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8.メアージュピース物語 第3部 果てなき旅を終わらせた冒険者達の章 外伝「世界中を震撼させた悲しみの記録」第8話

第8話 死の大陸ワーンボア 忍びの里ナーサリカ
    ルチルリーヌ=ナーサリカ(20)の物語


 私共の里は、決して誰にも見つからぬ場所に御座いました。

 里は猛毒の沼地に囲まれており、入った者は即死。

 その毒が怖くて皆、近付こうとは致しませんでした。

 そのせいか、孤立したこの小さな島は『死の大陸』と呼ばれ、恐れられていたので御座います。

 私はこの『忍びの里ナーサリカ』を治める長の孫娘として生まれ、次期長である父上に厳しく育てられました。

「ルチルっ!」

「はいっ!」

「手裏剣の飛距離が、短過ぎるっ!」

 まだ5歳の私に、父上は容赦なく言いました。

「今日は、寝ずに手裏剣の練習をしろ!指定された距離分飛ばせるまで、徹夜だ!」

「は、はい……ひっく、ひっ、く」

「泣いてる暇があったら、手を動かせ!」

 毎日毎日、涙を堪える日々でありました。

 しかし、父上のように強くなりたいと幼き頃より思っておりましたので、耐えるより他になかったので御座います。



 静かなこの里に不穏な動きが見られましたのは、私が12の時分で御座いました。

「なっ、何ですとっ!」

 父上の驚く声。

 場所は、長である祖父様のお部屋。

 私は、天井裏で密かに盗み聞きしておりました。

 無論、それがいけない事だと分かっております。

 祖父様や父上も、天井裏の私の存在に気付かぬ筈は御座いませんでした。

 それを咎めず、見て見ぬフリをなさっておられると言う事は、これから話す内容が私の知る所となっても良いとの、祖父様のご判断だったので御座いましょう。

 私は咎めたてがないのを良い事に、盗み聞きを続けておりました。

「落ち着くのじゃ、息子よ…」

 祖父様は、静かに仰いました。

「大した事ではない…」

「しっ、しかし、父上っ!」

 普段は冷静沈着な父上が、この日は妙に焦っておられるご様子。

「案ずるでない…」

 祖父様は、父上の肩に手を置いて仰いました。

「巻物は、儂の命に代えても守り抜いて見せようぞ…」

「いっ、命に代えてもなどと…そのような不吉な事を仰るのは、おやめ下さいっ!」

 父上は、祖父様に縋って仰いました。

「でしたら、父上のお命は私がお守り致しまするっ!」

「儂の事は、良いのじゃ…」

 祖父様は、父上をジッと見つめて仰いました。

「何かあった場合、お前は妻と子を守るのじゃ…良いな?」

「父上…それは一体、どのような輩なので御座いますか?」

 父上がそう聞かれると、祖父様はお茶を一口飲んで仰いました。

「確か…眼鏡を掛けた、若い男じゃった」

「め、眼鏡…で、御座いますか」

「背も、高い方ではあったが…何か、此処当たりはないものか…」

 祖父様はそう仰いましたが、父上は首を傾げるばかり。

「それだけでは、何とも…」

「そうじゃろうなぁ。しかし、これと言って特徴のない男であった故…」

 祖父様は、深い溜息をつかれました。

「しかし…そのような若い男が、何故我が里に伝わる巻物など欲しがるのでしょう…」

 父上も、溜息をついております。

 私は、初耳で御座いました。

 そのような大切な巻物がこの里にある事など、一度たりとも耳にした事がなかったので御座います。

 祖父様は、腕を組んで仰いました。

「昨今の若い者は、何を考えておるのか分からん。もし悪の手に渡るような事があれば、あの巻物はとてつもない威力を発揮するであろうな…」

「さ、左様で御座いますね…」

「あれは、ご先祖様から代々受け継いで来た大事な巻物。遥か昔に編み出されたと言う究極技も、数多く記載されておる。決して、悪の手に渡す訳には行かんのじゃ…」

 そう仰って、祖父様は難しい顔をなされました。

 もしそれが真実であるならば、確かに悪の手に渡す訳には参りませぬ。

「父上、その男は善なので御座いましょうか。それとも…」

 父上に訊ねられ、祖父様は静かに目を閉じられました。

 そして、ゆっくりと目を開かれながら仰ったのです。

「あれは…完璧な、悪じゃ!」

「何とっ!」

 父上は、目を丸くなさいました。

 私も、同様で御座います。

 悪の者が我が里の巻物を狙っておると言うのでしたら、私とて黙ってはおれませぬ。

「祖父様!父上!」

 私は天井の板を外し、クルリと回転して畳の上に着地致しました。

「ルチルリーヌ…やはり、聞いておったのか」

 祖父様にそのように言われ、私は頭を下げて申し上げました。

「ご無礼、お許し下さりませ。しかし先程からのお話、初耳でした故…」

「お前はまだ12、話すにはまだ早いとの父上のご判断だったのだ」

 父上がそう仰られますと、祖父様も頷いて仰いました。

「左様。しかし、もう12じゃ。のぉ息子よ、お前に巻物の話をして聞かせたのも12、3の頃じゃったな…」

「え、ええ。ですが、父上…」

「良いではないか」

 困り果てた父上のお顔をご覧になりながら、祖父様は笑って仰いました。

「全く、お前は昔から過保護でいかん…」

「い、いえ、決してそのような事はっ!」

 父上はそう仰いましたが、祖父様は首を横にお振りになりました。

「良いか?ルチルリーヌは、我が里の跡継ぎぞ。お前が1人娘であるルチルリーヌを可愛がりたい気持ちも分からんではないが、女子だからと言って甘やかしてはならんぞ」

 その祖父様のお言葉を聞き、私は大変驚いたので御座います。

「じ、祖父様。今、な、何と…」

 父上ほど卑劣で、残虐で、実の子である私に対して、此処まで厳しい父親は他にはおるまい…。

 私は生まれてこの方、今の今までそう思っておりました。

「ふぉっふぉっふぉ!」

 祖父様は、笑いながら仰いました。

「ルチルリーヌよ…」

「は、はい!」

「他家の修行は、もっと厳しいぞ。代々長の家柄故、我が家はあのような生温い修行しかせんのじゃ。幸い他家の人間がこぞって命を懸け、我々を守ってくれておるからのぉ…」

 私は、強い衝撃を覚えました。

 あれほど血の滲むような修行を、3つの頃から行って来たと言うのに、まだ生温いと申されるのか祖父様は。

 しかも今の祖父様の仰られようでは、まるで他家の人間は我々長の家柄の者を守る為だけに命を懸け、修行を行なって生きているかのような…。

 私は、酷く考えさせられるものがあったので御座います。

「しかしな…」

 祖父様は、続けて仰いました。

「巻物が狙われている事が分かった今、このままぬるま湯に浸かっていてはいかんぞ、ルチルリーヌよ…お前にも、里にとって必要不可欠な戦力となってもらわねばならんのでな」

