったり。

どこにいても最初は「最高だ!」と興奮するのだけれど、そのうちエネルギーが切れて、別のところに移っていくことになった。

いま思えば、オリエンタルラン

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そこに人がいるということ (2)

そこに人がいるということ (2)

(前回の記事はこちらから)

受験のプレッシャーがなくなった大学生活は、楽しかった。
カラオケに行ったり、英語劇のサークルに入ったり、旅行したり、恋愛したり。

「他人嫌い」の僕にも、彼女ができた。
外には出さなかったけれど、自分に自信がなかった僕にとって、誰かの「彼氏」を演れることは、ドラマの主人公になれた感じがして、なんだか誇らしかった。

けれど、相手の人生に深く関わるほどの勇気はなく、しば

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