土着怪談 第二話「夏のワンマン電車」
はじめに
私は中学を卒業すると、隣町の高校に進学することになった。隣町までは、終電が10時には無くなる田舎のワンマン列車に揺られて通う。朝6時には家を出て、学生でごった返す列車に身を委ねながら1時間少々の山路を往く。
3年間世話になった鉄道ではあるが、そこでもいくつか不思議な体験をし、また友人から聞いた話もあるのでご紹介しよう。
読み切り時間:5分少々
夏のワンマン電車
私が高校2年生の時の話。
じっとりと肌に暑さがまとわりつく、夏のある日だった。
当時剣道部に所属していた私は、部活を終えてから部活仲間と近くのラーメン屋で夕飯を食べていたため、帰路に着くのは8時半を回っていた。
仲間とラーメン屋で別れ、そこから自転車で15分。
電車を待つ駅は駅舎こそ大きけれ、人がいない寂しい場所だった。
1時間に一本しか電車が来ないのでホーム待合室でスマホをいじりながら電車を待つ。
30分もすると、一両しかないディーゼル車が汽笛を挙げてホームに入ってきた。
夜も更けて、とっくに学生は帰路についており、車内は閑散としていた。
押しボタン式の扉が閉まると、笛の音が淋しいホームに木霊し、列車は発車した。
この駅から私の家の最寄りまでは約1時間。
クーラーがよく効いた車内のボックス席に足を上げながら、ふと窓の外に目をやる。
夏の夜とはいえ9時を回った頃にはすっかり更けていた。
暗がりにうっすらと浮かぶ見慣れた田園風景を横目に、部活の疲れが押し寄せた私はそっと目を閉じた。
いつもならすぐに寝付けるはずが、今日はどうも寝付きが悪い。
そうこうしているうちにまた1人、また1人と途中駅で降りていく。
体の向きを変えてみるもののすっかり目が覚めてしまっている私はしょうがなく体を起こし窓の外をぼうと見やった。
この電車は都会に住んでいる方からしたら信じ難いかもしれないが、森の中や崖の上、鉄橋の上を忙しなく走る列車で休日の昼間などは多くの観光客でごった返す。
特に紅葉の季節などはトロッコ列車などが走り窓の外から目と鼻の先に色づいた木々が迫ってくる。
今の車内にはそんな賑やかさがあるはずもなく1人、また1人と降りて行った。やがてトンネルに入ると窓の外の景色はさらに漆黒さを増し、途端に私の顔が反射して鮮明に映る。
我ながら疲れが前面に出ている情けない顔である。
ふと目を凝らすと、窓に反射する私の後ろが気になった。
漆黒の窓には、車内の照明が反射して私の真横のボックス席が映る。
首を垂れて猫背のように項垂れた中年男性が1人、向こうの窓側に顔を向けて座っている。
窓枠のところには銀色のビール缶が置かれており、その男の服は裾や肩の部分がほつれ、土色に濁った色をしていた。
その男はやがて私の窓越しの視線に気づいたのか、ゆっくりとこっちに顔を向けようとする。
じろじろと見ていることがばれたか…。
バツが悪くなった私は、反射した窓越しに男の様子をうかがっていたことを悟られないように目線を落とした。
10秒ぐらいこちらへの視線が続いていたと思う。
無事気づかれなかったようで、男の視線が感じられなくなった。
胸を撫で下ろし顔をあげる。
再び列車の席に体を沿わせて背伸びをすると、ふと嫌な考えが私の頭をよぎった。
「いや待て、向かい側の席は…。」
瞬時に横の席へ振り返る。
そこには誰もいなかった。
否、正確には誰も乗っていない。私が電車に乗車してから。
乗り始めてから、最初に私は真横の席に誰も座っていないことを確認し、目をつむった。
幾度か寝がえりを打っていた際も、横のボックス席には誰もいなかった。
では反射した窓越しに見えたあの男は誰だったのか。
気味が悪い。早く寝て忘れよう。
到着駅までの残り30分は寝ようと思い、必死に目をつむる。
しかし人間は、寝よう・忘れようとすればするほど目が冴え、さっきの出来事を詳細までに思い出してしまう。
無理やり寝ようとして目を閉じた私の瞼の裏に、先ほどの男の姿が鮮明に映り込んでくる。
銀色のビール缶と古びれた土茶色の服。
いや、おかしい。何かが違う。
それは畑仕事で土に汚れた服などではなかった。
図書館の本で見た、太平洋戦争時の歩兵服である。
そしてまた、ビール缶だと思っていた銀色のモノも別の何かだった。
あれは飯盒だ。
首筋から背中にかけて嫌な汗がじっとりとまとわりつく。
周りを見やると、すでにほかの乗客はおらず、車両には私一人になっていた。
おもむろに震える手でスマホを開く。
8月15日 21:40
最寄り駅までの残り時間を数えながら、ひたすらに時間が経ってくれることを一心に願って帰路についた。
(1,876文字)
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