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「夜の郵便配達2」美津留と祥子3

5.

郵便配達員の女性から封筒を受け取ると、彼女の顔を見た。配達員は制帽を目深に被っているので、顔全体をはっきりと見ることはできないが、どこかで見たような顔の輪郭と雰囲気があった。

受け取った封筒の表には美津留の家の住所と美津留の名前が書かれていた。裏には、郵便配達の女性がいうとおり住所はなく「小野祥子」と名前が書かれているだけだった。それらは確かに祥子の字だった。祥子の書く字は、大きくて、字体はだいぶ前に流行った丸文字のような可愛らしい特徴があった。

「疑ってごめんなさい、手紙、ありがとうございます」
「いいえ、こんな真夜中に配達に来るんですからね…無理もありません。では、こちらに受け取りサインをお願いします」郵便配達の女性は肩にたすき掛けした鞄から手帳のようなものと、ペンを取り出して、美津留に差し出した。
美津留はそれを受け取とって、指定された場所に自分の名を書くと「これでいいですか?」と聞いた。
女性はサインを確認してから「ありがとうございます。もうひとつお願いがあります。今ここで手紙をお読みになってください」と言った。
「ここで読むんですか? 嫌ですよ、そんな無理を言わないでください」
「決まりなんです。ご承諾いただけないと封筒を開けることができません」
「そんなバカなことが…何で縁もゆかりもない人の前で友だちからの手紙を読まなきゃならないんですか」

美津留は封筒の上部を破って開けようとするが、どういうわけか封筒はびくともしない。それだけではなく封筒は美津留の手を離れて飛ぶように配達員の手に戻ってしまった。

「え、嘘っ!おねえさんは悪魔なの?」
「それを言うなら魔法使いでしょ? しょうがないですね、承諾いただけないとお渡しすることはできません」
「わかりましたよ。読みます、読みますってば…」
「それでは…今、読んでくださいね」
「はい、はい」
「はいは、1回でいいですよ」
「はい、は…」美津留の様子を見て配達員は微笑んだ。
「全然変わらないね…」
「え?」
「何でもないです。さあ、読んでくださいね」配達員は再び封筒を美津留に手渡した。続けて鞄から小さなハサミを取り出して「これで切ってください」とハサミも手渡した。
「ありがとうございます。あ、このハサミを使わないと封筒は切れないんですね」
「そうなんですよ」また、配達員の口元は微笑んだように見えた。美津留はハサミで封筒の上部を切り取るとハサミを配達員に返した。
「読みますよ、ええっと、美津留ちゃんへ…えへ、やっぱりなんか恥ずかしいなぁ」
「大丈夫ですよ、私は後ろを向いていますから」配達員は美津留偽を向けた。
その後ろ姿を見て懐かしさを感じた。

6.

「小野祥子からの手紙」

美津留ちゃんへ

美津留ちゃん、久しぶりだね、元気だった?
楽しい高校生活を送っていますか?
美津留ちゃんのことだから、きっと楽しく過ごしているだろうね。

手紙を送るって言ってたのに返事を出せなくてごめんね。
美津留ちゃんからの手紙は、最近になってまとめて読んだよ。
最近になってまとめて読んだというのは理由があるんだよ。

実はね2年前にお母さんと引越し先に向かう途中で事故にあっちゃったんだ。

踏切で立ち往生した車に私たちが乗った電車がぶつかって突然目の前が真っ暗になっちゃった。

その事故でお母さんは死んじゃって、私は意識不明のまま病院に運ばれて寝たきりになっていたらしいんだ。

その間、私はいろいろな夢を見ていたんだよ。でも、その時は夢だとは思っていなかったんだけどね。

美津留ちゃんと一緒の高校に通って、帰りにショッピングセンターのフードコートでハンバーガー食べながら勉強したり、カラオケに行ったり…ね。

美津留ちゃんと二人っきりで旅行にも行ったんだよ。私はてっきり現実のことだと思っていたんだけどね。夢だったんだね、本当に楽しかったよ。でも、2年って長いよね。私にはその時間がもったいない気がするんだ。

驚かないでね。私、昨日死んじゃったんだよ。1度も目を覚まさずに死んじゃったの。情けない。

でさ、この2年間は何だったんだと思うじゃん。2年も時間があったんだから治せよって思うでしょ? 頭にくるよね。医者は何やってんだって思うでしょ?

