第86話　父親とお父さん

「うう……その話やめて。気持ち悪い……。」

　あきらの顔色がみるみる悪くなっていく。

「もしかして、旦那？」

「うっ！やめて言わないで！本当に気持ち悪い……。」

　突然苦しそうに胸を押さえだしたあきらに一旦水を飲ませてみるけど、効果があるとは思えなかった。食事はほぼ済んでいたので急いでお会計を済ませ、店の外の椅子にゆっくりあきらを座らせると、けーこと二人で背中を摩った。

　この卒業式のハレの日、出席できなかった旦那の未練は重たく絡み、一日を通してあきらに憑依していたらしい。それが会話で炙り出され、闇の中から浮かび上がってきた。

　私が背中を摩り、けーこが手を取る。「あきらの手、冷たいわ。」そう、けーこが言う。ちゃんとしたやり方なんかわからないなりに、彼女と二人で光を送った。

　顔面蒼白になった頬に再び血色が戻ってきたのは、それから二十分後か、それとも三十分後か。二人がかりでなんとかあきらを落ち着かせると、ようやく車に乗り込んで帰り道を戻る。
　いつからか、知らず私にまで飛んできていた旦那の生き霊は、繰り返し生あくびとなって体外へと抜けていく。

　運転中、開けた窓に向かってあくびを放出し続けていると、ふいに体が楽になった瞬間が訪れた。そして同時にけーこが言った。

「ねぇ、ひみって時々旦那さんのことを“父さん”って呼ぶことあったじゃない？
今、店を出た時からずっと目の前にいた10-03ナンバーが曲がっていったからきっともう大丈夫だと思うよ。」

　車の切れない交差点で、しばらく右折待ちをしていたその車がいなくなると、信号はすでに赤へと変わっていた。後ろを振り返ってあきらを伺うと「苦しかった。」と言う通りすっかり疲れ果ててはいたけど、さっきまでの重たさは、ようやく顔から抜けていた。


……


「もうさ、今日の件で本当に、父親のことが嫌いになったよね。今まで自分に興味なかったくせに、あんなに具合悪くなるほど憑いてたなんて最悪だよ。
なんか、早く新しい“お父さん！”って人が欲しいよね。」

　この子のそんなセリフを受けると、なぜだかこの時、自分の意思とは違う会話が勝手に口から出てきてしまった。

「あきらが思い浮かべる理想のお父さんって、誰みたいな人がいいの？」

「んー、それは理想で言えば、尊敬できて、ちゃんと見てくれるスサナル先生みたいな人。」

「……だよねー。」

「！？」

　さっきまでとは全く違うため息混じりの私の言葉に、一体これからひみは何を言い出すんだろうと、あきらがびっくりして構えたのがわかった。
　だけどこの時驚いていたのはむしろ私のほうだった。

　この先もしばらくは、先生への気持ちはあきらに内緒にしておくつもりで、なのになぜだか“喋らされている”。そして恥ずかしいも何もを通り越して、義務を全うするかのように、続けて口を開いていた。

「ずーっと前にさ、あきらが入学するより前に、ツインレイかもしれない男の人のビジョンを見たっていう話をしたの覚えてる？
あの時あきらには、背が高い人だったってことは伝えてたけど、それだけじゃないの。
ビジョンの顔は見えてないからどんな顔かはわからないけど、私があの時見たのはね……、
背が高くて、眼鏡で、髪の毛が……あなたの言い方だと毛量が多くて、だから前髪がモサッとしてて、それで、ちょっとだけ垢抜けない感じの人。」

　目をまん丸くしたあきらの目から、大粒の涙が落ちて、止まらなくなる。すでに鼻を赤くした二人共が、泣きながら頑張って笑顔を作る。

「私こないだ、頑張ってこの人に手紙で気持ちを伝えたんだよ。」

　そう言いながら手のひらを引き寄せて指文字でスサノオの名を書いて、そこから先生の音を拾って伝える。

「！！
だったら益々、早く新しいお父さんが欲しいよ！」

　花粉症用の高級ふわふわティッシュを綺麗に半分も使って、あきらが目の前で、真っ白い山を作っていた。

　この子への愛おしさが急に込み上げてきて止まらなくなり、久しぶりに抱き寄せると、その髪の毛をクシャッと撫でた。




written by ひみ

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実話を元にした小説になっています。
ツインレイに出会う前、出会いからサイレント期間、そして統合のその先へ。
ハイパーサイキックと化したひみの私小説（笑）、ぜひお楽しみください。

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あはは、そういえばちょうど何日か前に、アメブロに憑依のこと書いてたわ。
どんな人でもほぼ例外なく誰かに憑依されてるし、
どんな人でもほぼ例外なく誰かに憑依してるよって話。
もののけのけのけ絡んじゃだめよ。

それから私が初めてスサナル先生に会ったのは、実体よりもビジョンが先。
→第35話『約束』
そんでまたもアメブロに書いた、その時の話で脳内再生された曲がこちら。
恐ろしくこの状況にぴったりな大好きなうたなのー♪

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