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私なりのアウトドアって?上高地の緑を浴びる

特別な装備はいらない道だけど

 アラームが鳴る前に、鳥の声で目が覚めた。宿のベッドから起き上がると、窓から気持ちいい風が吹き込んできた。友人を起こし、身支度と朝食を済ませる。今日はお昼前に上高地を散策する予定。朝が弱めな友人は、まだ眠そうな目をこすりながら、のそのそとパンを口に運んでいる

 荷物をまとめ、乗鞍高原から上高地までの道のりを調べる。同じ松本市だし、イメージでは近そうだと思っていたけれど、どうやら意外と乗り換えが面倒らしい。
「当日調べれば行けるでしょと思ってたけど、そんなことなかったね」、「まぁこれも思い出ってことで」なんて笑いあって、ひとまず上高地の玄関口、沢渡ナショナルパークゲートまでバスで向かう。
 
 沢渡ナショナルパークゲートからは、上高地の中まで直通シャトルバスが出ている。荷物を預け、そのままバスを乗り換えようかと思ったら、次のバスまで結構時間があった。二人とも、「上高地といえばとりあえず河童橋だよね」くらいの下調べしかしてきていなかったので、カウンターでおすすめのスポットがあるか聞いてみることに。

 「初めて上高地に来て、とりあえず河童橋まで行きたいんですが、軽く散策できるおすすめのルートはありますか?」と相談してみると、カウンターにいたおじさんが一緒にルートを考えてくれた。
上高地は思っていたよりも広く、降りる場所や通る道によってハードさや見える景色も変わってくるらしい。

 装備が必要か不安だったけれど、大正池から河童橋まで歩くルートなら軽装でも大丈夫だと教えてもらって一安心。大正池まで、ここから30分ほどで行けるそうなので、次のバスを待たずに二人でタクシーに乗ることにした。

 今日の私は、最近揃えたばかりのアウトドア用の帽子にジャケットに、リュック姿に、足元はいつもの歩き慣れたスニーカー。友人はというと、普段通りのカジュアルな格好をしている。と、思っていたら、タクシーで移動している間にリュックから真新しいバケットハットを取り出して、へへ、とちょっと照れた顔で笑いながらかぶって見せてくれた。

「普段さ、あんまりアウトドアっぽいことしないから、誘ってくれたのうれしくて買ってみたんだ。どう?」
「え、いいじゃん!似合ってるよ。私のこのリュックと帽子も、最近新しく買ったやつなんだよ」

たとえ特別な装備が必要なくても、ちょっと普段とは装いを変えてみるとわくわくする。なにより、今回の旅行を楽しみに準備をしていてくれていたのがうれしい。

空の青、山の岩肌の青、水の青

 タクシーを降りてから数分で、最初の目的地の大正池に着いた。大正池は、焼岳の噴火によって梓川の流れがせき止められてできた池らしい。今日は天気が良くて、青空と焼岳が丸ごと水面に反射している。噴火と聞くと荒々しいイメージがあるけれど、それによってこんなに穏やかな景色が生まれたと思うと不思議だ。

 池のほとりにしゃがみ込み、手を浸してみる。手のひらで水を掬ってみると、にごりがなく透明だ。水面に静かに水紋が広がっていくのを、いくらでも眺めていられる気がする。

 少し池から離れたところで景色を眺めていた友人が、「ねぇ見て、あっち! 登ってる人が見えるよ」と山頂を指差す。指差す方に目をやると、ゴツゴツした焼岳の岩肌の上で何かが動いているのが見える。たしかに、登山者かもしれない。私たちでも登れる山ってあるのかな。ちょっと興味が湧いてくる。ふと時計をみると、池に着いてからとうに30分以上も時間が経っていて驚いた。自然の中では時間がゆったり流れるみたいだ。

溢れるほどの緑を浴びて

 沢渡ナショナルパークゲートで買ったガイドマップを再確認しながら、ずんずんと木々の中を進んでいく。道が平らなので、山の中を歩いている感じがしない。本当に数時間で散策できるのかと少し不安だったけれど、これなら大丈夫そうだ。どこを見ても、草木の緑で溢れている。でも、よく見ると葉っぱの形や緑色の濃淡がちがう。森林浴って、今まではあんまりピンとこなかったけどこういうことなのかもしれない。全身で森の緑を浴びている感じがする。