「はっ!」

 私は、深々と頭を下げました。

 それからと言うもの、私は父上に頼んで今まで以上に厳しい修行を積む事に致しました。

 その甲斐あって、私は他家の子供達にも劣らぬほどの技を身につけたので御座います。



 悲劇が起こりましたのは、それから4年後。

 私が、16の年に御座います。

「ルチルっ!ルチルはいるかっ!」

 父上の声。

 夜も更けて一族は皆、眠りについている時刻で御座いました。

「はっ、父上!」

 私が寝床からすぐさま起き上がりますと、父上は私の部屋に入られて仰いました。

「寝ておる所、すまぬな」

「どうかなさったのですか、父上。このような、夜更けに…」

 私が訊ねますと、父上は小声で仰いました。

「よく聞くのだ、ルチル」

「は、はい…」

「何者かが、里に侵入した」

 私は、それは驚きました。

 里の周りは初めに申しました通り、一歩踏み込めば即死してしまうほどの猛毒で囲まれております。

 また入口には常に優秀な忍びが見張りとしてついている為、外部からの侵入者など入る隙はない筈で御座いました…。

 しかし…。

「ともかく、お前も急いで探すのだ」

「は、はっ!」

 こうして、里の者達が全員総出で侵入者の捜索に当たりました。

「ど、何処におるのだ…見当もつかん」

 私は里中を探し回り、流石に疲れを覚えて来たので御座います…。

 その時。

「いたぞっ!」

 私は、声のする方を振り返りました。

「こちらは…祖父様の、お部屋の方っ?」

 そう思った瞬間、私は何やら不吉な予感が致しました。

「おっ、長ぁーっっっ!」

 その叫びを聞いた途端、私はすぐさま祖父様の部屋へと駆け出して行きました。

 廊下を走り、祖父様のお部屋の戸を開けた時。

「あっ、ル、ルチルリーヌ様っ…」

「もっ、申し訳御座いませぬっ!」

 他家の者達ががっくりと畳の上に膝を落とし、私に向かって一斉に土下座をするではありませぬか。

 私は、唖然と致しました。

 何と、祖父様は既に事切れていたので御座います。

 その隣には、父上も。

「ちっ、父上まで、そ、そんな…」

 私は全身の力が一気に抜け、その場に座り込んでしまいました。

「わっ、私共がお側についておりながら、このような…つっ、つきましては、この命と引き換えに、責任を取りまするっ!御免っ!」

「では、私共もっ!」

「待つのだっ!」

 自ら命を絶とうとした他家の者達を、私は即座に止めました。

「ル、ルチルリーヌ様っ!何故、お止めになるのですかっ!」

「そっ、そうで御座いますっ!止められる事の方が、何倍も酷い仕打ちに御座りまするっ!」

「黙りなさいっ!」

 私は、皆に申しました。

「生きるのです!」

 皆は、酷く驚いた様子でした。

 私は、もう一度申しました。

「申し訳ないと思うのなら、生きるのです!」

「しっ、しかし、ルチルリーヌ様っ…」

「黙れと、申したであろうっ!」

 私が怒鳴ると、皆は一斉に静まりました。

「良いか、皆の者…」

 私は、気を落ち着けて申しました。

「長と父上が亡くなられた今、新たな長として里の者達の指揮を執るのはこの私、ルチルリーヌ=ナーサリカだっ!今から、切腹制度は廃止に致すっ!」

 皆は、一斉にざわめき出しました。

「皆の者、よく聞け…っ」

 私は、震える声で申しました。

「この里の為、自分自身の為、そしてそなた達の家族の為…っ、妻や子に私のような思いをさせたくなければ、生きるのだ…良いな…っ!」

 私は、いつの間にか涙を流しておりました。

「ル、ルチルリーヌ様…っ!」

「いえ、長っ!これからは、貴女様について行きまする!」

 皆も口々にそう叫び、涙を流しました。

 そして、私に向かって一斉に頭を下げたので御座います。

 私は祖父様と父上の遺体に布を被せ、母上達女性と子供達の行方を捜しました。

