10.メアージュピース物語 第3部 果てなき旅を終わらせた冒険者達の章 外伝「世界中を震撼させた悲しみの記録」第10話
第10話 岩壁の大陸ヴェンヴェーユ ヴィレターガ国 港町ヴァフーガ
リヴェージア=クーペルナ(26)の物語
アタシの父さんは、新聞記者だったんだ。
この岩壁の大陸ヴェンヴェーユの港町ヴァフーガにある、ヴァフーガ新聞社の敏腕記者。
町の連中は、そりゃあ父さんのスクープ記事を楽しみにしてたもんさ。
勿論、アタシや母さんもそんな読者の一人。
小さい頃から朝起きるとすぐにポストに走ってって、父さんの膝の上で新聞を読むのが日課になってたっけ。
「どうだ、リヴェージア。大きくなったら、父さんと一緒に世界中を駆け回る新聞記者にならないか?きっと、楽しいぞ!」
「うんっ!」
「よーし、約束だぞ!」
父さんは、元気良く頷いたアタシの頭を優しく撫でてくれたんだ…。
ああ、懐かしいなぁ。
出来る事なら、あの頃に戻りたいって…そんな事、思っちゃいけないのかねぇ。
ま、思った所で父さんや新聞社の皆はもう、戻って来やしないけど。
順を追って話すとさ。
アタシは父さんとの約束通り、20歳でヴァフーガ新聞社に入ったんだ。
「編集長、これが娘のリヴェージアです。何分素人なもんですから、ご迷惑をお掛けするかと思いますが、宜しく面倒見てやって下さい」
「宜しくお願いしますっ!」
父さんとアタシが頭を下げると、編集長はニコニコしながら言った。
「いや、こちらこそどうぞ宜しく。君のお嬢さんなら、有望株じゃないか。期待しているよ」
とにかく父さんに恥をかかせたくなくて、アタシは精一杯頑張ったつもりだったんだ。
でも…ぜーんぶ、空回り。
すっごいチャンスの記事、アタシが張り込みで遅刻したせいで逃しちゃったり、ようやく出来上がった先輩の記事に、お茶零しちゃったり…。
勿論、自分が書いた記事も使えないネタばっかで、即ゴミ箱行き。
でもアタシも負けず嫌いだからさ、その失敗を取り戻そうと躍起になるんだよね。
それがまた、更なる失敗を招いたりして…ったく、ボロボロもいいトコ。
そんなある日の、仕事帰り。
近所の公園に立ち寄った、アタシと父さん。
ブランコに乗って溜息をつくアタシに、父さんは買って来た飲み物を手渡してくれた。
「どうした、元気ないな」
「どうしたもこうしたも、ないよ。父さんだって毎日見てるじゃないか、アタシの失態。アタシ、父さんの顔に泥塗ってばっか…こんなつもりじゃなかったんだ。アタシだって、精一杯頑張ってる。でもその結果がこれじゃあ、世話ないよねぇ…っ」
アタシは、自然と目が潤んで来ちゃってさ。
そしたら、父さんが言ったんだ。
「リヴ…お前、背伸びする事ないんだぞ」
アタシは、目を丸くして父さんを見た。
父さんは、アタシの乗るブランコを揺らしながら言った。
「父さんもな、入りたての頃はお前と同じだった」
「えっ…と、父さんが?信じらんないよ…」
今じゃ敏腕記者で、ヴァフーガ新聞になくてはならない存在の父さんが…まさか、アタシみたいだったなんて。
父さんは、星を見上げた。
「父さんが新人だった当時な、今の編集長が父さんの先輩だったんだよ。先輩は、父さんに言った。『背伸びなんて、する事ない。お前はお前にしか掴めない、お前らしい記事を書けばそれでいい』って…」
「父さんらしい、記事?」
「ああ。あの頃、父さんは新聞社で一番若かった。しかも、一番下っ端の新人…周りはベテラン記者ばかりだったから、父さんも焦ってたんだな。難しい事件ばかり追って、少しでも大人に認められる記事を書こうと、躍起になってたんだ」
そ、それって…今のアタシと、同じだ。
アタシも早く皆に追いつきたくて、自分ですらよく内容が理解出来てないような難しい記事を、無理矢理書こうとしてたんだ。
「だけど、そんな事してたってうまく行く筈なんかなかったんだよ。父さんみたいな若い奴にしか書けない、興味深い出来事は其処ら中に転がってる。先輩は、それに気付かせてくれたんだ」
「それで…父さん、どうしたの?」
「それ以来、父さんは必死で自分なりの記事を書き続けて行ったんだ。そりゃあすぐにはうまく行かなかったけど、当時の編集長がそんな父さんの努力を買ってくれてね…徐々に、父さんの記事は新聞に載るようになったんだよ」
