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生活の中の小説

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日々、心を通り過ぎていく一瞬の風景を切り取って、小説にしていきます。小さな物語を日々楽しんでいっていただければと思います。
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2020年4月の記事一覧

小説 月子と竜

小説 月子と竜

 月子の元に翼竜がやってきた。翼竜は無言で月子に寄り添った。彼女には不思議な力がある。どんな動物も彼女になつくのだ。

「驚いたね。翼竜がなつくなんて。基本的には村の人間にしかなつかないんだ」
 ユウリが言った。ユウリはゆっくりと翼竜の羽を撫でた。翼竜はじゃれる猫のようにクウと小さく声を出した。
 月子は翼竜の目を見た。翼竜の緑色の瞳に月子は吸い込まれるように見入った。その固い皮膚も月子にはどこか

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小説 シャガール

小説 シャガール

 彼女は、シャガールの絵を好んだ。

「色が、色として生きているの。それがシャガールだと思う」
 彼女はそう言った。彼女は小さなバーに勤めていて、夜な夜な見知らぬ男と言葉を交わした。

 週末になると、彼女は僕の家にやってきた。
 彼女は何も言わなかった。彼女は石になっていた。
 
 
 ある日、彼女はシャガールの画集を買ってきた。
「愛を鳴らすがうまいの。シャガールは」
 そう言った。
 僕は絵

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小説 灯台

小説 灯台

  灯台が立っている。力強く、岬の上に。
 僕と真也子は灯台を見上げていた。
 コンクリートの土手に波が打ち付け、しぶきを上げた。

 昔、ここに美しい浜辺があった。海の家がいくつも並び、海水浴を楽しむ人々で溢れていた。幼い頃を思い返すと、蘇るのは浜辺に連なる海の家であり、そこを行き交う人々の笑顔ばかりである。

 小さい頃、あの灯台へ行った。小学生の頃だ。
 真也子も一緒だったと記憶している。彼

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小説 紙飛行機

小説 紙飛行機

 雄介の作った紙飛行機は、校舎の向こうまで飛んだ。クラスの誰もそんな飛距離を想像していなかった。先生も想像していなかった。

 結局、紙飛行機は校舎に隣接する家の敷地に落ちた。 
 後で、担任の先生と雄介が飛行機を回収に行った。
 康太は、その様子を教室からじっと見ていた。
 

 『紙飛行機をどうやったら遠くまで飛ばせるのか』

 ある日、そんなテーマの授業があった。紙飛行機を作って飛ばす。単純

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小説 メダカ

小説 メダカ

 牛嶋神社の横に、ひょうたん池と呼ばれる場所がある。それは名前の通りひょうたんのような形の池だった。
 
幼い頃、その池でメダカをよく取った。水面を覗くと、すいすい泳ぐメダカがいた。
 小さい頃、その池はとても大きく見えた。幼い頃の記憶は曖昧だが、あのひょうたん池の様子はしっかりと脳裏に刻み込まれている。

 ペットボトルに入れて、家に持ち帰った。母は怒ったが、父は興味を持った。父と私は近所の熱帯

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小説 目玉焼き

小説 目玉焼き

 目玉焼きは、完熟がいい。私は完熟が好きだ。
固い方がいい。固い身をぐっと噛んで、崩れていく黄身の感覚が好き。

 でも、彼は半熟が好きだ。
 私が目玉焼きを作ると、彼はいつも文句を言う。もっと、柔らかい方が好きだと。

 でも、私は完熟にする。
 彼の好みとは違うものを作る。それは私のささやかな抵抗。
 なんでも、彼に合わせては面白くない。

 静かな朝食の時間、彼は目玉焼きを見ていつもと同じ文

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小説 三角点

小説 三角点

 僕らは、幼馴染だった。
 陽菜、正樹、僕。僕らはいつも一緒にいた。

 正樹は地図が好きで、将来は地図を作る人になりたいと言った。陽菜は、おとなしい子だったが、芯が強く、一度こうと決めたらなんでも最後までやりきった。

 三人で、よく地図を作って遊んだ。画用紙に架空の町の地図を描き、自分たちだけの町を作る。そこは僕らの町だった。僕らしか入ることのできない特別な町だったのだ。

 出来上がった地図

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小説 亀

小説 亀

 一頭の亀が隅田川の上流から流れてきた。不思議に思ってじっとその亀を見ていた。最初は亀だとは思わなかった。
 僕があまりにもじっと見ているので、周りの人間もそれにつられて見ていた。人が流れてきたのではないか。そんな風に思ったのだ。

