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9.メアージュピース物語 第3部 果てなき旅を終わらせた冒険者達の章 外伝「世界中を震撼させた悲しみの記録」第9話

第9話 岩壁の大陸ヴェンヴェーユ ヴィレターガ国城下町
    ユイローム=ロッソバーグ(27)の物語


 俺より強い者など、この世にいない。

 いる訳がない。

 常に自分にそう言い聞かせて生きて来た俺は、小さい頃から軍隊に憧れていた。

 此処、岩壁の大陸ヴェンヴェーユにあるヴィレターガ国では、昔から軍隊の育成に力を入れており、恐らく世界中で軍隊の強さにかけては右に出る国などないであろう、と言われていた。

 首都ヴィレターガ城下町に住んでいた俺は、学校が終わるとすぐに城の柵にへばり付き、軍隊の練習を日が暮れるまでずっと見ていた。

「おい、坊主!」

 隊員の1人が、こちらへ歩いて来た。

「お前、いっつも此処来てるなぁ!」

 当時8歳だった俺は、元気良く頷いた。

「うんっ!僕、大きくなったら軍隊に入りたいんだ!」

「アハハハハ!」

 その隊員は、大笑いした。

「坊主、我慢強いか?」

 俺は、得意気に答えた。

「うんっ!此処に来てるせいで帰りが遅くなった時、いつも父さんにお尻叩かれてるけど、泣いた事ないよ!」

「アハハハハ!」

 隊員は、再び笑った。

「お前、面白いなぁ!なーんか、気に入った!お前が入って来るの楽しみに待ってるから、絶対入って来いよ!」

「うんっ、絶対入って見せるよっ!約束だからね、おじちゃん!あ、何て名前なの?僕、ユイローム!ユイローム=ロッソバーグ!」

「ユイロームか。俺は…つーか、おじちゃんって…お前なぁ?俺はまだ、29だぞ!」
 


 それから、7年後。

 俺は、15で軍隊に入った。

 あの日の隊員に会いたくて名前を言って回ったが、奴はとっくにおっ死んじまってた。

 戦死したってんなら、俺もまだ納得出来たんだが…。

 奴は、聞いて呆れるような死に方をしやがってた。

 山脈の大陸の山中で、遭難した野郎を救助してる最中に野郎の命綱が切れ、代わりに自分の命綱を繋いでやって、テメェはそのまま真っ逆さまに落下して行ったんだとさ…。

 ケッ、胸糞悪い。

 軍隊って、そんなちゃっちいモンだったのか。

 俺が憧れた軍隊は、こんな甘ちゃんじゃあなかった筈だ。

 この時から、俺は今の軍隊の在り方に不満を持つようになって行った。

「また、山脈の大陸で遭難者が出た。我々も加勢し、救助に向かう。いいな?」

『はいっ!』

 大体、何で軍隊が人命救助なんかしてるんだ。

 そんな仕事は、城で暇してる近衛兵にでも任せときゃあいい。

 俺達軍隊は、戦争と言う場で戦ってこそ意味があるんだ。

 しかし…このバカみたいに平和な世の中、好き好んで争おうだなんて輩は、そう簡単には現れなかった。

「おい、新人共っ!」

 俺達新人は、くだらない筋力トレーニングを続けるだけの毎日だった。

 2ヶ月先に入隊したくらいで先輩面しやがるバカも、此処には大勢いる。

「お前らは、留守番だ!」

「いいか、サボるんじゃねぇぞ!与えられたカリキュラムを、確実にこなせ!俺達が帰って来た時に成果の出てない者は、その場で鞭打ちだ!」

「背中の皮を剥がしたくなければ、大人しくトレーニングを続けるんだな…」

 そう言って、バカ共は笑いながら去って行った。

 新人以外の隊員は皆、人命救助と言うくだらない任務の為に城を後にする。

 クソッ!

 こんな事する為に、俺は軍隊に入った訳じゃねぇっ!

 一体、いつまでこんな事やってりゃあいいんだよ!
 


「今日は、新人も入れて全員で氷の大陸へ向かう!」

『はいっ!』

 俺が18の時、新人はようやく実戦訓練をさせてもらえるようになった。

 但し、人命救助だ。

「最近、流氷に誤って流される人が増えている。世界全体の温暖化が進んでいるから、やむを得んがな…まあ、そう言った人々の救助活動だ」

 この時から、俺は絶対隊長の座にまでのし上がってやると心に決めた。

 俺が隊を任されたら、こんな甘っちょろい事はさせねぇ。

 思い切り、厳しく指導してやる…。

 偉そうに鞭だけ振ってる上の連中共も、一捻りだ。

 この背中の痣の分だけ、必ず仕返ししてやるからな…。

 今に、見てやがれっ!
 


 2年後。

 20歳になった俺は、隊を1つ任された。

 隊長に、任命されたのだ。

 20歳の若さで隊長と言うのは、異例の出世だった。

 これも全て、俺の実力だ!

 俺は、他の奴らとは違う!

 俺の実力、見せてやろうじゃねぇか!

