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小説 月子と竜

 月子の元に翼竜がやってきた。翼竜は無言で月子に寄り添った。彼女には不思議な力がある。どんな動物も彼女になつくのだ。


「驚いたね。翼竜がなつくなんて。基本的には村の人間にしかなつかないんだ」
 ユウリが言った。ユウリはゆっくりと翼竜の羽を撫でた。翼竜はじゃれる猫のようにクウと小さく声を出した。
 月子は翼竜の目を見た。翼竜の緑色の瞳に月子は吸い込まれるように見入った。その固い皮膚も月子にはどこか懐かしく思えた。


 空を見上げれば、いくつもの竜が空を舞っていた。


「彼らはみんな竜使いなんだ。この村の子どもたちは幼い頃から竜の扱いを学ぶ。それが伝統なんだ。一流の竜使いになれば王族に仕えることもできる」
「王族」
 月子は、レンの事を思い出した。レンは元気にしているだろうか。褐色の彼の髪の毛を思い出した。王族というほど華やかな印象はない。やんちゃな男の子といったイメージだ。でも、彼は王の子どもで、次期にこの国と統治する王様になる。


「王族に仕えるってのは僕らの夢だ。それでみんなここで腕を磨いている。みんな、トムルのような英雄になりたがっているのさ」
「トムルって?」
「ほら、昨日あんたを森で助けただろ」
「ああ」
 月子は昨夜の森での出来事を思い出していた。ライオンのような動物に襲われたのだ。東京にはもちろん、日本のどこにもいない。この世界にしかいない動物だ。一瞬の出来事で、記憶は曖昧だが。確かに、男の人に助けてもらったような気がする。


「繁殖期の、ドーブルライオンの巣に近づくのはまったく勇気があるというか、愚かというか。どうしてあんなところにいたのかはわからないけれども、とにかく、俺とトムルがいたから助かったよ」
 
 あの時、私は、どうしてあそこに?
 思い出そうとしても記憶は曖昧だった。何かが胸の奥に引っかかる。
 夕闇が迫ってきていた。翼竜たちが村に帰ってくる。
 空の果ては紫に染まっていた。それは見たこともないような美しい世界だった。

「空、綺麗」
 月子は思わず言った。ユウリは不思議な顔をしながら月子を見た。
「空が? そうかい。面白いこと言うね。毎日見ているから、そんな風には思わないかな。いつも綺麗ってわけじゃないしな。たまに、空は僕らに歯向かう。天候には勝てないさ。どんな一流の竜使いでもね」

 月子は空の果てをじっと見ていた。それは翼竜の瞳と同じような、吸い込まれそうな魅力があった。
「さ、みんな帰ってくる。役場に戻ろう」
 ユウリは言った。
 月子は小さく頷いた。月子は紫に燃ゆる空の果ての景色をしっかりと脳裏に焼き付けて、その場を離れた。


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