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土着怪談 第二十一話「鬼火」



はじめに

読者の方々は、「人魂」を見たことがあるだろうか。
別名鬼火とも呼ばれ、夜の墓場に行くと火の玉が浮いていて、死人の霊魂が浮き彷徨っていると語られる代物である。

昨今では、「ゲゲゲの鬼太郎」のアニメ第6期や「妖怪ウォッチ」など、妖怪をモチーフにしたメディア作品も多く見られ、作品を通して知った人も多いと聞く。

また鬼火に類似する事例としては、「狐火」があげられる。
こちらも夜分に怪火を見かけたという事例であるが、この狐火は一列に火が消えたりついたりすると言われ、その正体は狐の結婚式と信じられていた。

狐火で特に有名なのは、安政4年(1857)に浮世絵の重鎮、歌川広重によって製作された名所江戸百景の「王子装束ゑの木大晦日の狐火」であろう。
下図を見てわかる通り、たくさんの狐が火をつけて一同に会している。
これは、関東中の狐が、稲荷神の使いとしてこの榎(エノキ)の元で装束を改めてから王子稲荷に参拝していたため、この木が装束榎と呼ばれる所以になったシーンを描いている。
当時、この周辺の農民はこの狐火によって田畑の吉凶を占ったといわれる。

国立国会図書館 NDLイメージバンク より

残念ながら榎は既に消失してしまっているが、榎のあったそばに「装束稲荷神社」として稲荷神社が現存する。また由来が詳しく書かれている石碑もある。
京浜東北線王子駅より徒歩3分程度なので、興味のある方はぜひ足を運んでみてはいかがだろうか。

さて、今回はそんな「鬼火」に関わる話である。
こちらも南東北の山間部にある集落で聞き取り調査をしていた際に、たまたま話に上がった。
昭和30年当時、その集落はまだ土葬が一般的だった時の話である。

鬼火

南東北の山間集落でリンゴ農家を営んでいる幸代(サチヨ)さん(昭和21年生まれ)から聞いた話である。
サチヨさんが小学校に上がったころ、自身の祖母シヅさんが亡くなった。
盆前の、夏の暑い日の事だった。

サチヨさんは祖母に可愛がられていたので、大層悲しんだ。
しかし夏ということもあり、葬式は近所の人たちによって早々と行われ、御遺体が傷まないうちに、棺に入れられ、墓の土を被せられた。
あまりに早い別れに、サチヨさんは気持ちの整理がつかず、茫然としていたという。

祖母が埋葬された日の夜、サチヨさんは悲しみに打ちひしがれていた事もあり、なかなか寝付けなかった。
居てもたってもいられず、父母が眠るのを見計らって、部屋の窓から外に出た。
草履をはいたまま、田んぼのあぜ道をひたすら歩いていく。
昼間の蒸し暑さとは一変、ひんやりとした風が山から吹いてきて気持ちのいい夜だった。
星空の下、田んぼから聞こえる無数のカエルの鳴き声が山にこだまする。
空に広がる無数の星を追いかけるように、田んぼ道をひたすら歩いた。

星を見ながら歩いているうちに、集落の墓場の近くまで来ていた。
普段であれば夜の墓場など恐ろしくて絶対近づかないが、満月の今夜は、月の光で外は思いのほか明るく、そこまで怖さを感じなかった。

むしろ、幽霊であっても祖母であれば墓場に会いに行きたい。

今のサチヨさんの気持ちはそのぐらい淋しさで満ちていた。
田んぼ脇の水路を見やると、暗闇にうっすらと緑色の小さな光が点在している。
その光は点滅しながら、ふわふわと浮いていた。
暗闇の中で緑色の小さな光が尾を引きながら宙を舞っている光景を見て、傷心のサチヨさんも思わずうっとりした。

昔の田んぼ脇にある水路は、今のようにコンクリートで舗装された用水路ではなく、手掘りで掘ったような人の足が一つ分はいるぐらいの小さな水路だった。
今も山間部の集落に伺うと見かけるときがあるが、当時は水もきれいだったので、水路にはホタルが集まっていた。
カエルの合唱を聞きながら、暗闇に現れる蛍を見つめていたサチヨさんは、祖母に教わったホタルの歌を口ずさんでいた。

ほぅ、ほぅ、ほぅたる来い。あっちの水は辛いぞ。こっちの水は甘いぞ。ほぅ、ほぅ、ほぅたる来い。

祖母と手を取り合いながら、長く続く夜のあぜ道を、二人で歩いた事を思い出し、思わず目頭が熱くなった。

涙がこぼれないよう、目線を上に上げると、田んぼの奥に見える墓場からもホタルと思わしき光がふわふわと浮かんでいた。
墓場にもきれいな水場があったのか(※)。
サチコさんは不思議に思った。

※ホタルが激減した理由にいては、水辺環境の変化と言われている。
かつて日本の原風景であったホタルも、今や都道府県によっては絶滅危惧種である。
当時は、田んぼに流れる水もきれいでコンクリートの用水路もなかったことから水が綺麗なところではあちこちでホタルが見られた。

目を細めて、田んぼの方を見やる。
涙でにじむ目をこすり、じっと墓場の方を見据えた。

否、ホタルの光ではなかった。
色は緑ではなく、青白く光るソレは、15~20近くフワフワと墓場の周りに浮いていた。
ホタルの光が豆粒程度であったのに対し、墓場でフワフワと浮いているそれは、大人のこぶしほどの大きさがあった。

サチヨさんは祖母の言っていた、「ヒトダマ」の話を思い出した。

「墓場に棺桶入れた日には、ヒトダマ出っからな。

頭の中で、祖母の声が再生される。
全身の血の気がサァと引いたサチコさんは、そのまま家まで駆け足で逃げ帰った。


後日談

後日、その話を祖父に話すと

「んだ、それはヒトダマだべな。よぐ夏の雨上がりの夜とかにはヒトダマ出んだ。」

と腕を組みながら話した。
続けてサチコに笑いながら

「ばんちゃ(祖母シヅのこと。)が、サチコのこど、めんこくて(かわいくて)しょうがねかったから、顔見さ来たのかも、しんになあ(知れないな)。」

と語ったという。

今日、鬼火と言われる正体は、空中に生じたプラズマや死体から発生するガスが誘発する発火(リン化水素)、見間違えなどと言われている。

その日、サチヨさんが見た鬼火は、上記のいずれだったかもしれないし、違うかもしれない。

ただ、愛する祖母を失い悲しみに打ちひしがれていたサチヨさんの目の前に現れたのは偶然にしては、いささか出来すぎている気もする。

めんこい(可愛い)孫に、もう一度だけ会いたい。
大好きだった祖母にもう一度、会いたい。

両者の強い想いが実った、哀しくも不思議な一夜として考えてしまうのは、私だけだろうか。


(2,562文字)

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