「今日は、銃の訓練だ。ほら、それぞれ自分の銃を持て!」

 俺は、銃の練習を奴らにやらせる事にした。

 あんな筋力トレーニング、全くもって無駄だ。

 コイツらは軍隊に入る為に、学生時代から相当な訓練を積んで入って来ている。

 今更つまらんトレーニングなどやったって、こいつらの不満は募るばかりだ。

 かと言って、人命救助なんてバカバカしい事もやってられん。

 実戦ですぐさま役に立つ、銃の練習をさせるのが妥当だろう。



『銃…ですか』

 勿論、俺は上司である長官に許可を貰いに行った。

『そうです』

 俺は、今言ったような事を長官にも説明した。

『そうは言いますけどねぇ、銃なんてものは所詮この平和な世の中には…』

『平和じゃなくなったら、どうするんです?』

 俺の言葉に、長官は酷く驚いた様子だった。

 そうだろう、俺のこの常に一歩先行く読みは誰にも真似出来まい。

『平和じゃなくなった時、銃の練習を今からしておけば戦争で勝ち残る国は他でもない、このヴィレターガですよ…長官?』

 長官は、目を丸くした。

『ロッソバーグくん…君の考えは、非常に素晴らしい!』

『お褒めに預かり、大変光栄です』

 俺は、深々と頭を下げた。

『すぐさま、練習を許可しよう!』

 長官も、俺の話に乗ったのだ。

 やはり、俺は間違っていなかった。

 筋力トレーニングをつまらなそうにやっている他の隊とは違い、俺が率いるこの第5軍隊は隊員共が皆、生き生きとしていた。

 俺のこの先を見据えた考えも称賛されて、第5軍隊に入りたいと言う輩は後を立たなかった。

 調子に乗った俺も次から次へと危険な武器を持ち出し、いかにして他国の人間共を皆殺しにするかを淡々と説いた。

 俺の第5軍隊は、他とは違う。

 俺は、必死だった。

 最初の2、3年は隊員共も面白がってついて来た。

 しかし、徐々に俺に対して恐怖を抱くようになって行ったのだ。



 そして、俺が25になった時。

「おられますかな、長官」

 誰かが、長官室をノックする。

「ああ、入りたまえ」

「失礼致します」

 ドアが開き、入って来たのは副長官だった。

「長官、実はロッソバーグの事で少々…」

「ああ、分かっている」

 副長官が皆まで言う前に、長官は頷いて言った。

「その前に、例の森の大陸で起こった工場爆破の件だが…」

「ああ、その事でしたら…」

 副長官は、持っていた資料をパラパラと捲った。

「我が国にも、復興作業の為の出動要請が来ております」

「あれから2年も経ったと言うのに、まだ復興出来ずにいるとは……」

 そう呟いた長官はカーテンを捲り、窓の外を眺めた。

「はあ…確かに、相当大きな爆破だったようですね。あれほど発達した科学技術を、何年も掛けて開発して来た建物が、全て跡形もなく壊れてしまったのですから、それを1から組み立て直すと言うのは…まあ、ちょっとやそっとでは立ち直れないでしょうな。様々な精密機械も、多数配置してあったようですし」

 副長官の話に頷いた長官は、カーテンを閉めて言った。

「してその犯人、いまだに見つかっていないそうじゃないか」

「はい…どうやらその犯人はこの2年で別の場所にも現れ、次々と殺人を繰り返しているようで…恐らく、プロの殺し屋ではないかと思われますが」

 副長官がそう言うと、長官は髭を摩った。

「では、こうしよう…」

 長官は、副長官の耳元に顔を寄せた。

「実は一石二鳥の作戦を、あるお方から頂いたのだ」

「ああ、この前こちらにいらっしゃった…眼鏡を掛けた背の高い若い男性、ですね?」

「そうだ。あの方は、この軍隊の為に多額の軍資金を寄付して下さっているのだが、頭脳の方も中々優秀なようでね…恥ずかしながら、度々ご助言を頂いているのだよ」

 2人は、その作戦をすぐさま実行に移した。

 軍隊の宿舎。

 俺の部屋を、誰かがノックする。

「ロッソバーグくん、私だ」

 声の主は、何と長官だった。

 俺は、慌ててドアを開けた。

「入っていいかな?」

 長官が自ら、俺の部屋に?!

 俺は、長官を部屋に招き入れた。

「今日は、君に話があって来たのだ。ちょっと、座ってくれんか」

 俺は、大人しく椅子に座った。

「ロッソバーグくん…君は勿論、森の大陸で2年前に起こった事件を知っているね?実は、その復興作業に協力してくれないかと言う要請が、森の大陸から来ているのだ…と言う訳で、近々軍隊を森の大陸へ派遣しようと思っている」

 その話を聞いた時、正直言っていい気はしなかった。

 また、人助けか…これが、俺の本音だ。

「だがね、ロッソバーグくん…」

 長官は言った。

「君が率いる第5軍隊には、別の仕事をしてもらおうと思う」

 俺は少し驚いたが、楽しみでもあった。

 一体、どんな仕事だろうか。

「殺し屋退治だよ」

 それは、血の沸き立つような言葉だった。

 ついに、俺の隊の本当の力を発揮する時が来たのだ。

「どうやらその爆破の犯人が、各地で人を殺しているプロの殺し屋らしいのだ。其処で君達第5軍隊には、これ以上死者が出ないよう、その殺し屋退治を任命したいのだ。ロッソバーグくん、引き受けてくれるね?」

 俺は、すぐさまOKした。

 長官は、微笑んで言った。

「君なら、引き受けてくれると信じていたよ。では近い内に正式な指令書を出すから、その時は宜しく頼む」

 俺は、やる気満々だった。

 此処で株を上げておけば、更なる出世が期待出来る!