アタシは、思わず拍手していた。
「すっ、凄い…凄いよ、父さんはっ!」
でも父さんは首を横に振り、自分も隣のブランコに座った。
「父さんが凄いとか、誰が凄いとか、そう言う事じゃないんだよ、リヴ。要は先輩達の助言を素直に聞き、自分なりに一生懸命努力する…これを、持続させる事が大切なんだ。頑張っていれば、必ず道は開ける。見ている人は、ちゃんと見ていてくれるもんなんだよ」
アタシは頷いて立ち上がると、空に向かって大きく伸びをした。
「よーっし!明日からまた、頑張るぞーっ!」
「その調子だぞ、リヴェージア!」
立ち上がって笑顔を見せた父さんに、アタシも笑顔で頷き返した。
この日以来、アタシは身の回りの小さな出来事から少しずつ記事にして行ったんだ。
どんなにくだらない事でも、自分なりに精一杯書いた。
当然の事ながら、編集長は一発で首を縦には振ってくれなかったけどさ…でも、アタシは負けなかったよ。
早朝出勤したり、残業したり…アタシはアタシなりに、一生懸命努力した。
「何だか、入ったばかりの頃の君を思い出すなぁ…」
編集長が、必死になってデスクに向かうアタシを見ながら呟く。
「あのひたむきな姿、思わず応援したくなるよ。あの頃、可愛い後輩だった君を応援したくなった、僕のようにさ…流石は、君のお嬢さんだな」
父さんは、照れながら微笑んだ。
「いや、恐縮です…」
「君が新人として入って来た時、僕は君ならやれると直感的に思ったんだ。だから僕も、陰ながら君を支え続けて来た……恐らく、君の娘である彼女も大きな事を成し遂げてくれるだろう。このヴァフーガ新聞社史上、初の女性編集長が誕生する日も、そう遠くはないかもしれないな」
父さんは、嬉しそうに編集長の話を聞いていた。
アタシは、そんなに期待されているんだなんて事も知らず、ただ地道に没ネタになるであろう記事を、ひたすら書き連ねていたんだ。
そして、入社してから1年。
21歳になった、ある日。
「採用だ」
最初、何て言ったのか全然聞いてなかったんだよねぇ。
父さんは、目を丸くしてこっちを見ている。
「採用するよ、君の記事を!」
編集長は、もう一度そう言った。
「あっ、有り難う御座いますっ!」
突然立ち上がり、礼を言ったのは父さんの方だったんだ。
『アハハハハ!』
記者の皆が、一斉に笑い出す。
父さんは、顔を真っ赤にしながら頭をかいてたっけ。
「も、もう、父さんったら…」
アタシが困っていると、編集長は立ち上がって言った。
「おめでとう、リヴェージア!」
編集長に握手を求められた時、ようやくアタシにも実感が湧いて来たんだ。
「あ…有り難う御座いますっ!」
アタシは元気良くお礼を言って、編集長と握手を交わした。
「おめでとう!」
「良かったな、リヴェージア!」
記者の皆も、盛大な拍手を送ってくれてさ。
父さんなんか、目に涙浮かべながら必死に手ぇ叩いちゃって…ホント、大袈裟なんだから。
まあそんな訳でアタシはその後、次から次へと面白い記事を書き続けて行った。
小っちゃいけど、毎回新聞にも載せてもらえるようになってさ。
毎朝、自分の記事を見るのが楽しみで楽しみで。
「リヴェージア、アンタの記事見たよ!」
「明日も、楽しみにしてるからね!」
近所の人達も、こうして声掛けてくれたりして。
こう言う喜びを知っちゃうと、新聞記者って辞めらんないよなぁ。
後にも先にも新聞記者を辞めようだなんて思った事、あの日父さんと公園に行って落ち込んでた時の1回きりだよ。
あの時は流石のアタシも参っちゃっててさぁ、もうどうでもいいって自暴自棄になってたから。
そして、更に1年後。
アタシが、22歳の時。
森の大陸で、機械工場が爆破されると言う事件が起こった。
現場からは、謎の爪痕を残した遺体が発見されたって話だ。
遺族の人達には申し訳ないけど、そう言う事件って読者が興味を持つんだよね。
それで父さんと2人、編集長の許可を貰って取材に行く事にしたんだ。
だけど…。
その事件を初めとして、爪痕を残した殺人事件は各地で頻繁に起こるようになっちゃって。
どうせだからってんで、アタシと父さんは危険を承知で、その事件の専属諜報員になったんだ。
それこそ、遺族の人達の為に何か役に立つような情報を仕入れてやろうと思ってさ。
