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「夜の郵便配達2」美津留と祥子2

3.

こんな真夜中に郵便が届くはずがない。美津留は戦慄した(やっぱり強盗だわ。最近流行りの殺人鬼かもしれない)。
「あなたは郵便局の方ですか?」おそるおそる聞いてみる。
「夜の郵便配達です」女は当たり前のように答えた。
「デタラメを言わないでください。あなたは強盗でしょう?警察に電話しますよ」声が恐怖で震える。
「違いますよ。本当に手紙を届けに来ただけです。この手紙をあなたにお渡ししないと私は戻れないんですよ」
「郵便局にですか?」
「まぁ、そのようなものです、とにかくドアを開けて手紙を受け取ってください」「真夜中に手紙を届けに来るなんて信じられません。強盗か人殺しに決まっています」
「困りましたね、どう言えば信じてもらえるかな…」
「真夜中に知らない方を相手にドアを開けるなんて、やっぱり怖くてできませんよ。あ、そうだ、この郵便受けから入れてくださいよ。そうだ、そうですよ、ドアを開けなくたって問題ないじゃないですか」
「受け取りサインが必要なんですよ。本当に困ったなぁ」
「そうだ、それでは誰からの手紙なんですか? 」知っている名前の人間からの手紙ならば少しは信じることができる。
「ああ、そうですね。それがわかれば信じてもらえますよね。ええと…あなたの友人の小野祥子さんからのお手紙ですよ」
「祥子からの手紙…?」
「そうですよ」
トネリコの樹の葉が風で揺れた。

4.

家の中心にあたるトネリコを植えている中庭が、屋根のない吹き抜け構造になっているので、屋外の天候が反映される。この日の気温は、かなり低く、風が強かった。
小野祥子からの手紙を配達しにきたと聞いて美津留は驚いた。(やっと届いた…)心の中でそう呟いた。

「祥子からの手紙ですか?」
「信用していただきましたか。では、ドアを開けて受け取りサインを下さい」
「ちょっと待ってください。祥子の住所はどこになっていますか?」
「それは申し上げるわけにはいきません。ただ、私が直接、祥子さんから預かって来たのは間違いありません。こちらの住所も申し込み時に祥子さん自らお書きになったものです」
「え、マジ?」思わず地が出た。
「マジっすよ…あ、本当ですよ」美津留の言葉に反応して、郵便配達も若者のような言葉づかいをしたが、慌てて修正した。
「ん、おねえさんは…若いの?」
「うぅん…どうかなぁ」
美津留は、恐怖心が薄らいで、ようやく玄関のドアスコープから外を覗く余裕ができた。というか、今までそれに気がつかなかったのだ。ドアスコープのレンズの向こうには昔の学生帽のような帽子を目深に被った女性が見えた。郵便局員のような制服を着て肩から大きなカバンをたすき掛けにして立っている。手には確かに封筒を持っているようだ。彼女を信じていいのだろうか。
「困ったなぁ。あなたを信用したいのだけれど、もう時間が時間だし…」
「無理もありません。真夜中に郵便配達されるなんて信じられないかもしれません」
「だって、ドアを開けた瞬間にナイフでブスッと…」
「ふふふ、私がそんな悪人に見えますか?」ドアスコープから口に手を当てて笑う姿が見えた。
「本当に祥子からの手紙なんですね」
「そうですよ、間違いありません。それに私は怪しいものではありません。ドアを開けて手紙を渡したいだけです。受け取りサインをいただけたらすぐに退散いたします」美津留はドアを開ける決心をした。
「じゃあ、信用します。絶対に純真な女子高生を裏切らないでくださいね」
「うふふ、絶対に裏切りませんから安心してください」
美津留はドアの鍵を外してドアノブに手をかけた。ドアがゆっくりと開いた。
「ありがとうございます」郵便配達の女性は持っていた封筒を美津留に向かって差し出した。


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