 道の途中で、友人が急に立ち止まった。ちょっと疲れてきたのかな。
「休憩する?」と声をかけると、「あ、ごめん。木漏れ日がね、きれいだと思って見とれちゃった」と足元を指差した。木々の隙間から漏れた光が、私たちのつま先で揺れている。

「自然の中でリフレッシュしなきゃ!ってほど、毎日疲れ切ってるわけじゃないけど……。自然の中にいると、いい意味で自分が小さく感じるから好きかも」
「小さく?」
「うん。自然の中に自分が溶けていく感じがして心地いい」

 改めて、自分の周りをぐるっと見渡してみる。私は上の方ばかり見て歩いてきたけれど、たしかに足元の木漏れ日もきれいだ。同じ道を歩いていても、見る人によって違う景色になるから面白い。

川のほとりに寝そべってみる?それぞれの過ごし方

 「林間コース」を抜けると、さぁっと視界が開けて梓川沿いの道に出た。見事なエメラルドグリーンは、見ているだけでも涼しく感じる。

 「河童橋」の周りは、たくさんの人で賑わっていた。アロハシャツを着たおじいちゃん、本格的なアウトドアウェアに身を包んだ人、ワンピースにサンダル姿の女の子たち、ジャージ姿の学生っぽい子たち。服装は人それぞれだけど、誰もが梓川を見てはしゃいでいる。

 橋から身を乗り出して、小さい女の子が「誰かが、ここに河童がいそうだと思って河童橋って名前にしたのかなぁ?」と家族に聞いている。それを聞いた友人も「河童じゃなくても泳ぎたくなるね、気持ちよさそう」と笑う。

 橋の近くのカフェで軽食をとって少し休憩をしたら、河童橋からもう少し奥まで歩いてみた。数十分しか離れていないのに、岳沢湿原では梓川沿いとはまた違った景色が広がっていた。苔むした沢では、水がゆったりと流れ、その色は流れの速い川よりも深く濃い青色をしている。立ち止まってよく目をこらすと、小さな川魚たちが泳いでいるのが見える。湿原が一望できるウッドデッキで、水面をぼーっと眺めながら、どこかから聴こえてくる鳥のさえずりに耳を澄ましてみる。

 帰り道、上高地バスターミナルに向かう途中で、川辺の砂利の上にレジャーシートを広げ、サングラスをして寝転んでいる人がいた。あれでは、上高地の山も川も見えないだろう。
 でも、川の音に包まれてウトウトするのはとっても気持ちが良さそう。

 自然の中に入っていくには、もちろんある程度の装備や準備が必要だ。でも、時間の過ごし方や楽しみ方は、もっと自由でいいのかもしれない。今日は散策をして周ったけれど、お気に入りの場所を見つけてぼーっとしたっていいんだ。

 本格的な登山はまだしたことがない。でも、自然の中にいる自分が好き。「アウトドアが好きなの?」と聞かれると答えに迷うことがあったけど、「私なりのアウトドアが好き」でいいのかもしれない。これからまた、旅を通して自分と自然のちょうどいい距離感を見つけていきたい。

<今回訪れたスポット>
・沢渡ナショナルパークゲート
・大正池
・河童橋
・小梨平キャンプ場
・岳沢湿原

<Kita Alps Traverse routeとは……> 
東西南北の分水嶺である北アルプスによって異なる二つの文化圏を持つ信州松本と飛騨高山。中部山岳国立公園を間に挟み、二つの市街地をつなぐ旅のルートが「Kita Alps Traverse route」です。

日本文化を形成する営みの源となった、木と水、そしてそれを育む山岳の自然環境を五感で感じるとともに、さらに文化圏の違いを東西の「水平移動」と日本でここだけしかない標高差2,400mの「垂直移動」の両方の中に生きる地域の人々との交流を通じて堪能することができます。

信州松本から飛騨高山というコンパクトながらダイナミックな文化と自然が、場所ごと微細に変化していることをゆったりとした時間の中で感じてほしい、それが「Kita Alps Traverse route」の旅です。

連載記事を通じて、「Kita Alps Traverse route」を育む水と森、山と街、自然と人の共生の姿を発信していきます。

Photo: 表萌々花
Model: Saki (Kita Alps Traverse Route PR大使)
Text: 風音


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