当時は犯人像がまだあやふやで、大きな爪を持った殺し屋だって事しか分かってなかったから、アタシ達みたいな諜報員がいれば詳細を知る事が出来るから、便利だろうと思って。
でもさ、不思議と怖くはないんだよね。
記者魂が疼くような大事件だったし、それに…。
それに父さんがいつも一緒だったから、何だか心強かったんだ。
アタシと父さんは全国各地を飛び回り、事件の真相に迫って行った。
でも…。
アタシが、26歳になった今年。
生まれて始めて、1人で取材に出る事になってしまった。
「リヴ…本当に、1人で大丈夫なのか?」
父さんは、物凄く心配そうな顔をしてた。
「大丈夫だってば!専属諜報員になってから、もう4年も経ってんだよ?それに年も26、子供じゃないんだからさ!」
アタシが明るくそう言うと、父さんは溜息をついた。
「分かってる。分かってるんだが…でも、心配なものは心配なんだよ」
「もう、父さんったら…」
私は半ば呆れた顔で、父さんを見つめた。
そんな私と父さんの背中をバシッと叩いて、母さんは言った。
「貴方も、心配性ねぇ。大丈夫よ、この子なんか這いつくばってだって生き延びるようなしぶとい子なんだから、心配する事なんか何もないのよ」
「ちょっ、ちょっと、母さんっ!それ、どう言う意味さっ!大体そのしぶとさ、誰に似たと思ってんだろうねぇ…ったく」
アタシがブツブツ言いながらギロッと睨むと、母さんは苦笑いした。
「と、とにかくっ!早く行かないと、列車に乗り遅れるわよっ!貴方も、早く行かないと会社遅刻じゃないの?」
それを聞いた父さんは、慌てて腕時計を見た。
「あ、ああ、本当だ!じゃあ母さん、行って来るよ。リヴ、行こうか」
「うん!じゃあね、母さん」
「行ってらっしゃい!気を付けてね!」
母さんは、アタシと父さんにそれぞれキスをした。
アタシと父さんは、手を振りながら家を後にした。
この日、どうして父さんがアタシと一緒に、取材に来れなくなかったかと言うと…。
実は、父さんが新人だった頃の編集長が、亡くなったって知らせが急に入ってさ。
ほら、あの時話してただろ。
父さんが新人だった頃、父さんの努力をずっと脇で見ていてくれたあの編集長さ。
父さんが新人だった頃の先輩、つまり今の編集長と副編集長も新人時代にはお世話になったってんで、うちの社を代表して編集長と副編集長の2人が葬儀に出席する事になったんだよ。
本当は父さんも行きたがったんだけど、そうなると上の人間が会社に誰もいなくなっちまうだろ?
だから1番古株の父さんに、編集長が会社の留守を頼んだって訳。
まあ正直、アタシも1人で取材に行くのが、不安じゃないと言ったら嘘になるんだけど。
でもさ、これでうまく行ったら、昇進のチャン…い、いやいや!と、とんでもない!
『背伸びなんて、する事ない。自分は自分にしか掴めない、自分らしい記事を書けばそれでいい』
これ、鉄則だった…ふぅ、危ない危ない。
「じゃあ、気を付けて行くんだぞ!」
新聞社に着いた父さんは、一緒について来たアタシを抱きしめた。
「やっぱり、港まで送ろうか…」
「何言ってんの、父さん…」
アタシは、父さんを押しのけた。
「此処から港なんて、目と鼻の先だろ?心配するにも、程があるよ…ったく、父さんったら…」
「ハハハ!そ、そうだったな。じゃあ父さん、行くからな」
アタシは、父さんが新聞社の中に入って行くのをずっと見送っていた。
その時。
「すみません」
眼鏡を掛けた背の高い男が、アタシに声を掛けて来た。
「ヴァフーガ新聞社って…此処、ですよねぇ?」
「え…ああ、そうだけど」
「どうも」
男は、軽く頭を下げて新聞社の中に入って行った。
「誰だろ、お客さんかな…ま、いいや。よしっ!」
アタシは気合を入れて、例の殺人事件が起こったと言う大陸へ向かった。
今回は、水の大陸サートサーチのジルウォーズ国城下町に住む『占い師ルインドールの一族』が、例の殺し屋によって全滅させられたらしいんだ。
ルインドール一族と言えば大昔、まだ魔王と勇者が戦っていた時代から大活躍してた一族だ。
アタシも小さい頃本で読んで、占いしたり魔法使ったりするルインドールの人間に憧れたもんさ。
その一族が1人残らず殺されたって聞いて、アタシもかなりショックだった。
