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小説 三角点

 僕らは、幼馴染だった。
 陽菜、正樹、僕。僕らはいつも一緒にいた。


 正樹は地図が好きで、将来は地図を作る人になりたいと言った。陽菜は、おとなしい子だったが、芯が強く、一度こうと決めたらなんでも最後までやりきった。


 三人で、よく地図を作って遊んだ。画用紙に架空の町の地図を描き、自分たちだけの町を作る。そこは僕らの町だった。僕らしか入ることのできない特別な町だったのだ。


 出来上がった地図は、僕の部屋の壁にしっかりと張られた。その地図はどこまでも続いているような気がした。

 陽菜が一人の女性として意識されたのはいつだったか。
 遅くとも中学を卒業する時には僕は彼女を一人の女性として見ていた。


 彼女の髪、肩、指先。
 大人になる彼女の一つ一つが、まぶしく映った。しかし、自分の思いを告げることはできなかった。


 僕らの地図は、それぞれ違う場所に伸びている。
 未来の地図はいつも白紙だった。でも、僕らの前にある道は決して交わらない。交わってはいけない。そう思っていた。

 正樹と陽菜が付き合っていると聞いたのは、高校2年生の時だった。
 正樹からその事を告げられた。

 僕だけが、違う地図の上を歩いていたのかもしれない。一人だけ、狂った方位磁針を信じて誤った方向へ進んでいたのかもしれない。
 自分だけが、架空の町に残されていた。


 逃げるように東京を離れ、関西の大学へと進学して、コンピューター関連の勉強をした。


 夏休みに一度だけ東京に戻った。その時、一度だけ陽菜に連絡をして、彼女に会った。

 彼女の指のリングが静かに光っていた。

  僕は、君が好きだった、そして、今も君を好いている。
 君は僕を、どう思っていたのか。聞きたかった。しかし、言葉は胸の奥に引っかかって出てこなかった。

「あなたは、いつも遠い所見ているよね」
 陽菜はそう言った。遠い、所?

「なんだろう。いつも人と違うところを見ていて、着眼点とかすごくて、頭も良くて、きっとすごい人になるんだろうなって」
 買いかぶりだ。僕はそう思った。

「地図作りとか、覚えている。あの時のあなたの発想力とか、未だに覚えている」
 子どもの頃の、話だ。

「私は、ずっと気になってたけどね」
 彼女の指先を見た。指輪が、先ほどよりも光を失っていたように思えた。それでも、彼女を現在の恋に縛り付けておくに十分な力を持っていた。
「そろそろ、行くよ」


 僕は足早に去った。彼女の声だけがいつまでも頭の中に残っていた。

 
 大学卒業後、僕は東京に戻ってきた。正樹は地図を作る人にはならず、社会科の教員となっていた。作るよりも、その魅力を子ども達に伝える人になりたい。そう言っていた。


「一緒に、三角点を見に行かないか」 
 ある日、正樹から連絡が来た。

  三角点は、土地の測量の際の基準になる点だ。
 社会科の授業で、三角点について触れるらしい。
「計算得意な奴が、いるといいと思って」 
 僕は了承し、彼と再会した。


「これが三角点だ。三点で、距離を測る。昔からそうやっていたっていうんだからすごいよな」
 レインボーブリッジが見える。お台場、三番台場の三角点へとやってきた。地面から顔を出す小柄な石碑がなんだか間抜けに映った。
 三点で、距離を測る。

 なるほど、僕はどうやら距離を測り損ねたらしい。間抜けなのは、三角点ではなく、自分の方だった。

「今度、陽菜と結婚することなった」
と正樹は言った。

 彼女の指を思い出した。あの指を、婚約指輪が包む。
「そうか。おめでとう」 
 僕はそう言った。正樹の顔を見なかった。僕はずっと地面にある三角点を見つめていた。
「それで、友人代表の挨拶をしてほしいんだ。どちらかというと三角点の、計算とか、それはどうでもいいんだ。このことを、頼みたかったんだ」
 レインボーブリッジを改めて見上げた。

 新しい地図を作らないといけない。
 僕はそう思った。
「もちろん、任せてくれ」
 力強く言った。ありがとう、と正樹が嬉しそうに言った。


 僕は家に着くと壁に掛かった「架空の町の地図」を見た。母が、幼い頃に作った地図の一つを額に入れて保存していたのだ。
 『3人の家』
  地図の中央には、そう書いてあった。
  3人の家。
 
  僕はこの町を出なければいけない。もう戻ることはできない。
 僕は、地図を額から取り出し、思い切り地図を引き裂いた。
 
  二つになった地図が、地面に落ちた。 



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