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土着怪談 十三話「子供と幽霊」


はじめに

読み切り時間:5分少々

読者の方々は、「子供は霊感が強い」だとか「子供に見えて、大人には見えない世界がある」などの話を聞いたことはあるだろうか。

大人よりも、人生経験が少ない子供は我々とは別の見え方で世界が見えていることだろう。

振り返ってあの頃を思い出してみると、小学校の運動会や遠足などは、なんとキラキラして見えていたことか。
いざあの頃見えていた世界に戻ろうと思っても、今ではもう戻れないのが、もどかしい。

かつて日本では、子供を「7歳までは神のうち」と考えていた。
これは、「7歳になるまでは、子供は神様のものである」という考え方である。

なぜこのような諺が生まれたのか…?

この理由は明確である。
現代社会に比べて、戦前までは医療技術が未発達であったり、不十分な予防衛生の環境下では、免疫力のない幼い子供が命を落とすことも珍しいことではなかった。

今は可愛い我が子に和装を着せて、家族みんなで写真を撮るのが主流の七五三も、元は3つ歳を取るごとに、我が子の健康と成長を願い神社へ赴く神事であった。

このような背景もあり、子供は生よりも死に近い、やや不安定な存在として考えられることもあった。
昔話や伝説などの記載に見られる通り、時として神隠しなどの不思議な現象に出くわしたり、幽霊に育てられたりするなどのストーリーも存在する。(子育て幽霊、飴を買う幽霊)

現在においては医学技術の著しい進歩や各種インフラ整備の発展により、我が国では幼い子供が命を落とすという事は大分に減った。

一方で子供が不思議な体験をしたり、見たりすることは変わらず未だにあるらしい。

私自身、土着怪談 第三話「公園の池で出会った不思議な魚」にある通り、小学生の夏に不思議な体験をしたことがある。

ふと気になって、周りの友人に小さい頃不思議な経験をしたことがあるか聞いてみた。
すると思いの外、話が集まった。

本人は覚えていないものの、親や親戚などから伝え聞いた話だという。
そんな子供にまつわる不思議な話をご紹介しよう。

子供と幽霊



私の旧知の仲である幼馴染、栗原(仮名)が体験した話である。
栗原は中学時代、私と同じ剣道部に所属していて、幼い頃から剣道道場に通う熱心な少年であった。

彼は3歳から道場に通っていて、とにかく家に帰ると竹刀を振り回しては家を駆け回る剣道大好きな少年であったと言う。

そんな栗原が5歳になった年のこと。
初夏も過ぎた頃、不思議な行動を取るようになっていく。

いつも通り、畳の間が広がる家の広間で竹刀を振りかざしていた栗原少年だった。
たまたま通りかかった母が微笑ましくその様子を見守る。

最初は、久々に我が子の楽しそうな姿を見て、顔を綻ばせていた母だったが、その様子を見つめていると何か違和感があることに気づいた。

栗原少年は相変わらず自分より少し目線を上げて、ケラケラと笑いながら竹刀を振りかざしている。

しかし時折り、竹刀を振るのをやめて目線を上げたまま熱心に一点を見つめたり、竹刀を振り被りながら何かを追いかけているような素振りもあった。

もちろんその視線の先に虫が飛んでいたり、何か栗原少年が夢中になるような玩具なども見当たらない。
不思議に思ったものの当時子供たちで流行っていたいわゆる「ごっこ遊び」の一種だろうと考えて、母は特段気にも留めなかった。

そうして徐々に栗原のおかしな「ごっこ遊び」を、
見かけることが多くなっていったが、栗原少年の母は家のことが忙しかったということもあり、そのまま放置していた。

しかし、初夏も過ぎて夏の暑さが照りつけるある日、事件は起きた。

その日は親戚一同が家に来るため朝から忙しく、少年の母も慌ただしく家の中を駆け巡っていた。
台所で、大広間に出すもてなしの料理を祖母とこしらえていると、居間からワッと栗原少年の泣き声がした。

