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土着怪談 第四話「消えたこけし」
はじめに
土着怪談 第二話「夏のワンマン電車」で不思議な体験をした筆者だが、この電車にまつわる不思議な逸話は他にもある。
私の旧友Aはこんな話があると、話し始めた。
読み切り時間:5分少々
消えたこけし
Aは私の幼馴染で、私と同じように隣町の高校まで電車で通学していた。
ある冬の日の朝、降りしきる雪に思わず身震いをしながらAはホームで列車を待った。
片田舎の一路線しかない無人駅に、当然屋根などあるわけもなく、10分弱は雪の中で凍えながら電車を待つことになる。
ホームの向かい側は柿の木畑が広がり、そしてその奥には里山になっている。
すでにカキの実も落ち、木にもこんもりと雪が積もっていて、白銀の世界には音すらないように感じた。
やがてファァンとどこか気の抜けたようなディーゼル車の汽笛が聞こえ、降り頻る雪の中から黄色いライトが二つ現れた。
プシューという音とともに銀色のドアが重々しく開く。
車内は大勢の学生の熱気ですでに暖かかった。
発車ベルが車内に鳴り響き列車は少しずつ動き出す。
いつもながら変わらない雪に覆われて白く染まる田畑風景。
各駅に到着すると、学生が一人、また一人と乗ってくる。
すでに座る席もなかったAは次々と入ってくる学生の波に押され流れ、窓にピタリと張り付いた。
列車は雪の中を駆け抜けていく。
やがて次の駅に止まるとAの目に飛び込んできたのは、ホームの端にたたずむ2m近くのこけしだった。
Aはこのこけしが苦手だった。
そのこけしはその駅の近くがこけしの産地であることから、ホーム上に設置されたモニュメントのような存在だった。
人並みに押され窓ガラスにピッタリと張り付くAの目前に迫るそのこけしがいやでも目に入る。
改めて見ると、風雨にさらされ体の縞模様は剥げて、当初の色鮮やかな姿は見る影もない。
足元は木製だからか朽ちて黒ずみ、頭にはまた雪がこんもりと積もっていた。
にこりと笑っているはずの顔も、細い目尻は消えかかり、深紅の色だったはずの口元は色あせて紫色になっている。
これでは笑っているというより、まるで列車内で押しつぶされて窓に張り付く情けない自分の姿を、冷たく一瞥されているのでは…。
Aはそんな気さえした。
なによりこけしのその細い眼は、学生の波で身動きが取れないAをじっと見つめているようで居心地が悪い。
目線を落として視線をずらし、電車の発車を待つ。
ものの10秒もしないうちに、扉が閉まる音が聞こえ、発車ベルが車内に鳴り響いた。
やがて少しずつ列車は動き出し、ようやくこけしの前を通り過ぎる安堵感でほっと胸を撫で下ろした。
安堵して顔を上げて外の景色に再び目線を戻す。
窓にはまた変わらぬ白銀の田園風景が広がっている。
はずだった。
窓の外にはこけしがべったりと張り付いていた。
しかも消えかかっていたはずの目尻は再び弧を描くようにしてしっかりと黒で書かれ、口元の紫は真っ赤な赤でぬらぬらと輝いている。
なによりまぶたを現した二本の線の間にある小さな黒目が生きているモノのようにテカテカと光を宿していた。
窓に張り付いたこけしは尚もその薄笑いを浮かべながらAをじっと見ていた。
思わず「ぎゃあっ」と悲鳴を上げた。
あまりの恐ろしさに必死に目をつむる。
どのぐらい経っただろうか。
再度目を開くと窓の外には何も映っていなかった。
周りの学生が腰を抜かして窓の前でしゃがんでいるAを不思議そうにのぞき込む。
我に返ったAは恥ずかしくなり、二三度咳ばらいをして再び立ち上がった。
次は窓の方に背を向けて。
「あのこけしでそんないわくつきがあったとはなあ…。」
Aの話を聞いていた私は、すっかり冷めたコーヒーに口を付けてから言った。
私自身もそのこけしは知っている。
こけしのある駅はうっそうとした森の中にあり、日中でも薄暗いことから、殊更こけしの不気味さを増している。
そのこけしを不気味だと思っていたのは私たちだけではなかったようで、度々こけしに関するうわさのようなものも耳にすることがあった。
「終電に乗ると、あの駅でこけしが電車に乗ってくる」
だとか
「夜、あの駅のホームを覗くといつのまにかこけしが増えている」
であったりである。
まあ、ありきたりと言えばありきたりだが、たしかにそう信じたくなるのも無理はないか。
そんな昔話をしながら一人私がAに向けて笑うと、彼はまだ沈んだ面持ちでコーヒーに手を付けないでいた。
「この喫茶店のコーヒーはうまいんだ、飲んでみ?」
そう私が促すとAはカップをもって一口だけ口を付けてからテーブルにそっと置いた。
どうも様子がおかしい。
「あんまり思い出したぐながったがよ?ごめんな。」
そう謝る私を前に彼は首を横に振った。
「いや、この話をしたいっていったのは俺の方だし、それはいいんだけども、、。」
「そういえば、この話を聞くの初めてだげども、なんで今更話してくれんの?」
すでにAがこの不思議な体験をしてから5年は経過している。
私がそういった途端、Aは沈んでいた顔をはっと上げて私の方を見た。
「最近、また変なことが起こり始めてんだよな…。」
そうぽつりと呟き、手元のコーヒーをぐいと飲み干したAはじっと私の方を見つめた。
驚く私を差し置いて、Aは詰まっていたものを吐き出すように再び話し始めた。
続く。
(2,140文字)
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