「母上っ!母上は、おられますかっ!母上っ!」

「女子供は、どうやらこちらのようです!」

 先に居場所を見つけた他家の者が、報告に参りました。

「皆、床下の空洞におります!」

「そうか、ご苦労であった」

 と安堵しましたのもつかの間、私はふと巻物の事を思い出したので御座います。

「はっ、母上っ!母上っ!」

 私はすぐさま床下の空洞へ向かい、母上に再会致しました。

「ル、ルチルっ!」

 母上は目に涙を溜められ、私を強く抱きしめて下さいました。

「ああ、ルチル!よくぞ、無事でっ…」

「はっ、母上…っ!じっ、じい様と…っ、父上、が…っ!はっ、母上っ…母上ぇーっっっ!」

 母の胸の中で緊張が解けたのか、私は声を上げて泣いてしまいました。

 皆が見ている前で大変恥ずべき事とは思えど、泣かずにはいられなかったので御座います。

「ルチル、よく頑張りましたね。母は、貴女を誇りに思いますよ。お祖父様と、お父様も、そ、そう思っているに、違い、ありま、せん、よ、ルチ、ル…ああ、ルチル…っ!」

 そう仰られて、母上も涙を流されました。

 他の女子供も皆、涙で睫を濡らしたので御座います。

 暫く泣いた後、落ち着いた私は上の広間に母上と幹部の者を呼び出しました。

 そして総出で巻物を探しましたが、やはりなくなっておりました。

「巻物が、ない…と言う事は、やはり例の男がこのような仕打ちをして来たのでしょうね」

 母上は、そう仰いました。

 例の男…私も、その男の話ははっきりと記憶しております。

「母上は、その男をご存知なのですか?」

 私が訊ねますと、母上は首を横に振られました。

「詳しい事を、知っている訳ではありません。ただ、何故外部の人間が巻物の事を知っていたのか、そしてあの男はどうやってこの里に入って来たのか…そう言った疑問につきましては、4年前からずっと答えが出ていなかったものですから…」

 そう、祖父様が巻物を狙う男の話をしていたのが、丁度4年前。

 あの頃から、警戒を怠った事は1度もなかった筈なのですが。

 其処で、幹部の1人が口を開きました。

「長達をあのような目に遭わせました輩は、その男ではなかったように思いますが…」

「わ、私も、そのように記憶しておりまする…」

「あのご遺体につけられておりました大きな爪痕、何処かで聞いたような覚えが御座います。確か、あのような爪痕を残して行く殺し屋が、何処ぞに存在するとか…」

 幹部達の話を聞きながら、私は唖然と致しました。

「こ、殺し屋…っ?その話、全て聞かせてはもらえまいか!」

 私はその殺し屋に関する詳しい話を聞き、ある決意を固めたので御座います。

 祖父様と父上の葬儀後、私は16の若さで里の総括を任されました。

 同時に、更なる厳しい修行を自分に課したので御座います。



 それから、4年後。

 20歳になった私は里を母に託し、1人旅立つ事と致しました。

 祖父様と父上の仇を討つ…。

 それが、16のあの日に固めた決意だったので御座います。

 里の者達も皆、私が仇を討つ事を強く要望しておりました。

 私自身も皆の期待に答えたく、今回の旅立ちと相成りましたので御座います。

 皆が私1人に仇討ちを任せましたのは、皆が祖父様と父上を強く強く思うが故の事だと私自身、よく分かっておりました。

 こうして私は里の者全員の期待を一身に背負い、生まれて初めて里の外の世界に出たので御座います。

「これからが私の本当の修行であり、戦いなのだ…」

 私は、歩き出しました。

 祖父様、そして父上…。

 お2人の仇を討ち、無事に帰って里を立派に治めて見せまする!

 ですからどうか、花咲き乱れる天の国より見守り続けて下さいませ…。

 心より、お願い申し上げ奉りまする。



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