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【短編】『手紙』

手紙


 隣の部屋では姉がすでに水拭きで床を掃除していた。父親は、三階の倉庫にしまっていた家具や雑誌、生活用品を玄関に運んでいる最中であった。僕は昨日から自分の部屋を片付けるのにどこか気が向かなく、周りが騒がしい中一人ベッドの上で生まれてから15年間もの月日を共にした部屋をしみじみと眺めていた。窓を挟んで部屋の奥にある勉強机には使い途中のペンや鉛筆などがもともと和菓子が入っていたであろう入れ物に縦に差し込まれており、その上に小さなコルク状の板が少し斜めった状態で壁に打ち付けられていた。小学校の卒業式でもらったメッセージカード、書道大会で表彰された際の記事のスクラップ、中学受験で合格した中学校の受験番号の書かれた用紙、アニメキャラクターのシールなどが画鋲で留められていた。勉強机の向かいにある大きな本棚には国語辞典や漫画の日本の歴史シリーズ、ハリーポッターの単行本、レゴブロックで作った建物、石の上にも三年と書かれた習字の小さな掛け軸、とその隣に何やら小さな収納ボックスのようなものが置かれていた。しかし、自分がそこに置いたには記憶はなかった。僕はベッドから起き上がり収納ボックスを開けてみようと思いついた。しかし外側には鍵がかけられていた。もしかしたら何かお宝のようなものが入っているに違いないと思い、すぐに母親を呼びつけ鍵のありかを聞いた。

「それはね、あんたのおばあちゃんが使っていたアクセサリーを入れる箱よ。鍵はどこ言ったかしらね」

 やはり宝箱であった。僕はなんとしてでもこの箱を開けたいと思った。家族皆が掃除をする中、僕だけはその鍵を見つけるためにあらゆる引き出しの中身を出しては中に入れ、夢中になって部屋の隅々まで鍵を探した。それに気づいた父親は僕に尋ねた。

「何してるんだ?中のものを出さずに棚ごと下に持っていけばいいじゃないか?」

「違うんだよ。探してるんだ」

「何を?」

「鍵」

「鍵?何か空かないのか?」

「おばあちゃんのアクセサリーボックス」

「ほう、中には金貨でも入ってるのかな?でも今は時間がないんだから後で、部屋がきれいになってから探したらどうだ?」

「でも引き出しの中にしまってあるかもしれないし」

「まあ勝手にしなさい。お昼までには荷物をまとめておくんだぞ?」

「わかった」

 僕はしばらく鍵を探索しているとあることに気がついた。鍵があるとすればおばあちゃんがどこかにしまっておくはずだ。そしてしまうとすれば自分のそばに決まっているからきっとおばあちゃんが生きていた頃に使っていた部屋にあるに違いない。しかし、その部屋は今や倉庫と化しており、何もかもが埃をかぶっていた。僕はマスクをつけ水泳のゴーグルを装着してから危険区域へと突入した。

 まず目をつけたのがクローゼットだった。ドアを開けた瞬間、中から何年も溜め込んだ古い匂いが一気にマスクを通り抜けて僕の鼻腔へと伝った。どこかおばあちゃんの懐かしい匂いもしたが、その強烈さに顔を歪ませた。ハンガーにかかった女性用の服の下に何やら洒落た小さな棚が奥に隠されていた。即座に僕のアンテナは立ち、奥まで手を伸ばした。棚は小さい割に移動させるのに苦労した。僕は中に入っているものが気になった。特に鍵をかけるところもなかったので、そのまま引き出しを引くことができた。すると、中から昔おばあちゃんがつけていた指輪やブレスレットなど光が反射しキラキラと輝くアクサセリーがたくさん現れた。僕が求めていたお宝そのものだった。すぐにゴーグルを外して埃まみれの中、輝くダイアモンドやオパールのようなジュエリーを眺めた。すると、姉が後ろから物珍しそうに僕の後ろ姿を見るなり頭を超えて反対側にぴょんと着地した。姉はいかにも高校生らしくジェリーに視線を向け目を輝かせた。

「何それ!きれいじゃない」

「僕が見つけたんだ」

「私にも見せてよ」

「盗るなよ?」

「盗るってあんたのじゃないでしょ?」

「僕が見つけたんだ」

 姉に警戒心を抱きながらも、もともと別のアクセサリーボックスの鍵を探していたことを思い出し、もしこれがアクセサリーボックスなのだとしたらあの箱には一体何が入っているのだろうかと疑問に思った。

「姉ちゃん、これ欲しかったら一緒に鍵見つけてよ」

「鍵ってなんの鍵よ?」

「もっと貴重なものが入ってる箱の鍵だ」

「わかったわ。それを開ければいいんでしょ?箱を見せてちょうだい」

 僕は姉を自分の部屋まで連れて行き、小さな箱を指差した。

「何が入ってるの?」

「わからない。母さんはアクセサリーって言ってた」

「じゃあ、アクセサリーだったら、半分もらうわよ」

 僕は少しふてくされた顔をしたもののゆっくりとうなずいた。

「あたし、実は裏技を知ってるの。ちょっと待ってなさい」

 姉は自分の部屋へ戻るとすぐに何かを持って帰ってきた。

「何これ?」

「見てればわかるわ」

 姉は針金のようなものを鍵穴に差し込み、繰り返し回転させた。すると、カチッという音とともに鍵が開いた。

「すげえ、そんなことできるの!」

「友達に教えてもらったのよ」

「へー、なんか悪いことでもやってるの?」

「秘密よ。さあ開けてちょうだい」

 僕はゆっくりとは箱を開けてみた。しかしアクセサリーは一つも入っていなかった。代わりに、手紙のようなものが何通かあり、文字を読むにそれはおばあちゃんの字ではなかった。どうやら知り合いからの手紙のようだった。姉が僕の手からそれを横歩取りして読み上げた。

拝啓
今年の冬は例年より一層寒さが増して、スイセンがより美しく感じられます。いかがお過ごしでしょうか。
近頃は孫と上野動物園に参りまして、猿やライオン、ゴリラを見てきました。我々が若い頃はあのような場所には行けませんでしたが、大変時代も変わりましたこと。
ゴリラを見ていると昔あなたと見に行ったキングコングという映画のことを思い出します。またいつか機会がありましたら是非一緒に見に行きたいものです。これからさらに寒くなりますので、くれぐれもご自愛ください
敬具

平成五年十一月二日

斎藤孝

松山紗子様


最後まで読んでいただきありがとうございます!

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