 どんぶらこ、どんぶんらこ。
 そんな言い方は古いかもしれない。しかし、その言い方が最も適切であるように思えた。

 隅田川を一頭の亀が悠々と流されていった。泳いでい

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小説 メトロノーム

小説 メトロノーム

 チク、タク、チク、タク、
 チク、タク、チク、タク、

 メトロノームは冷静に時を刻み続けた。この時がいつか終わるのではないか。そんな気がしていた。

 彼女はメトロノームの音の振幅数を一分間60に設定した。
 チク、タク、チク、タク、
「なんだか、心臓みたい。とくんとくんって」 
 と彼女は言った。

 彼女がピアノを習うと言いはじめたのは、大学2年生の時だった。幼稚園の先生になるから、という

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小説 鶴

小説 鶴

 美咲は、鶴を折っていた。
 とても小さな手で、驚くほど綺麗な鶴を折った。
 その鶴はいまにも、飛び出しそうに思えた。

「鶴って、渡り鳥なの、知ってる?」
 と彼女は言った。

 渡り鳥。
 そうだ。鶴は日本の鳥ではない。
 ある季節だけ日本にやってきて、また次の季節には次の国へと旅立つのだ。

 「同じ場所に戻ってくるって、どういう気持ちなんだろう。故郷みたいな感じかな」
 彼女は笑った。しか

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小説 赤鉛筆

小説 赤鉛筆

 ノートに大きく花丸が書かれた。
 「素晴らしい!」

 先生は大きな声でそう言った。
 小学校が終わったあと、私はすぐに塾へと向かった。塾に行って、その日の宿題をするのだ。

 勉強が好きだったのか。決してそういうわけではない。ただ、私は先生に褒められたかったのだ。

 先生の名前は知らない。当時、塾に行っていた人みんなに聞いても、先生の名前を憶えている人は誰もいなかった。

 その塾は小さい塾

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小説 辞書

小説 辞書

 彼女は、よく辞書を読んでいた。

 休み時間になると、辞書をめくっては視線を落とし、新しい言葉を探していた。
 僕にとって辞書とは「読み物」ではなく「道具」だった。言葉を探す道具。そう思っていた。
「例えばね、新しいクラスになって、新しい友達と会うって楽しいでしょ? そういう感じなの。ぱらぱらってめくって、素敵な友達と会えたらって思うと楽しく読めるでしょ」
 彼女は、そう言っていた。彼女にとって

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小説 ピアノ

小説 ピアノ

 そのピアノは、幼い時から家にあった。

 祖母が母のために購入したものらしい。母は小さい頃、ピアノを見て一目惚れしたそうだ。自分もピアノを習いたい。そうやって親にねだった。

 あまりに真剣だったので祖母も折れてピアノを購入した。KAWAIのアップライトピアノを買った。
「人生で一番の買い物かも」
 と祖母は後に語る。
 ピアノが家に来た。母はとても喜んで、一日中練習をした。

 近所のピアノ教

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小説 長靴

小説 長靴

 娘に長靴を買ってあげた。雨の中学校に行くたびに靴を濡らしては可愛そうだと思ったからだ。
 エメラルドグリーンの長靴を買ってあげた。妻が好きな色だった。
 

 妻が世を去ってから3ヵ月。生活は一変した。
 私に残されたのは小学生の娘との時間。それも平穏ではなかった。
 私は何も知らなかったのだ。
 妻の苦労も、娘の寂しさも。

 家族を持った。その事実で強くなったような気がした。
 一方で、逃げ

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