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好きなことを仕事にしなさい vs 置かれた場所で咲きなさい 論争 (前編)

今回は、以前からこの論争に自分なりの整理をしたいと思い、このテーマを取り上げてみました。(そしてかなり気合を入れて書きました)

かねてから
「好きなことを仕事にしなさい」
という言葉に対して、
「いやいやそんなの理想論でしょう。置かれた場所で自分にできることを精一杯やりましょうよ」
という反論が展開されたりします。

結論から言ってしまうと、どうもそれぞれの主張がどうも極論的のような気がしてなりません。

ですので、それぞれの主張について、なぜ極論になってしまうかを語っていくとともに、最終的には私はどう考えるのかということをお伝えしていこうと思います。

壮大なテーマにつき相当な文字数になりそうなので、初めて前編と後編に分けることにしてみました。

まずは、
「好きなことを仕事にしなさい」
という論について。

私はこれを全くの筋違いであるとは思いません。
なぜかというと、
そうした方が幸せになる可能性が高いから。
そこに対して、
「好きなことをやっていてもすべての時間が楽しいとは限らない」
という反論が来るようにも思いますが、それもちょっと極論的かと思います。
大事なのはその按分ではなく、
「好きなことをやっている方が楽しいし、幸せになる可能性が高い」
ということであって、
「好きなことにも苦しいことがある、全て幸せとは限らない」という重箱の隅を突くような言い方は反論としては、お門違いのように思います。

また、「好きなことを続けるのは相当な苦労があるから続けない方がいい」「ずっと好きであり続けられるとは限らない」なんていう言葉も聞きます。

確かに好きなことをやり続けるというのは結構苦労があるというのはその通りだと思いますし、それに対して否定もしませんが、それを言ったら、
どんなことであろうと、続けるのは大変だし、ずっと良い状態でいられるとは限らないと思います。
故に、「好きなことをずっと良い状態で続けられるとは限らない」という意見については反論としては極論であると私は考えます。

では、なぜ「好きなことを仕事にしなさい」は否定されることがあるのか?
それは、あえてあえて言ってしまえば

自己満足に陥ってマネタイズが出来なくなる

これを回避した方が良いということに、「好きなことを仕事にしてはいけない」という極論が生まれる理由があるように思います。

本当は好きなことをやりたい、でもそれではなかなか飯を食っていけない、だからはっきりと好きとは言えないけど、別の仕事をやりながら本当にやりたいことを細々と行なっていく。
私はそんな人をごまんと見てきました。(特にアーティスト系で)

世の中は、他人から評価されなければお金をもらえないという現実があります。
これは誰がどうやっても避けることの出来ない現実であり、これが「好きなことを仕事にしたい」という人に残酷なまでに突き刺さってきます。

その人が好きで行なっている仕事について、他人から対価をもらえる可能性が難しいもの(=多くの人に理解されるという点ではとても難しい内容)になってしまうと、いくら好きで続けても「あんなもの誰も良いと思わない」、「自己満足」、「あれでは食えない」という社会性という点で失格の烙印を押されたような言葉が容赦無く迫ってきます。

とすると、ある程度お金を稼げるようにならないと好きなことは仕事にすべきではないのか?
と言われると、それも言い過ぎと思います。

それを言ってしまうのは、チャレンジに対する阻害になります。

私は、
「これが好き」とはっきり言えて行動できるというのはとても尊いことだとと思います。
そして、
好きである気持ちをを誰かに邪魔をされる必要はない邪魔してはいけない
これは強く言いたいです。
(下記の過去記事ご参考までに)

尊敬する伊藤羊一さんがよく使う言葉で、
「人の夢を笑わない」
というのがあります。

羊一さんは人の夢を笑う風潮こそがチャレンジしようとする精神を阻害していると仰っており、私もその通りだと思います。

マネタイズできるかどうかはともかく、私はこれが好きで、これがやりたいという気持ちこそが世の中を動かすと思いますし、
むしろそういった熱さがないと世の中は動かないとも思います。

ですので、私は、好きなことを仕事にするのは難しいけれど、

情熱を持ってチャレンジしようしてることをマネタイズできないからという理由で止めてはいけない

と考えています。

また、誰がなんと言おうとそれを本気でやろうと思ってる人を止めてしまうのではなく、本気でやろうとすることを支援するという発想で居続けることこそがリーダーシップに対するフォロワーシップであるとも考えています。

好きであるというのは取り組むためのモチベーションに対する大きな原動力であり、

夢中になれるものを持っているということは幸せである状態

と言えると思います。
だからこそ、夢中な状態を阻害するのはあまりに残酷だということです。

とはいえ、続けていく確かに前途多難かもしれません。そして結果的に失敗するかもしれません。
全力で取り組んで、ダメだと思ったら諦めればいいと思います。
もちろん本人の覚悟次第でありますが、他人から妨げられるものではないということです。

覚悟を持って、好きなことに対して本気になって全力で取り組んで、それでもうまくいかないと思ったらまた違う道を探せばいい。
情熱を傾けた結果であるでのあればそこに大きな後悔はなく、むしろそれは今後の自分の糧になるものにもなると思います。

ここまで読んで、
「じゃあ、好きなことをマネタイズで出来るようになればベストなんじゃない? そのためにはどうすればいいの?」
という疑問が上がってくるのではないかと思います。

後編では、その内容も含めて、
「置かれた場所で咲きなさい」ということの難しさ
について語っていきたいと思います。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
少しでも記事を見ていただいた方全員に心より感謝を申し上げます。
では、後編をお楽しみに〜

(2014/3/10追記)
後編を投稿しましたので、リンクを追記します。


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