生後8日目。母が突然私に伝えてきたこと
娘が生まれて、はや8日目。
3時間おきのミルク、夜泣き、おむつ替え、沐浴などなど。最初は戸惑いこそあったものの、看護婦さんにみっちり教えてもらえたお陰で、なんとか出来ている。
母にも助けを借りているため、思い悩むこともほぼ無い。
強いて言えば、夜泣きの時にどうしようと思う程度ではあるが、幸いうちの家の壁が分厚いせいか、ドアさえ閉めておけば隣の部屋に赤ちゃんの泣き声が一切聞こえないとのこと。
隣で寝る母から「えっ、赤ちゃん泣いてたの?」と聞かれる位なので、ああよかったと胸を撫で下ろしている。実は、夜泣きで家族に迷惑かけないかと心配していたので。
もともと、この家は父の勤め先である某大手ハウスメーカーのパワハラで買わされた家だ。
「家買わないと、北海道に飛ばしてやる」(正直、父親以外は北海道へ飛んでも構わなかった)
父はパワハラ上司にこう言われ、母に「家を買いたい」と懇願。母は母で「家族のことより、自分の保身で家を建てるなんて!」と憤慨。この頃は、毎晩のように両親は家について揉めていた。
利息の高い時期に購入した家だったので、尋常じゃない額のボーナス払いだったが、先日なんとか無事に住宅ローンを完済したそうだ。
正直、この家を建てた頃は親の喧嘩ばかり見せられて、ちっとも嬉しくなかった。
しかし、今赤ちゃんを家に迎えて、自宅の壁の頑丈っぷりには本当に感謝している。「家が頑丈で良かったよ」と母に言うと「あら、そう」とだけ言って笑った。
その後、母にお産にまつわる苦労話をした。すると、母は淡々とした口調で私にこう言った。
「あんたの大変なお産話を聞くと、お産は本当に大変なことだと思う。
それでも、世の中には赤ちゃんを産んですぐに養子へ出す人もいるし、捨ててしまう人もいる。どういう気持ちなのかしら?全く考えられないわよねぇ」
私は思わずドキッとした。なぜなら、不妊治療前は特別養子縁組で子供を貰おうかと考えていた時期があったからだ。
その時は、Twitterで「不妊治療をしたい」と私が呟いた時に、仲の良いTwitterのフォロワーさん数人から「特別養子縁組という方法もあるよ」と言われたのがキッカケだ。
正直、寝耳に水というか、突然思いも寄らない選択肢が目の前に訪れたという感覚だった。
そこで、昔から私をよく知る親、先輩に「養子貰おうと思うけど、どう思う?」と聞くと「あなたには無理」とアッサリ言われ、結局不妊治療へコマを進めた。
しかし、養子縁組も考えていただけあって、知識だけはあった。
「母さん。世の中には、いろんな事情を抱えている人がいるんだよ。
母さんや、私は正直これまで生きてきて、本当の意味でお金や生活に困ったことがないと思うの。
お父さんは家事育児に非協力的だったかもしれないけど、収入だけは良かったじゃない?
そういう意味でも、私たちはこの環境に感謝した方がいいと思うの。
子供を育てたくても経済面で断念する人や、性犯罪に巻き込まれたり、何らかの事情を抱えて子供を手放すしかない人もいるんだよ。
あと最近多いのは、出生前診断で子供の障害がわかって、引き取り手の多い新生児のうちに委託するパターン。
インスタやTwitterで調べても、特別養子縁組にはダウン症や持病を生まれながらに抱えた子が多いと思ったよ。
そういう人たちにとって、養子縁組という制度は子供を守るための制度なんだ。
不妊治療をしても子供が授からないから養子を貰う、というよりかは、実親が育てられない子供を救うための制度って感じかな。
だから、自分の子供が欲しいと願う人が引き受けると『こんなはずじゃなかった』という問題が出たりするんだよ。
私、これでも一度考えた時期もあるから、そこそこ詳しいんだよ」
母に伝えると
「へぇ。そうなんだ。
確かに、養子を受ける方って本当にしっかりされてるよねぇ。TVで何度か見たことあるわぁ。
TVの特番で見たことあるけど、本当に優しくて人のためを思いやれるような夫婦ばかりが出てくるわよね。
ああ、こういう人たちじゃないと他所の子はとてもじゃないけど預かれないと思ったわ。
他所の子を預かるというのはね、自分の子以上に気をつかうものよ。
自分の子が授かれないから他所の子を貰えばいいとか、そういう単純な問題じゃないの。
例えば、途中で子育てが嫌になったり、子供の病気が発覚しても実子なら「私しかいない」と思って頑張れるかもだけど、他所の子の場合は限界を感じたら「返したい」と思ってしまうかもしれない。
でも、そう簡単に一度引き受けた子供を元に返そうなんて出来ないでしょう?
人を預かり、育てるっていうのはね。一生続くのよ。
あんた達夫婦じゃね、おそらく絶対無理よ。
あんた達は、いつも「自分が自分が!」でしょ。
とてもじゃないけど、「人のために」という人たちじゃない。
自分が一番の2人でしょうが!
そういう夫婦だから、逆に「お父さん、お母さん、しっかりしてよ!」って注意してくれそうな子供が訪れたのかもよ?
妊娠でも養子でも、もしかしたらそれぞれに使命や縁があって、必要なところに引き寄せられるのかもしれないわね」
娘の背中をトントンと叩きながら、遠い目をして母はぼんやり呟いた。
母と話をして、あの頃の思いを振り返る。
もしあの日あの時、養子を授かっていたら。私はきちんと育てられていただろうか。
実子の夜泣きですでにてんやわんやではあるが、自分の子だからこそ可愛いと思えるし、頑張ろうと思えたのが正直な気持ちだ。
逆に、これがもし実子じゃなかったら。乗り越えられるだろうか。
妊娠糖尿病で入院した病院では、連日のように多くの新生児達を当たり前のように見てきた。もし実子じゃなくても育てる意志がある人ならば、「わぁ、なんて可愛いの!」と見入ったりしていたのではないだろうか。
それが、私ときたら。「みんな同じ顔してるなぁ。あー、また夜泣きが聞こえるなぁ」という感覚だった。正直、特に興味を示すこともなかった。
そのため、実子が生まれたら可愛がれるかどうかも不安になった位だ。
だが、実際に生まれた娘は本当に可愛くて可愛くて。夜泣きも、3時間起きのミルクも楽しくて仕方がないくらいだ。
結果論かもしれないけど、もしかしたら私は血を分けた子じゃないと可愛がれなかった人だったのかもしれない。
だからこそ、神様が過ちを犯す前に娘を授けてくれたのかもしれない。
そんなことを、ふとぼんやり思う。
そして、長年私をよく知る先輩と親は、私の性格をよく知った上で、あの日あの時忠告したのであろう。
自分のことをよく知る人の助言は、大切にしよう。改めてそう思った。
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