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土着怪談 第七話「土葬」(下)


はじめに

今から30年ほど前、著者の母(ノリコ:仮名)が中学生だった頃には、まだ地元の一部の集落で土葬の文化が残っていた。
ノリコの友人サユリは、その山奥の集落の出身で、2人の共通点も相まって同じクラスになってからは、すぐに仲良くなる。

冬休み前、サユリとノリコは隣町に新装開店した百貨店へ遊びにいくことを約束していたものの、突如サユリの祖母が不幸に見舞われ、葬儀の手伝いなどで遂に冬休み中の百貨店訪問は叶わない事となった。

休み明け、久々にサユリと再会を果たすが、どこか様子がおかしい。

新年初めての登校日の放課後、西陽で赤く染まる教室で、帰ろうとしたノリコを呼び止め、サユリは遂にその重い口を開いた。

詳しくは、下記の土着怪談 第七話「土葬」(上)より。

読み切り時間:15分少々

土葬(下)

「ノリちゃん、私の話、ちょこっとだけ聞いてくれっかよ(聞いてくれない)?」

今日初めてサユリから口を開いた事にやや驚いたが、それよりもやっと話してくれた事に対する嬉しさが勝り、立った席に再び腰掛け、肘を立てながらサユリを見つめた。

「いいよ、なんでも言って。聞くから。話してみっせ(話してみなさい)。」

ありがとう、そう前置きして、サユリは葬儀当日の話をし始めた。

サユリの集落は、麓の国道から車で20分ほど山道を登った中腹にぽつんとある。
かつては隣町との街道が通っており宿場町として栄えていたが、現在は国道ができて人通りもめっきりなくなった。
人口100人程度の小さな集落で、すれ違えば顔馴染み、冬は豪雪に見舞われるこの集落を、サユリは早く出て行きたいと心底思っていた。

祖母が亡くなり、家に帰ると既に通夜の準備が進められていた。
今では考えられないかもしれないが、昔は葬儀になると台所番や土葬の穴掘りなどの仕事や、僧侶を呼びに行ったり近隣に亡くなったことを伝え歩く「告げ人」(男性2人1組で構成され、1人ではダメ)と呼ばれる役割の人は全て近所の人や親戚が行い、家中の人がすべて段取りを行うわけではなかった。

家に帰ると、座敷には布団が敷かれて死に化粧をした祖母が横たわっていた。
枕元には仏具一式が供えられ、線香の煙がゆらゆらとゆれている。
山盛りに盛られた枕飯からは、まだ湯気が立っている。
目に涙を溜める母と一緒に線香を供え、手を合わせる。
旨に差し迫る感情をぐっとこらえ、足早に自分の部屋に戻った。

部屋の扉を閉めると同時に、サユリは部屋の中で膝から崩れ落ち、静かにむせび泣いた。

どのぐらい経っただろうか、いつの間にか泣き疲れて寝てしまったようで、窓の外は真っ暗になっていた。
扉に耳を傾けると、奥の座敷から話し声が聞こえてくる。
とぼとぼと座敷まで歩いていくと、横たわる祖母の周りに喪服を着た家族が座りながら、祖母の生前の思い出話に華を咲かせていた。
通夜であった。
母に言われるがまま喪服に着替え、サユリもその輪に加わり朝まで過ごした。
そこからは通例の流れ通り、僧侶の読経や引導渡し、会葬者の焼香参列が終わり、棺に入れられた祖母が家を出ていく。

既に近所の人たちによって大人が入るぐらいの穴が掘られており、棺がゆっくりと納められていく。
家族親族のものは、土を一握りして棺にかける。
その後は、近所の男衆がスコップを使って棺桶を埋め始める。
段々と土で隠れていく祖母の棺を前に、周囲ではすすり泣く声が聞こえ始めた。
サユリ自身もこらえきれず、声をあげて泣く。

棺が土で完全に隠れた後、その上に石をのせて、簡易的な竹でできた竹囲を設置する。
四十九日が経過したのち、墓石が置かれることになる。

その晩、親戚一同と家族は11時を回っても囲炉裏を囲んで、祖母の生前の思い出話を語っていた。


外は年末の暮れということもあり、吹雪が酷くなってきた。
サユリは赤く光る炭を見つめながら、ぼぅと周りの話を受け流すように聞いていた。
サユリの頭の中で、祖母との色々な思い出が蘇る。
食事中はいつも箸の持ち方に厳しかったこと、食べ物を残すと怒られたこと、町の習字展で金賞をとって褒められたこと、一緒に畑を耕して夏は収穫した野菜を軒下で笑いながら食べたこと。
一つ一つが、サユリにとって何気ない、しかしかけがえのない大事な思い出だと気づいた。