でもさ、死んじゃったんだからどうしようもない。あきらめて、真剣に死んじゃおうって思っても、死んじゃうってどういうことなのかわからなくてさ…。私の死んだ身体が横たわっている病室の隅でじっとしてるしかなかったの。

そのうちに病室では私の身体をふたりの看護師さんが拭いてくれてさ、そのあと担架に載せて地下にある陰気な部屋に運んでくれたの。そこは霊安室だったんだよね。私以外の死体がなかったからちょっと怖かったけど、よく考えれば私も死んでるんだからね(笑)

それに自分の死体のそばから離れられなくてさ、私もずうっと霊安室にいるしかなかったんだ。

それでね、夜になったらさ、私の前に黒服の郵便配達員が現れたんだ。


7.

夜の病院の霊安室に郵便配達が来るなんて気持ちが悪いよね。長い髪の毛の女の人でさ、幽霊かと思って、びっくりしちゃった。ドアも開けずに目の前に突然現れたんだよ。何だよ、いきなり、ふざけんなよって思うじゃん。天国とか地獄とか死んだ人が行く場所へ私を連れて行ってくれる人だとしても、郵便配達の格好しているんだよ…。変じゃん(笑)。

その郵便配達が美津留ちゃんからの手紙をまとめて持ってきてくれたんだ。でね、今すぐ読みなさいって言うんだよ。え、何で? って思うじゃん。友だちからの手紙なんだから、ゆっくり思い出に浸りながら読みたいって思うよね。でも、決まりだからって言うんだよ。イヤな奴っ…て思いながら、仕方がないから読んだんだよ。

美津留ちゃんからの手紙、嬉しかったよ。読んでいるうちに涙がいっぱい出ちゃったよ。美津留ちゃんのいろいろな表情やクセなんかが蘇ってきて、友だちっていいなぁ…って懐かしさと嬉しさがこみ上げてきて、もう息苦しくなっちゃった。幽霊なのにね(笑)。

でさ、美津留ちゃんからの手紙を全部読んだらね、郵便配達が、もう一通手紙を私に渡したんだ。驚いたよ、だって、事故で死んだお母さんからの手紙だったんだもん。それも今すぐに読めって言うから読んだんだよ。そしたら、お母さんが死ぬ直前まで私を心配して声をかけててくれてたとか、こんなことになって、ごめんねって頭を撫でてくれてたとか書いてあったんだ。

私は、お父さんといつも喧嘩ばかりしているお母さんが嫌いだったんだ。お母さんは気が強いから、おとなしいお父さんをいじめているように見えてたんだよ。で、離婚したのもお母さんが原因だろうと私が勝手に思い込んでいたんだ。でもね、手紙に書いてあったのは、ずうっと前からお父さんが浮気してて、お父さんが離婚してくれって言ってたからなんだって。お父さんが浮気した理由はなんであれ、私は浮気を許せない。悪いんはお父さんだったんだということがわかったんだ。

理由は知らないけど、お父さんは浮気相手の女の人に騙されて外国に連れていかれちゃったみたい。バカだね。でも、ちょっとかわいそう。

で、手紙の最後に、また一緒に暮らせるんだよって書いてあったんだ。お母さんも私も死んでるんだから当たり前かもしれないけどさ。天国か地獄か知らないけど、そこでまた一緒に暮らせるんだって思うと嬉しいじゃん。

お母さんからの手紙を読み終わると郵便配達の女の人が、ごめんねって言ったの。え、何であなたが謝るんですか? って聞いたら、私に抱きついて泣くのよ。
よく見たら、その郵便配達の人が、お母さんだったんだよ。もう、心臓が止まるかと思ったよ、幽霊なんだけどね(笑)。

8.

手紙を読み終えた美津留は泣いた。嗚咽で身体が震えた。

「祥子ちゃん、死んじゃったんだ…」

すると、手に持っていた祥子からの手紙が、みるみるうちに煙のようになって消えていく。

「あ!」慌てたが、手の中の手紙は、もうなくなっていた。

「手紙は読み終えた時に大丈夫ですよ。手紙はなくなっても祥子さんからの手紙はあなたの心の中に刻み込まれるはずですから」

「でも、たまに読み返すこともあるじゃないですか? 」

「手紙は互いの心を伝える手段です。心はモノではありませんからね…。あなたと祥子さんと、ふたりきりの記憶が残ればいいんですからね…手紙が残れば、あなた以外の誰かの目に触れてしまう。それは意味がないことですから…」

「でも…」美津留は諦めきれない。

玄関のドアの周辺の空気が変わった。

すると、郵便配達は「美津留ちゃん…」と言いながら制帽を取った。懐かしい顔が見えた。祥子だった。

最終回.

