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ひとつなるもの すべてなるもの

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ひみの連載ストーリー
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#スサノオ

第99話 醜いあひるのむすめ神

第99話 醜いあひるのむすめ神

 入り江の内側の穏やかな海は、波の音こそしないけど、潮の匂いが漂っていた。

 横浜市、琵琶島神社。
湾に突き出る細長い半島の先端から、海を臨んで坐すこちらの“弁財天”は、さっぱりと天真爛漫な娘神、イチキシマヒメノミコト。
 そして、片側二車線の道路を挟んだ真後ろの山には瀬戸神社が建っていて、オオヤマヅミ、父スサノオ、それから菅原道真といった男神たちが、彼女を優しく擁している。

 そんな男性神た

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第98話 美しき翠玉の悲哀

第98話 美しき翠玉の悲哀

 陽を浴びて暖まった車内へと戻ってくると、ちょっとだけ窓を開けてから次の行き先を座間(ざま)市方面へと定めた。朝一番の難問を越えてしまうと、そこからあとはサクサクと、目的地のほうからこちらにやってきてくれた。

 数か所神社を巡るだけで、羽衣、赤龍、羊羹、「鬼の居ぬ間に洗濯」など、その都度訳の分からないヒントが一瞬で大量に集まってきてしまう。
 そのうちのいくつかは次へ繋がる正解への導きとなり、ま

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第88話 鹿島立ち

第88話 鹿島立ち

「ひみ、歩き行こう。」

 近所の買い物のためにぐるっと回るというけーこから、散歩に誘われた。

「どうせ先生のことで悶々と悩んでるんでしょ?ちょっと歩きに行こうよー。」

 春の冷たい風の中を二人で歩いている間、淋しさに飲み込まれている私の思考は落ち込んで、だけどこれからに期待もしていて、いつまで経っても堂々巡り。

 それでもけーこと話しながら歩きながら行くことで、ちょっとずつだけど心が軽くな

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第86話 父親とお父さん

第86話 父親とお父さん

「うう……その話やめて。気持ち悪い……。」

 あきらの顔色がみるみる悪くなっていく。

「もしかして、旦那?」

「うっ!やめて言わないで!本当に気持ち悪い……。」

 突然苦しそうに胸を押さえだしたあきらに一旦水を飲ませてみるけど、効果があるとは思えなかった。食事はほぼ済んでいたので急いでお会計を済ませ、店の外の椅子にゆっくりあきらを座らせると、けーこと二人で背中を摩った。

 この卒業式のハ

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第77話 冬空に咲く稲穂

第77話 冬空に咲く稲穂

 神奈川県の、川崎駅にほど近い場所にある稲毛神社へとやってきた。
 タケミカヅチをご祭神に迎えているこの神社は、そこまで大きくないながらもたくさんの神々が祀られていて、スサノオやヤマトタケルにも会うことができる。

 神社に来ても、普段はまず“お願い事”というものをしない私だけど、今日ばかりは二つほど、タケミカヅチに話を聞いてもらうことにした。
 一つは、けーこの進退がうまく決まってほしいというこ

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第76話 恋文

第76話 恋文

 それからは忙しかった。
高校入試の出願関係書類を用意したり、裁判所や役所に行って必要書類を用意したり。
 さらにあきらの家庭教師役も大詰めの中、瞬く間に付箋だらけになった離婚の本も隅々まで読み込んでいき、陳述書の内容もまとめていった。

 また噂だと中学校も中学校で、三年生を持つ教員たちは、軒並み帰宅が深夜に及んでいるという。中には、保育園のお迎えのために一旦学校を出て、奥さんの帰宅を待ってから

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第75話 スサナルの正体

第75話 スサナルの正体

 年明け早々、二日連続でヤマタ先生に会ってしまった。何度挨拶されてもその度に無視を決め込んでいるのだが、撃沈するのがわかっているはずなのに、めげずに彼は「こんにちは」と声をかけてくる。相変わらずのきつい香水の匂いが尾をひいて、纏わりついてくるようで喉が痛くなる。