思い出せば出すほど、悲しい気持ちになってくる。
囲炉裏脇に体育座りで座っていた足を胸元に寄せ、顔を伏せる。
周りの声もどこか遠くに感じる。
そんな時だった。

玄関の引き戸が、吹雪でガタガタと揺れる。
元々茅葺屋根の古い家であるため、木でできた玄関の引き戸は、少し風が吹くだけでうるさい。
曇りガラスも相まって、吹雪が吹くと大げさにガタガタと揺れだす。

ただ、今日は少し違う。

顔を胸元で伏せたまま、もう少し耳を澄ませてみる。

ガタガタ…ガタガタ…ガタガタ…。

吹雪が一定の間隔で吹いているようでどんどん強くなっている。

ガタガタ…ガタガタ…ドン….ガタガタ….ドンドン….

ガタガ…ドンドン….

ドンドンドンドンドンドン!!!!

突如物凄い音で、玄関の扉が叩かれている。

木の扉が壊れるぐらいの勢いで、吹雪の扉の揺れをかき消すかのように、物凄い勢いの扉をたたく音が家中に響き渡る。

一瞬で家の中は静まり返り、親戚家族同士が顔を見合わせた。

時計を見ると既に時刻は12時を回っている。

ドンドンドンドンドンドン!!!!

尚も扉はすごい勢いで叩かれ続けている。
まるで家の中に入れろと言わんばかりに。

意を決した父親が、腰を上げて玄関に向かおうとした際、一番奥にいた祖母の妹が

ダメだ、○○!(サユリの父親の名前)出るな!!!!

と叫んだ。
続けて、

誰か、早ぐ米持ってこい!!!

と大声を張り上げた。
突き動かされたように母が台所から米を持ってきた。

よこせ、俺がやる。

と母から米を受け取ると、立ち尽くす父を押し飛ばし、玄関の扉をじっと睨んだ。

尚も、扉はものすごい勢いで叩かれ続けている。
明らかに尋常でないのは、サユリの目から見ても明らかだった。
3分以上休まず、家中にこだまするほどの勢いで扉が叩かれているのを見ると、人間の成せる技でないことは確かだと思った。
皆が茫然と固まっている中、祖母の妹ハツエ婆さんが

オドデナコー、オドデナコー、オドデナコー

と大声を張り上げながら、一心不乱に扉に向かって米を投げつけ始めた。

ドンドンドンドンドン

オドデナコー、オドデナコー、

ドンドンドン….

オドデナコー、オドデナコー、

ドンドン….。

オドデナコー、オドデナコー、

ドン……..。

音が止んだ。

ハツエ婆さんは、ふぅ…と息を切らすと玄関扉の前に残った米を全てまき散らし、こう続けた。

「朝まで、誰もエ(家)から出んな。窓も開けんでねぇぞ。いいが、わがったらあとはぁ(もうはやく)寝ろ。」

そういうと、ハツエ婆さんはふすまから布団を敷き、布団の中に入った。
ハツエ婆さんの迫力に誰も何も言えなくなり、みな囲炉裏を囲むように、ふすまから布団を取り出して寝始めた。
サユリも部屋で寝たかったが、あんな事があった後では一人で寝る方が怖いので、母と一緒に寝ることにした。
囲炉裏の火は、父と親戚筋の男衆で交代して見るらしい。
囲炉裏の揺れる火を見ながら、サユリはまどろみの中で眠りに落ちた。

ふと尿意で起きると、囲炉裏の前にはサユリの叔父が腕を組みながら目をこすり、木をくべていた。

「なんだ、便所がよ?一人でいがれっか(行けるか)?」

行けるはずもなく、首を横に振ると

「んだな、母ちゃん連れて起こして一緒に行ってもらえ。」

と言い、また囲炉裏に木をくべる。

寝てる母をゆすり起こし、トイレまでついてきてもらう。

古い家なので、トイレまでは長い廊下を歩いて離れに向かう。
さっきの扉を叩く音が耳に残っていて、恐怖心に苛まれながら母と一緒に廊下を歩く。
さっきの音の正体を聞けるはずもなく、そしておそらく母も知らないので二人無言になりながら、吹雪でガタガタとなる窓の音と隙間風、そして廊下をペタペタと歩く音だけが響く。

トイレにつくと、なるべく早く用を足すよう母に催促される。
母も足が震えていたのは、寒さのせいではなさそうだった。
和式トイレの、向かい側にある窓にだけは目線を移さぬよう慎重に、そして素早く用を足す。
無事終わり、レバーを引いて勢いよく水が流れていく。
安堵しトイレを後にしようとドアノブに手をかけた瞬間だった。

バンッ!

