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土着怪談 第七話「土葬」(上)




はじめに

読者の方々は、間近で土葬を見たことがあるだろうか。
現在日本における土葬はほぼないに等しい。
海外では一部、土葬の文化が今も見られる地域もあるので、もしかしたら海外でそういった光景を目にした事がある方もいるかもしれない。

少し話を広げると、日本の葬式はこの100年で大きく変わっている。
家族形態や親戚・近隣付き合いの変化に伴う斎場の登場や、葬儀の簡素化・多様化が見られる。
また、服装も現在は黒スーツが一般的だが、これは明治以降に入ってきた西欧諸国の文化がルーツで、一般大衆の間では昭和初期まで白い喪服が着られていた。

また、東北の一部の地域では、今も葬儀の際には「(かみしも、遠山の金さんが来ているような、尖ったお侍の服)」を着用する習慣もある。


また、その地域ではお葬式のことを「ジャンボ」と呼び、参列者にこぶし大の大きな紅白まんじゅうを配る。
そのまんじゅうの名前も「ジャンボまんじゅう」と呼ばれ、まんじゅうが大きいのでそう呼ばれるのかと思いきや、「ジャンボ」という語源そのものは、葬儀で使われる仏具が鳴る音に由来するらしい。

少し雑談が過ぎたが、著者の地元のとある一部の集落では40年ほど前まで土葬が行われていた。

これは私の母の友人サユリさん(仮名)が体験した、土葬にまつわる不思議な話をご紹介しよう。

読み切り時間:5分少々

土葬

母(ノリコ:仮名)が中学生時代、地元の一部の集落では、まだ土葬の文化が残っていた。
ノリコの同級生だったサユリは、その集落出身で、当時は交通網が発達していなかったことや、雪の降る量が今よりも多かったことに起因し、その集落を含むアクセスの悪い集落からの学生は、中学校に隣接する寄宿舎に平日は寝泊まりし、休日家に帰る。といった生活になっていた。

中学生で既に一人暮らしに近い生活環境で暮らしていたサユリに対し、家庭環境が厳しかったノリコは憧れを抱いていた。
そんなこともあってか、同じクラスになって3ヶ月も経つ頃には、2人は親友となっていた。

12月も中旬に差し掛かり、期末テストや大規模な清掃が終わってようやく落ち着きを取り戻したいつもの学校の放課後、2人はたわいのない話をしていた。

「サユリちゃん、冬休みは〇〇(隣町)に遊びに行くべや。新しく百貨店が出来たんだってよ。」

「いいなあ、ノリちゃん(母の名前)と一緒に買い物行きっちぃなぁ(行きたいな)。」

そんな話をしながら、あと数日で訪れる冬休みに心躍らせていると、ドタドタという駆け足が廊下に響いてこちらに近づいてきた。

ガラガラガラッ

木製の教室の扉が勢いよく開かれる。
教室に残っていた2人が驚いて振り向くと、息を切らした担任のオオツカ先生が、扉に体を持たれかけ、呼吸を整えていた。
先生は顔を上げて、唾を飲むと

「サユリ、おめんどこの婆ちゃん亡くなったって、今職員室さ電話あった。今から母ちゃん迎えさ来るみてぇだから、急いで帰りの準備しっせ(しなさい)。」

と言った。
サユリの祖母は母も知っている。
サユリから聞いていたのは、礼儀や昔からの慣習に厳しく口うるさい祖母という話だが、一二回サユリの家に遊びに行った時に話した時は、口数こそ多くないが、積極的にお菓子を出してくれたり美味しい手料理を振る舞ってくれたりと、優しい人だったのは覚えている。
年はまだ60半ばだったか。
突然の出来事に母が動揺していると、サユリは

「分かりました、準備して外さ出てます。」

と声を震わせながら答えた。

オオツカ先生が職員室へ戻ると、そそくさと帰りの準備を始めるサユリを前に、ノリコはどう声をかけて良いか分からなかった。

戸惑いを隠せていなかった母に気づいたサユリは、わざとらしく気丈に振る舞い

「だいじょぶ、だいじょぶだ。前からばんちゃ(婆ちゃん)危ねえって医者の先生さ、言わっちたから(言われてたから)。そろそろくっぺな(来るだろうな)と思ってたの。うるせばんちゃだったけど、いなくなっとちょっとは寂しなぁ…。」

そう笑うと、最後の教科書を鞄にしまい、

「というわけで、ノリちゃん。ごめんね。今日は先かえっから、また電話で話すべや。」

教室の扉を後に小走りで廊下を走っていくサユリの後ろ姿を見送ったノリコは、少し悲しい気持ちになった。

その後、通夜や葬儀の段取りの関係で、サユリは1週間ほど学校を休んだ。
1週間も経つと冬休みが始まり、遂にサユリと再会を果たすのは新年明けになってしまいそうだった。
電話していいよとは言われたものの、実の祖母の葬儀真っ只中な手前、サユリへ電話をかけるのも躊躇われた母は、サユリから電話が来たら出ようと決め、冬休み中に自分から電話をかけるのは控えた。

そうこうしているうちに、大晦日・三が日を過ぎて、冬休み明けの新学期初登校日になってしまった。

自分の家も大晦日や三が日は親戚が大勢押し寄せてくるため、お茶出しや挨拶に駆り出されているうち、サユリと冬休みに新装開店した百貨店へ出かける話もすっかり忘れてしまっていた。

初登校日、雪が降りしきり、60センチほど積もった雪を横目に、除雪された学校までの道を歩いていると、ちょうど学校下のバス停場から降車するサユリを見つけた。

あ、百貨店…!

約束の予定をすっかり忘れていたので、休み明けにまた買い物に行く予定を立てるべく、サユリの元へ走った。

「サユリちゃん、明けましておめでとう。」

本来は、身内に不幸があった場合は祝い言葉は避けるべきなのだが、そこは中学生。
互いに明けましておめでとうと挨拶を交わし、学校への道を急いだ。

サユリに配慮し、道中はなるべく葬儀の話を避けるように百貨店の予定や年末の紅白歌合戦の話題を積極的に振った。

サユリも「うんうん」と相槌を打ち、時折り笑顔を見せるもののどこか、ぎこちない。

やはりまだ祖母が亡くなったことへのショックが大きいのか。

そう感じたノリコは、やはりできるだけ明るい話をしようと、いつも以上に口数を増やし、サユリを元気づけようと躍起になった。

新年初の授業は、ほとんど事務的な手続きが多く、教員も休み明けで元気が出ないことから、自習時間になる方が多かった。

あっという間に17時を回り、いつも通り放課後の教室で時間を潰す。

サユリは今日からまた、寄宿舎生活だという。

冬は陽が落ちるのも早く、徐々に教室が赤焼けに染まる。

暗くなる前に帰るか。

適当なところで話を切り上げ、席を立とうとすると、その日初めてサユリが自ら話し始めた。

「ノリちゃん、あのね。実はどうしても話したいことがあんだ。聞いてくれっかよ(聞いてくれる)…?」

改まってノリコの方をじっと見つめるサユリに驚きつつも、席に座り直してサユリを見つめ直す。

「サユリちゃん、どうしたの?そんないきなり畏まって。びっくりしたべや。なに、話してみっせ(話してごらん)。」

そういうと、サユリはぽつり、ぽつりと話し出した。

続く。

(2,806文字)

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