 夜、布団に入ってからも、昼間会ってしまったことからヤマタ先生の意識が絡んで、まだ目を閉じただけだというのに学校の廊下で待ち伏せされて

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第71話 出雲からの預かり物

第71話 出雲からの預かり物

 行きのバスの中で、自分の祖先と思われる氏族とタケミカヅチとの関係を明らかにしておいたことは正解だったらしい。
 数日前から続いていた、タケミカヅチの私に対する“そっけなさ”のようなものは今や払拭されていて、鳥居をくぐると彼は「今年もよく来たね」と、私を笑顔で迎え入れてくれた。

 ここ鹿島神宮の境内にも、多くの神社に見られるように、本殿や奥宮とは別に、末社、摂社(まっしゃ、せっしゃ)と呼ばれるた

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第62話 豊穣の女神

第62話 豊穣の女神

 秋が過ぎ冬が過ぎ、再び春になった。

 春休み中、私は埼玉に住む友人のつきちゃんから誘いを受けて、大宮まで遊びに行った。その日はまだ三月なのにまるで初夏のような陽気で、さすがに日傘の出番には早すぎると思っていたけど、実際にさしている人を見かけた時には自分も持ってくればよかったかなとちょっとだけ後悔した。

 駅ビルでのランチのあと、東口へ出てそのまましばらくまっすぐ歩く。やがて街路樹のトンネルの

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第54話 スサノオとオロチ

第54話 スサノオとオロチ

「私にわかる魂のことなら、すべて先生にお話しします。」
 夢の中でなぜか、スサナル先生にそう伝えていた。

 あの放課後の一件以来、先生が夢に現れることが格段に多くなっていた。
 不動さんの時のように変装したり偵察に来るようなことはなく、素のままのスサナル先生が、「あなたを知りたい」とやってくる。

 夢の中で会った瞬間に、飛び起きてしまうことも多々あったけど、そんな時は心の中で「急に消えちゃって

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第47話 ヤマタノオロチ

第47話 ヤマタノオロチ

 文化祭でスサナル先生がステージに立つと、告知の紙が貼ってある。
 昔からギターを弾いていた先生は、うまいことバンドが組める生徒が見つかった年限定で『○○andスサナルバンド』を結成するらしい。

 よく放課後にひとり学校に残って、誰もいなくなった教室でギターを弾いているという先生は、読書や映画といった趣味と合わせて「僕、それがないと死んじゃうんですよ」と言っては私のことを笑わせてくれた。

 バ

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第46話 玉依

第46話 玉依

(タマヨリ)

 夏休みはとっくに明け、九月になっていた。

 簡単なお昼を済ませて満腹でうとうとしそうになっていると、どこかに繋がりそうな気配がしたのでソファーに移って目を閉じた。

 ビジョンの私は、始まりの合図である鏑矢(かぶらや)を天高く放った。大きく放物線を描いた矢が当たった先は、玉木山の大きな杉の木。
 その大杉の頂で私を待っていたのは例の鴉天狗だった。そして、鴉天狗と私の真ん中に、い

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第41話 starlit eyes

第41話 starlit eyes

 将来の夢を、グラフィックアートで食べていきたいと設定していたあきらは、パソコン部と迷った末に美術部に籍を置いた。
 仮入部期間を終えて本入部が始まってすぐにゴールデンウィークを迎え、休み中の数日間も早速活動日に割り当てられた。

 数年前に、正門から校舎入り口までを改修した中学校の外周りはきれいに整備されていて、シマトネリコの幹の根元をぐるっと囲んだ外ベンチと、来客用の入り口横に設けられた待合ス

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第32話 月明かり纏う羽衣

第32話 月明かり纏う羽衣

(つきあかりまとうはごろも)

 まどろみの中、「自分の内側、自分の内側」と呪文のように内観する。
 根(こん)を詰めると脇目も振らず、義務かのようにひとつのことに集中してしまうのは、果たして私の長所なのか短所なのか……。

 はっきりと目が覚めてもいないうち、意識が朝の気配を軽くかすめとっただけだというのに、私の一部はすでに感情の観察に入る。
 だけど残りの意識がまだまだ葛藤していて、たぶんもう

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