 俺は、期待に胸を膨らませていた。
 



 そして、運命のあの日。

 取り敢えず俺は自分の隊を引き連れ、爆破現場の復興作業に駆り出された他の隊と共に、森の大陸ティアティーオへ降り立った。

 すぐに他の隊は機械工場のあったトゥーレペリ城下町へ、俺の隊は深い深い東の森へと入って行った。

 長い捜索が続いたが、ついに俺達はその殺し屋と鉢合わせした。

「いたぞっ!追えぇーっっっ!」

「逃がすなっ!絶対に、逃がすなっ!」

 奴が殺した死体には、大きな爪痕が残されていると言う。

 その噂通り、奴の右手には巨大な鉄の爪がついていた。

「クソッ!夜ってのが、災いしたな。よく見えねぇ…っ」

 俺は、思わず溜息をついた…そうこうしている間にも。

「ウワァーッッッ!」

「ギャァーッッッ!」

 隊員達は、次々と奴に殺されて行く。

 真っ暗な森の中は、あっと言う間に死体の山と化した。

「ひるむなっ!所詮、俺らに敵う敵などいないのだっ!」

『はいっ!』

 残った隊員達はそう返事をしたが、1人また1人と敗れて行き…。

 ついには、俺だけになってしまった。

「こっ、こんな事…こんな事が、あって堪るかぁーっっっ!」

 俺はそう叫び、鞭を持って奴に立ち向かって行った。

 互いに武器をぶつけ合い、最初に窮地に陥ったのは何と俺の方だった。

「なっ、何故だぁーっっっ!」

 俺は、身動きが取れない状態だった。

 背後から首、肩にかけてあの巨大で恐ろしい爪を突きつけられたからだ。

「はっ、離せっ!貴様っ、一体、何者なんだっ!本当の名は、何と言うのだっ!」

 奴は勿論、俺の質問には答えなかった。

「きっ、貴様っ…調子に乗るなよっ!」

 俺は爪で押さえつけられながらも、必死に抵抗しながら鞭を構えた…その時。

「グッ、グワァァァーッッッ!」

 俺は、この広大な森に響き渡るほどの大声で叫んだ。

 俺の左肩に、グッサリと深い爪痕が刻まれてしまったのだ。

 俺が叫びながら左肩を抑えて倒れると、奴は軽々と高い森の木の上までジャンプし、闇夜に消えて行った。

 流れる血を抑え、俺は自力で岩壁の大陸まで帰った。

 軍隊の宿舎に辿り着くまでの間、意識は朦朧としていたが、これだけははっきりと聞こえた。

「1年間、謹慎処分だ」

 長官の声だった。

 どうやら、隊の人間を丸々台無しにしてしまった罰らしい。

 確かに任務は遂行出来なかったのだから、全ての不始末は隊長である俺の責任だ。

 納得した上で、俺は意識を失った。

 左肩の傷が癒えるまで、俺は謹慎がてら入院を余儀なくされたのだった。

 謹慎期間1年の内、半年は病院にいただろうか。

 残りの半年は、リハビリと筋力トレーニングに時間を費やした。

 新人時代あれほど嫌だった筋力トレーニングを、隊長にまでのし上がったこの俺が、再びやる羽目になろうとは…。

 運命とは、皮肉なものだな。



 そして、1年後。

 謹慎処分も解け、27になった俺は久しぶりに隊に顔を出した。

 即座に、長官が一言。

「クビだ」

 俺の頭の中は、真っ白になった。

 3歳の頃から軍隊に憧れ、8歳の時のあの隊員との出会い、15歳で入隊、20歳で隊長に出世、25歳で殺し屋退治を任命されて…27歳でクビ、か。

 こんな事、誰が予想したって言うんだ。

「畜生っ…」

 暗い廊下を、肩を落として歩く。

 薄ら笑いを浮かべた背の高い眼鏡の男と、すれ違った。
 



 軍隊を追い出された俺は今、再び森の大陸に立っていた。

 軍に頼らずとも…隊長などと言う肩書きがなくとも、俺はやってみせる!

 俺は、1人の人間として…ユイローム=ロッソバーグとして、名を上げて見せる!

 今に見てろ、軍隊のクソ野郎共め。

 そして、この左肩に深い爪痕を残した殺し屋め。

 あんな屈辱を受けたのは、生まれて初めてだ。

 敗北が、あれほど自分のプライドを傷付けられる事だと知った今…2度と、同じ失敗は繰り返すまい。

 この俺が、必ず貴様を殺してみせる…必ずな!




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