見出し画像

土着怪談 第十一話「オオカミの話」

はじめに



かつて日本に生息していたニホンオオカミを、読者の方々はご存知だろうか。

明治年間に絶滅したとされるオオカミだが、果たして本当に絶滅したのだろうか。
かつて明治以前、人間とオオカミは時に助け合い、時に対立しながら共生してきた。

オオカミについての伝説で、全国各地に伝わっている逸話では「送り狼」がある。

夜の帰り道、細い一本道を歩いていると、ふと誰かが後をついてくる。
後ろを振り返ると、オオカミがいて家まで後をついてくる。
その道中、一度も転ばずに帰って来れたら、オオカミはその道中、他の熊や猪などの猛獣から身を守ってくれるという。
一方、道中で転んでしまうとオオカミに襲われてしまうという。

なんとも恐ろしい話ではあるが、これもオオカミが害獣を追い払ってくれる益獣としての一面と、何かしらの病気を持っていたり理不尽に襲う害獣としての一面を兼ね備えていた事を暗に示すいい例と言えるだろう。

一時期、ニホンオオカミへの興味が湧いて少し調査していた時期があったが、ニホンオオカミは現在まで真偽は不明であるが目撃情報がある。
有名なのは1996年10月秩父山中で撮影されたとされる野犬の写真である。
たしかに一般的なペット用のイヌとは違うような気もする。

また遠藤公男氏が2018年に書き上げた著書「ニホンオオカミの最後」(ヤマケイ文庫)は、主に北東北での綿密な調査による、ニホンオオカミに関する言い伝えや祭り、そして狼酒なる不思議なオオカミにまつわる民俗をまとめ上げた最近のオオカミ研究書の金字塔と言っても過言ではない。
興味のある方にはぜひ購読をお勧めする。

さて、著者も数こそ少ないけれ、数々の調査の中でオオカミの話をたまたま聞く機会があった。
今回はそんなオオカミにまつわる話をご紹介しよう。

読み切り時間:5分少々

オオカミの話

山形県のとある山奥の集落での聞き取り調査でのこと。

筆者は山形県の庄内地方にある山奥の湖沼に伝わる伝説について調査を行っていた。

9月の残暑がまだ残る、30℃超えの暑い日だった。

その日は1週間その集落に泊まり込みで調査をしている中日、3日目に予定していた、地元の古老への聞き取り調査だった。

すでにこの集落で調査をするのは2年目だったため、去年もお世話になった宿の主人が気を遣って、すでに何人か話を聞けそうな家にアポイントを取ってくれていた。

旅館で朝食を済ませ、調査に同行していた幼馴染と二手に分かれて行動を始める。
ちなみに幼馴染は池の伝説について、当時専攻していた生物学的知見から研究を進めていたため、近くの河川へサンプルを採取しにいくという。

旅館から10分ほど歩いた距離に古老の家があるため、天気も良いからのんびり歩いて行くことにする。

人口がわずか80人超しかいないこの集落の成り立ちは、かつて源平の乱の間に流れ着いた落武者の子孫が開村したという伝説が残っている。

面白いことに、この集落の人々の方言は下流域に住まう人々の方言とは少し違い、時たま西日本の地方で聞くような方言を話す。

また、江戸時代にこの集落を訪れた幕府や役人の回想録を見てみると、まるで桃源郷のようで、人々はみな平安とか鎌倉の時代のような古風な格好をしていて、昔の宝物や武器も沢山あった、と記載されている。
だが、平安時代は江戸時代から遡ること800年も前の話である。
当時の落武者たちが持ち込んだ宝物や武器、そして文化がそこに残されたまま、時だけがゆっくりと過ぎ去っていったのか…。

そう考えると開村伝説は、あながち間違いでもなかったのかもしれない。
(ちなみに、福島県の奥会津、檜枝岐村にも平家の落武者伝説が残っており、やはりその集落の人々が話す方言は周辺集落の方言とは異なり、西日本に近いアクセントで成り立っているという。)

そんな思いを馳せながら、田園風景と大きな川、山々が迫る雄大な景色を横目に、古老の家まで歩いて行く。

家の前まで着くと、玄関先で腰掛けながら私を待っている老人が見えて来た。

「こんにちは。〇〇池の調査でお話し伺いに来ました。」

「はいよ、中にどうぞ。」

そう言われ座敷の間に通された。
家の中は広いが、奥方に先立たれ今は1人だという。

早速、池の話になり、思いの外テンポ良く聞き取り調査が進んだ。

一通り聞き終えた後、私が出された麦茶を啜っていると、その古老は何かを思い出し、懐かしそうに遠くを見つめながら話し出した。

「んだ、バアサマに池の守り神はオオカミだって聞いた事あるがや。池に行くと、オオカミが出るから、誰も怖がって行けねえってなぁ。バアサマはよく言ってたなあ。」

思わぬところで、オオカミの出現に、私は驚いた。

「えぇっと、〇〇(古老の名前)さんのお婆さんって事は…明治か江戸生まれですかね?」

古老は続けた。

「んだがや。俺が昭和15年生だから、江戸末期とか明治だがや。」

思わぬ収穫だった。
一つはやはり調査していた池がある種禁足地として認識されていた事実があったという事。
もう一つは、この辺にオオカミがいたと思わしき新しい証言を見つけたという事である。

古老の祖母の話についてさらに考察すると、生まれは幕末か明治の可能性があるが、主に生きていたのは明治・大正であろう。

と考えると、もしかしたらこの辺には明治・はたまた大正期にはまだオオカミがうようよしていたのかもしれない。

また私が調査していた池は山の頂にあり、その周辺は国立公園の一部に指定されている。
鬱蒼と茂る原生林のどこかにオオカミがいたら…と考えると、ワクワクすると同時に毎年調査で山の頂に登っているのが怖くもなってきた。

その前後の年だったか、私の地元から東北で初めてのオオカミを供養する遺跡が発見された。発見者は私の高校時代の民俗調査の先生だった。
江戸時代に作成されたものであるという。

日本は国土に対して森林が占める割合が約6割である。
東北に関しては7割を超えている。

山深い東北のどこかに、まだニホンオオカミが残っているかもしれない。
そんな淡い期待を胸に、今年も山形県の山深くにある湖沼へ調査に赴く。

(2,447文字)

土着怪談 掲載中作品



この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?