流石のアタシも、毎回毎回この一連の殺人事件に関する取材の時には、気が滅入る。
遺族の気持ちを考えるとさ、アタシも『今回の殺人事件には、読者も興味があるんだよねぇ!』なんて言ってる場合じゃないと、つくづく思い知らされる。
現地に着いたアタシは、毎度の事ながら愕然とした。
他の民家は傷1つ付いてやしないってのに、一族が住んでいた一画だけが綺麗になくなっていたんだ。
「ほんと、酷いもんだったよ」
「私達も助けてやりたいのは山々だったんだけどさ、それ以前に怖くて怖くて家から一歩も出れなくてねぇ」
「お気の毒な事をしました。彼ら一族の存在は、この水の大陸の誇りでもあったのに…残念でなりません。一刻も早く、どなたかが例の殺し屋を退治してくれないものでしょうか」
色んな人の話を聞く中、アタシは1人の少年の話に注目した。
「僕、窓から見てたよ。おっきな爪がね、右の手にくっついてたんだ」
「ほ、他には?男だった?それとも、女だった?」
「うーん…女の人だった気がする。だって、髪の毛が長かったよ。紫色の、長い髪の毛だった」
それは、アタシにとって大きな疑問だった。
「ね、ねえ、ボク…それ、確かかい?」
「僕、嘘ついてないよ!本当に見たんだ!」
正直言うと、昨年取材に行った砂漠の大陸にある『ロバンエの村孤児院殺人事件』や、一昨年行った山脈の大陸にある『勇者フォルチュナの村グレンミスト家殺人事件』などで集めた目撃証言によれば、奴は黒の長い髪を持った人間だったと言う話だ。
だが…もし、この少年の言う事が本当だとしたら。
奴は、2人いる?!
疑問を残したまま、その日の夕方に岩壁の大陸へ戻って来たアタシは、港が騒がしい事に気が付いた。
「何だか、妙に騒がしいけど…何か、あったのかい?」
近所の店先で訊くと、驚くべき返事が帰って来た。
「ヴァフーガ新聞社が、例の殺し屋に殺られたんだよ!」
アタシは、瞬時に走り出していた。
新聞社の前は、野次馬の人だかり。
それを押しのけて入口の前まで来ると、其処には皆の…社員全員の遺体が、既に並べられていた。
「う、嘘…だろ?!」
アタシは、側にいた兵士にしがみついた。
「すっ、すいません!あのっ、アタシっ、此処の新聞記者なんですっ!アタシのっ、アタシの父さんが此処にいる筈なんですっ!」
その兵士は、アタシを宥めながら言った。
「関係者の人だね。彼処にいる隊長が、事件の指揮を執ってる。詳しい話は、隊長に訊いてくれ」
アタシは、すぐさま隊長だと言う人に話しかけた。
「アタシ、此処で働いてる者なんですけど!」
「そうか、丁度良かった。恐らく、此処に並べてある遺体で全部だと思う。辛いかもしれんが、身元の確認をお願い出来ないだろうか」
アタシは…それを、引き受けた。
それが、この世に残された…無事に生かされた、アタシの重大な仕事だと思ったから。
1人1人、上司や先輩達の遺体を確認する。
勿論、その胸には血に塗れた深い爪痕がザックリと刻まれていた。
そして…最後に見た遺体が父さんである事を、アタシは確認した。
私は隊長に全員の連絡先を知らせた後、取り敢えず家に帰った。
玄関先で、母さんが…泣いて、待っていた。
「リ、ヴ…リヴっ!」
「か、母、さん…母さぁーんっっっ!」
私と母さんは、気の済むまで抱き合ったまま泣いた。
「それじゃあ…行って来ます!」
数ヵ月後。
アタシは、港に立っていた。
母さん、そして元編集長の葬儀に参列していたお陰で、生き延びる事が出来た編集長、副編集長の3人が見送りに来てくれた。
「必ず…必ず帰って来るのよ、リヴェージア!」
母さんはそう言って、アタシを強く抱きしめた。
「連絡は、定期的に寄越すんだぞ。奴の情報も大事だが、まずはリヴェージア…君の安否が、最優先だ」
編集長の言葉に、アタシは強く頷いた。
アタシはこうして、永遠の取材の旅に出た。
母さん達には、言ってないけど…最終目的は、奴を殺す事。
故郷であるこの港町ヴァフーガに、今度アタシが帰って来た時。
一番最初に書く記事は、有終の美を飾ったアタシ自身の事だよ。
しかも号外で、大々的に町中…いや、世界中にばら撒くのさ!
その時には父さん、必ず読んでおくれよ!
一番、最初に…。
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