何事かと慌てて居間に駆けつけると、栗原少年は竹刀を片手に泣きじゃくった顔を手で押し上げながら息を引きつけて泣いていた。

泣き方が尋常ではないと感じた母は、とりあえずなだめるために声をかけた。

「なじょしただよ(どうしたの)、〇〇(栗原の名前)?なんかあったのがよ?」

背中をさすりながら、栗原少年の身体を見るが特に目立った外傷はない。

とりあえず我が子が落ち着くのを待って、ゆっくり話を聞くことにした。

数分後、栗原少年が息をひきつりながら少しずつ話し始める。

「じいちゃんが、いなくなっちまうって言ってた。じいちゃんが…」

栗原少年の祖父なら、先ほど親戚を迎えに行くために車で出かけたはずである。

祖父が車で出かけるのを見て、いなくなると勘違いしたのか…。
そう思った思った母は優しく声をかけた。

「〇〇、ちがあよ、じいちゃんはいなくなったんじゃねくて、親戚のみんなんどこ、迎えさ行っただけだよ。」

しかし少年は思わぬ返事をした。

「違うだ、そのじいちゃんじゃねくて、おれに剣道教えててくれたじいちゃんいなくなっちまう。」

彼の家には彼の祖父、そして曽祖父が住んでいるが、2人とも剣道などやったこともない。
そして近所にも剣道をやっている・教えられる爺さんなどいない。
少し変に思った母は彼に聞いてみた。

「〇〇、そのいなぐなっちまうじいちゃんは今どこさいんだ?」

すると少年は俯いていた顔をグッと上げて、母の背後を指さした。

「ここにいるよ、剣道教えてくれるじいちゃん」

少年の顔を見ると、母の背後の一点を、まるでそこに誰かいるかのようにじっと見据えていた。
途端に背筋がスゥと冷たくなった母は、すぐに我が子を抱きかかえて、居間を後にした。

その後、不気味に感じた母はその日息子に「竹刀を持たないよう」言いつけた。
そして今日一日は、息子となるべく離れないよう、できるだけ自分の目の届く範囲に置くようにした。

やがて祖父が足の悪い親戚を車に乗せて、家に連れてきた。
親戚も続々集まり出して、家の中は賑やかになっていった。
午前10時を回る頃、父が寺から僧侶を連れてきて、仏壇の前で法要が始まった。

今日は曽祖父の父、安彦の3回忌であった。

一同が大広間にある仏壇の前に座布団を敷き、粛々と式が行われる。
やかましく蝉が鳴く外の様子とは裏腹に、室内ではクーラーの効いたひんやりとした空気の中、読経の声だけがこだましていた。
焼香も済んで、式も終わりに近づく頃に、突然母の傍にいた栗原少年が立ち上がった。

母が声をかけるより前に、少年は振り返って大きな声を上げた。

「じいちゃん、ばいばーい!」

満面の笑みで手を振る少年を見て、母は凍りついた。

そんな母を尻目に、曽祖父がぽつりと言った。
「〇〇には、父ちゃんが見えてんのかもしんになあ(知れないなあ)。」

徐々にその話が広がり始めると、親戚の中には後ろを向いて手を振り始める者や、生前の安彦を思い出して涙ぐむ者も出始めた。

僧侶が読経を続ける中、母は声をひそめながらも意を決して我が子に尋ねてみた。「〇〇、剣道教えてくっちゃ(教えてくれた)じいちゃんって、どんな人だ?」

すると少年はあたりをキョロキョロと見渡したのち、仏壇の上に飾られている遺影を指さして言った。

「あのじいちゃん!」

その遺影は、まさしく今法要が行われている曽祖父の父、安彦の遺影だった。

法要が終わった後、僧侶を交えて宴会が始まると母は曽祖父の元に行き、尋ねた。

「じいちゃん、安彦さんは剣道やってたがよ?」

すると酒の入った曽祖父は饒舌に語り始めた。

んだ、安彦は剣道の達人だった。んだげども俺さ厳しく教えだがら、俺は剣道嫌いになって〇〇(祖父の名前)にもやらせねようにしただ。」

つまり、曽祖父も幼い頃は安彦爺さんに剣道を教わったものの、剣道の達人であった安彦はあまりにも厳しかったためにすぐに辞めてしまったのだという。

ああ、そういうことか。

栗原少年の母は納得した。

死んでもなお、剣道の楽しさを伝えられなかったが故に戻ってきて、曽祖父とよく似ているという栗原少年に今度は楽しく、分かりやすく教えた事で満足して帰っていったのかと。

楽しく教われたからこそ、栗原少年も別れを名残惜しんだし、約1週間居間にいてはずっと笑いながら剣道の練習を続けていたのだろう。

そう納得すると、少年の母は振り返り、空に向かって手を合わせた。

「〇〇に剣道の楽しさを教えてくっち、ありがとなし。」

それから栗原少年は、ますます剣道に熱が入り、高校まで剣道を続けて筆者と切磋琢磨し合った。

(3,407文字)

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