窓から大きな音がする。
反射的に振り向いてしまった。

すりガラスの窓越しに分かる、祖母がいた。
ただその姿は変わり果て、目を異常なまでに見開き、口は顎が外れるぐらいに大きく開いていた。
窓に張り付くように顔を摺り寄せ、白髪は逆立っている。

あ….あぁ…..。

恐ろしさのあまり声も出さずに腰を抜かすと、違和感に気づいた母がドアを開け入ってきた。

窓を見た瞬間に母も絶叫し、サユリの手を痛いほど引っ張りながら廊下を駆け抜けた。

居間に戻ると、母の絶叫でみんなが飛び起きていて、次々に母の元へ駆け寄った。

サユリはそこから記憶がぷつんと切れる。

目を覚ますと、すでに日は上り、朝になっていた。
親戚はとうに家へ帰ったようで、父と母とハツエ婆さんだけが囲炉裏の周りで何やら話していた。
サユリが目を覚ましたことに気づくと、母は駆け寄りサユリを抱きしめた。
父は頭をわしゃわしゃと撫でまわし、
「怖かったべ、ごめんな。ごめんな。」
と謝った。
ハツエ婆さんは、じっとサユリを見つめ
「サユリちゃ、心配ね(心配ない)。もう大丈夫だ。」
と続けた。

未だ恐怖心が全くぬぐえていないサユリを見抜いてか、ハツエ婆さんが付いてこいと玄関の外に出た。
3人とも長靴を履いて外へ出ると、外は晴れていて、外は昨日の吹雪で新たに積もった雪で白銀の世界になっていた。
そしてその白銀の世界に見覚えのない足跡が一つ、墓地の方へ向かって延々と続いていた。

これだ。

ハツエ婆さんはそういうと、足跡をたどって歩き始めた。

やがて墓地に着くと、その変わりように思わず3人とも息を呑んだ。
竹囲は3mほど先に飛ばされ、石はあちこちに散らばり、綺麗に整えたはずの土はまるで掘り返されたかのように円を描いて盛り上がっていた。
棺の端が土から見えているのを見て、さすがのサユリも察した。

「ばんちゃ、棺桶から出てきたのがよ…?」

ハツイ婆さんの方を向くと、ハツイ婆さんは首を横に振った。

「バンチャではねえ。死んちまーと、魂だけ体から抜けっぺや。そうすっと空っぽになった体に入って悪さすんのがいんだ。俺がややこ(子供)んどきは、大晦日にジャンボ(葬式)やんでねぇ(やるんじゃない。)って言わっちただ(言われてた)。」

つまり、ハツイ婆さんが言うには、サユリと母があの晩見たのは、祖母ではなく、祖母の体を使って悪さをした別の何かだという。

「ばんちゃ、まだそれ出んのがよ…?」

恐る恐る母が聞くと

「でね(でない)。あれが出んのは大晦日だけだがら、大晦日にジャンボやんねでいっと(やらないでいると)、だいじょぶだ。俺も初めて見たけども、死体でいたずらするだけで、なんかするわけじゃねえから、さすけね(問題ない・大丈夫だ)。」

「おっかねがったら(怖かったら)、もやしっちまぁが(燃やしてしまうか)?」

そう言って、笑うと、ハツエ婆さんは踵を返して家へ戻った。

それからの3が日の夜は、3人ともおびえて夜を過ごしたが、ハツエ婆さんの言う通り何も起きなかった。

「というのがあって、おっかね思いしたのよ。んで今日から寄宿舎また泊まっぺした(泊まるでしょ)?ほんとやんだくて(嫌で)、今日の夜もおっかね(怖い)から、ノリちゃんさ話したのよ。」

そこまで話し終えると、はあと大きなため息をついて、サユリは机に突っ伏した。
ノリコは元来、その手の話が大の苦手である。
冗談じゃない、と思いながら、聞いたことを後悔した。

時計を見ると、すでに時刻は6時を回っていた。
ノリコは6時15分のバスに乗らなければ、1時間半の雪道を暗闇の中歩いて帰る羽目になる。
そそくさと帰る準備を始めて、話を百貨店の日程調整に戻す。
百貨店の話はしているものの、さっきの話が忘れられずどこか心上の空になってしまう。
足早に二人で、頼りない管球照明の長い廊下を歩き始めたその途端

バン!

と、背後から窓の叩く音が聞こえた。


(4,968文字)

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