#自己愛
「価値は生命に従って付いている」
↑椎名林檎さんの『ありあまる富』という曲の歌詞です。めっちゃ好きです。これ本当だと感じるし、肚落ちしたら無敵だと思う。自分が何を持ってても、何を持ってなくても、その時できることを、淡々とやる。
私は「自分に付加価値を付けましょう、必要とされる人材になりましょう」という教育にかなり染まって生きてきました。素の自分では、昔みたいにいじめられたり選んで貰えなかったりして、やっていけないと思い込んでまし
いるように見える「他人」は、なんのためにいるのか
散らかった心を落ち着けるために書いています。
私は仏教を学んでいて、そうすると「固定のものは何もないよ、自分もあの人も刹那ごとに別モノだよ、自分がいるというのがそもそも錯覚だよ」という話を聞きます。
自我の感覚は末那識という深層意識のはたらきで、Aさんが今日も同じAさんて思うのは阿頼耶識という深層意識に印象や気分がストックされてるから。唯識思想においてはそう説明されます。何かを見ている自分と、
友達について考えてみた
すごい素敵な企画を見つけて、
でも年齢制限で行けないので、テーマを拝借して、ひとり哲学?自分の場合を振り返ってみました。
友達とは何か?改めて考えると、よくわかりません。辞書を引くと「一緒に何かをしたり、遊んだりして、気持ちの通い合っている人」とあります。私には今、そういう固定の人がいません。小中高大、その時々で一緒に出かける子はいたけれど、今も続いてる人は一人もいない。アドレス帳に残っている