「祥子ちゃん!」涙が溢れた。美津留は勢いよく祥子に抱きついたが、彼女の身体をすり抜けて前のめりに倒れそうになった。振り返ると祥子は美津留を見て微笑んでいた。

「危ない、危ない、相変わらず慌て者ね、私は幽霊なんだからね。空気みたいなもんだよ」

「幽霊って…足もあるじゃない。本当に幽霊なの?」

「そうだよ、ほら」祥子は幽霊なのに足があるという美津留の言葉に反応して、ぴょんぴょんと飛び跳ねて見せたが、美津留の目にはフワフワと上下に揺らめいているように見えた。

「わ、やっぱり幽霊だ…」

「そうだよぅ〜恨めしやぁ〜ヒュ〜ドロドロ…」祥子は幽霊のように両手首を胸の前でゆらゆらさせながら空中を浮遊して見せた。その姿は、恐怖というよりも可愛らしく滑稽に見えた。

「ヒャッハハハ!」不幸な幽霊なのを忘れてふざけている祥子を見て美津留は、お腹の底から笑った。それを見た郵便配達…いや、祥子もつられて笑った。大笑いしたあとに、美津留は、祥子が死んでいることを思い出して、また涙が溢れて、しばらく言葉が出なくなった。

短い沈黙のあとにやっと祥子が口を開いた。「美津留ちゃん、手紙、ありがとう。それに返事を出せなくてごめんね」

「しょうがないよ、私こそ祥子ちゃんの事故のこと知らなくてごめんね」祥子の母が死に、祥子が意識不明の状態になってしまうほどの列車事故ならば、テレビやインターネットでも大々的に報じられただろうが、それにまったく興味を示さなかった自分を恥じた。

それから美津留と祥子は時間を忘れて話をした。美津留は、現在の面白くない高校生活のことを話した。

「祥子ちゃんと高校も一緒だったら楽しかったろうな…」
すると祥子は真顔で美津留を見て「生きているんだからいいじゃん。この先にきっと楽しいことが待っているよ」と言って寂しそうに微笑んだ。

「あ…祥子ちゃん、ごめんね」
「気を使わなくていいんだよ、私は全然気にしていないから…。でもね、美津留ちゃんは美津留ちゃんらしく生きれはいいんだよ。格好つけて自分をよく見せようなんて思わずに素直に生きるの…。そうすれば新しい親友ができるはずだよ」

「そうかな」
「そうだよ。素直に生きるというのは勇気がいることだと思うけど、少なくとも私は、美津留ちゃんに素直に接していたし、美津留ちゃんだってそうだったでしょ?」
「うん」
「だから私たちは親友だったはずだよ」

「祥子ちゃん、ほんとに死んじゃったの?」幽霊ではあるが、2年前と変わらない目の前の祥子を見て、心底そう思った。

「そうだよ」
「もう会えないの…」
「そうだね」
「寂しい…」
「ありがとう。」

「そうだよね」

「さて、そろそろ行かなくちゃ…」祥子は美津留の両手を握ってため息をついた。
「え、もう行っちゃうの?」
「うん、早くしないと夜が明けちゃう。幽霊は太陽に弱いんだ」
「ふぅん」
「美津留ちゃんさ…」
「うん」
「1日でも長生きできるように気をつけるんだよ。そして私の分も生きて楽しい人生を送ってね」
「わかった」美津留の目に涙が溢れて霞んだ。どの位の時間が経ったのか空が明るくなってきたような気がした。

その時、祥子以外の声が聞こえた。いつの間にか郵便配達の格好をした女性が祥子の後ろに立っていた。
「祥子…もう行かなくちゃ」祥子の母親だった。
「久しぶりね、美津留ちゃん」祥子の母は少し若返ったように見えた。死んで生前の苦悩が吹っ切れたのだろうか。
「お元気でしたか…あ、ごめんなさい」美津留は慌てた。
「うふふふ、幽霊にお元気でしたかはないでしょう…」祥子の母が微笑みながら美津留をからかった。
「ホントにごめんなさい」
美津留の慌てぶりを見た祥子と母親は声を出して笑った。その様子を見て美津留も笑った。

「私はお母さんと一緒に郵便配達をしているんだよ」
「死んだら、皆、郵便配達になるの?」
「生前に悔いを残した人たちが郵便配達になるのよ」祥子の母が優しく言った。
「そうなんですか。それじゃ私も郵便配達になるのかな」
「そうかもしれないね…美津留ちゃん、じゃあ、私たちはもういくね」
「美津留ちゃん、じゃあね」
「祥子ちゃん、祥子ちゃんのお母さん、さようなら。また会おうね」
「うん」祥子と祥子の母は頷くと、美津留に背を向けた。
「じゃあね…」
ふたりの姿は陽炎のようにユラユラと揺れながら少しずつ見えなくなって消えた。


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