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消雲堂綺談

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私は怪談奇談が好きで、身近な怪異を稚拙な文章にまとめております。
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2020年6月の記事一覧

「夜の郵便配達3」清と由衣1

「夜の郵便配達3」清と由衣1

1.

吉野清は38歳。半年前に妻の由依(ゆい)を亡くしたショックから立ち直れないでいる。一人娘の美唯(みゆい)が心の拠り所で、彼女と一緒の時には穏やかでいられるが、日々勤めに出れば日常の風景に何か虚しさを感じる。

雲ひとつない青空を見上げれば涙し、夕景にはこみ上げてくる悲しみから窒息するような息苦しさを感じた。仕事の帰りに迎えに来た美唯と歩きながら星空を見上げれば、東北のひなびた温泉地で由依と

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「夜の郵便配達2」美津留と祥子3

「夜の郵便配達2」美津留と祥子3

5.

郵便配達員の女性から封筒を受け取ると、彼女の顔を見た。配達員は制帽を目深に被っているので、顔全体をはっきりと見ることはできないが、どこかで見たような顔の輪郭と雰囲気があった。

受け取った封筒の表には美津留の家の住所と美津留の名前が書かれていた。裏には、郵便配達の女性がいうとおり住所はなく「小野祥子」と名前が書かれているだけだった。それらは確かに祥子の字だった。祥子の書く字は、大きくて、字

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「夜の郵便配達2」美津留と祥子2

「夜の郵便配達2」美津留と祥子2

3.

こんな真夜中に郵便が届くはずがない。美津留は戦慄した(やっぱり強盗だわ。最近流行りの殺人鬼かもしれない)。
「あなたは郵便局の方ですか?」おそるおそる聞いてみる。
「夜の郵便配達です」女は当たり前のように答えた。
「デタラメを言わないでください。あなたは強盗でしょう?警察に電話しますよ」声が恐怖で震える。
「違いますよ。本当に手紙を届けに来ただけです。この手紙をあなたにお渡ししないと私は戻

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「夜の郵便配達2」美津留と祥子1

「夜の郵便配達2」美津留と祥子1

1.

稲尾美津留は16歳。K市の県立高校に通う高校2年生の女の子だ。彼女には親友と呼べる相手がいない。クラスメイトとは問題なく過ごしていて、それなりに買い物やカラオケにつきあったりするが、心を通わせて本音を交わすことはできなかった。

中学生の時には小野祥子(おのよしこ)という親友がいた。祥子とは小学校と中学校が同じで、偶然にもクラスも一緒だった。互いに日常の不満や心配事を言い交わして、幼いスト

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「シメ子とあつみ」

「シメ子とあつみ」

太宰治と鎌倉の腰越海岸の岩畳の上で心中自殺をはかり、ひとり死んでしまった田辺あつみ(本名シメ子)は、大正元年の12月に広島県で生まれた。7人兄姉の7番目に生まれたので「これでおしまい」という意味で「シメ子」と名付けられた。本人は、この名前が嫌で、小学校の頃から自ら「あつみ」という名前を好んで用いるようになった。

大正14年には小学校を卒業して広島高等女学校に入学した。当時は、女学校に入学できる女

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死に逝く者…母の場合「先生」

死に逝く者…母の場合「先生」

*写真は千葉市川・八幡の藪知らず

一昨年のことだ。神奈川に住む母と一緒にM町の食堂で食事をしていたら、食事を終えて会計に立った数人の中年女性たちが僕たちの席の横を通りすがりに「先生、お久しぶりです」と母の肩をポンと叩いてニヤニヤしながら声をかけてきた。母は一瞬戸惑ってから「あ」ニコニコして「あ、どうも」と言って頭を下げた。…母が先生? 母はまともに学校を出ていない人だったし、特別な技術を何も身に

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死に逝く者…母の場合「電話」

死に逝く者…母の場合「電話」

1.

今日も母は電話に出ない。呼び出し音が数回鳴ったあとに、受話器からは「ただいま留守にしています…」と虚しい声が響いてくる。当たり前だ、死んだ人間が電話に出るはずはない。だって、母はこの世にいないのだから。僕の母は、この1月に死んだのだ。

昨年の11月に治療も不可能な末期の肺がんであることがわかって「余命数ヶ月」と医師から告げられたが、気の弱い母にはそれを知らせなかった。人は自分の未来を知り

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永井荷風“断腸亭日乗”の怪談

永井荷風“断腸亭日乗”の怪談

*写真は池袋西武百貨店勤務時の同僚

永井荷風の「断腸亭日乗」に、不思議な話が書かれている。その話は太平洋戦争が間近に迫った昭和十六年六月十八日に「町の噂」と題して記されている。内容は以下のようなものだ。

芝口辺米屋の男が三、四年前に召集されて中国の戦地に行った。漢口で数人の兵士と一緒に中国人の医師の家に乱入した。医師の家には美しい娘が二人おり、医師夫婦は娘を守ろうとして壺にいれていた金銀を兵士

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聊齋志異「紅毛人(和蘭陀人)の毛氈」

聊齋志異「紅毛人(和蘭陀人)の毛氈」

大昔、中国は他国との貿易をしていなかった。

あるとき、船に乗った大勢のオランダ人が沿岸にやって来て、しばらく様子を伺っていたが、ある日、ひとりのオランダ人男性がやって来て、「毛氈1枚だけの土地をもらえれませんか? 私たちはそれで十分です」と言った。断ったが、しつこくせがむので根負けして「それだけの土地ならいいだろう」と許した。

すると男は、毛氈1枚を岸に置いた。それは小さいもので、大人2人がや

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「感染/勝海舟の変心」

「感染/勝海舟の変心」

1・群馬県伊勢崎市連取本町

1978年の夏は暑かった。

僕は稗田恭介という名前で、群馬県の伊勢崎市にある私立J大学の経済学部に通うハタチの学生だ。故郷は福島県のK市にあり、両親と妹が住んでいる。子どもの頃から勉強が嫌いなので大学なんかに入りたくはなかったが、小煩い両親から離れて自由に暮らせるという甘い考えから大学に入ることを決めた。親元を離れた一人暮らしは思った通りに気楽で楽しい。将来のことな

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