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死に逝く者…母の場合「電話」

1.

今日も母は電話に出ない。呼び出し音が数回鳴ったあとに、受話器からは「ただいま留守にしています…」と虚しい声が響いてくる。当たり前だ、死んだ人間が電話に出るはずはない。だって、母はこの世にいないのだから。僕の母は、この1月に死んだのだ。

昨年の11月に治療も不可能な末期の肺がんであることがわかって「余命数ヶ月」と医師から告げられたが、気の弱い母にはそれを知らせなかった。人は自分の未来を知りたがるが、数ヶ月先…いや、今日死ぬ運命であることがわかったらどうだろう? 僕なら発狂するかもしれない、潔く死を迎えるなんてできるはずがない。

母が死んでからもう4ヶ月になるが、僕はいまだに母の死を受け入れられないでいる。葬式も四十九日も過ぎているのに母がこの世にいないという現実感がない。

母は医師が告げた余命よりも短い時間しか生きられなかった。あまりにもあっけない最期だったので実感がわかないのかもしれない。短期間に母を看病できたことは今考えると母にとっても僕自身にとっても幸福であり、また、これまでの人生の中で一番辛い日々だった。今でも看病時のことを思い出しては自分を責める。

2.

「うえええ…」母が子供のように泣いている。困った。母に正直に病状を話せば、たちまち鬱状態に陥って、医者が告げた余命よりも早く死んでしまうような気がする。母は見た目とは違って繊細で心が脆いのだ。できるだけ長く生きてほしいから嘘をつく。嘘は次第に増幅していく。それがとても悲しい。

「母ちゃん、ただに風邪なんだから泣かないんだよ、治ったら帰れるんだからさ」と背中をさすりながら宥めると「うん」と素直に頷いて目を閉じる。「家に帰りたいのよ…」と涙を流しながらすすり泣く。そのうちにスースーと寝息を立てる。自分の母親であるはずなのに幼児のような可愛らしさがある。
あまりにも可愛らしいので母の頭を撫でてやりながら「俺たちの母ちゃんなんだから泣いちゃダメだよ」と呟くように言う。

病室の窓の外から幼児たちの遊ぶ声が聞こえる。母の病室から100メートルほど離れたところに保育園があり、母は遊びまわる幼児たちを窓から見ながら「ああら、危ないわねぇ、そんなことしちゃ、ほら保母さん、ちゃんと見てないとダメよぅ」と独り言をいうのが日常で、また母もそれが楽しいようだった。

母は子供が好きで、僕たち夫婦の間に子供ができることを望んでいたのだ。自分の孫ができて、その世話をすることが女性としての本能なのだろう。ところが母の期待に反して僕たちに子供はできなかった。14年前に先に死んだ父も孫が生まれるのを望んでいたのだろうなと思うと、本当に両親には申し訳ないことをしたと思う。

3.

「ただいま留守にしております、電話の方はピーという音のあとにお名前とご用件をお話ください…」と留守電の応答アナウンスが流れる。死んだ人間が電話に出るはずがないが、母が生きている時から見守りのつもりで毎日電話をしていた習慣が抜けないのだ。留守電の応答アナウンスが流れる時に「母は死んだのだ」とやっと気がつく愚かさが悲しくなる。

今日は我慢しきれなくなって留守電に向かって呟いてしまった。「頼むから電話に出てくれよ、病気のことで母ちゃんに嘘をついていたことを謝りたいんだよ…」

虚しい…留守電に録音しても仕方がないじゃないか…。電話を切ろうとしたときに声が聞こえた。

「そんなこと知ってたよ」

「誰? 」

「あたしだよ、母親の声を忘れちゃったのかい? 情けないね、病気のことは知ってたよ、だから病院で泣いちゃったんだもん」母の声だ。バカな…空耳だろうか? いや、確かに母の声だ。

「パパが病室に来て教えてくれたんだよ、あたしはもうすぐパパのところに来るんだって言って、ニコニコしてたよ」

「そういえば死んだ親父が病室まで来たって言ってたね…」

「うん、もう気にしなくていいよ、あんなに苦しいんだもん、お前に教えてもらわなくたって自分が死ぬってわかったよ」

「ごめんね、苦しかったろう? 俺は体をさすってやるしかできなかったもんね」

「いいよ、お前はちゃんとあたしの世話をしてくれたよ、謝るのはこっちの方さ」

「パパが呼んでるから、電話を切るよ、あ、お前、あたしのことは、もう気にしなくていいからね、あたしはこっちで楽しくやってるんだからさ、じゃあね」

電話が切れて、ツーッツーという音が受話器から聞こえた。

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