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短編小説

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2024年5月の記事一覧

短編小説/カジイさん

短編小説/カジイさん

「あのね、今日からしばらく知り合いの人が一緒に住むことになったから。カジイさんっていうの。いい人だから祐介も仲良くしてね」
 
 学童に迎えに来たママが車の中で言った。初めて聞く名前だった。
「誰それ」
「お友達よ。男の人」

 運転する横顔が綻ぶ。僕はママの機嫌のバロメーターを計るプロだから、今日はかなりいいとすぐ分かる。ただのお迎えなのに花柄のワンピースなんか着ているのがその証拠だ。
 家に帰

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短編小説/世界一の美女

短編小説/世界一の美女

   
   『○月○日 世界一の美女来たる!』

 ある日、こんなポスターが町の至る所に貼られた。キャッチコピーの横には、美女らしき女性のシルエットが浮かび上がっている。ウェーブした長い髪に細身のスタイル。それはまさに美女を思わせる横顔で、町の男たちはポスターの前に群がって、どんな美女が来るのかと口々に言い合った。

「あの女優みたいな美女じゃないか?」
「いやいや美女と言えば最近よくCMに出て

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短編小説/昆虫学級

短編小説/昆虫学級

 さわやかな朝。6年4組の教室は今日も賑やか。生徒の昆虫たちはお喋りに夢中です。
 羽をぱたぱた動かしたり、お尻をぷいぷい振ったり、触覚をくるくる巻いたりしながら、楽しそうにお友達と遊んでいます。
 
クワガタの男の子たちは自慢のクワを使ってプロレスごっこ。体の小さいクワ町君が、大将のクワ山君に「どりゃー」と持ち上げられて投げられています。周りはみんな大盛り上がり。クワ町君は仰向けに倒れて足をバタ

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短編小説/初夏

短編小説/初夏

「カッツン」
 声を掛けると、カッツンはギターを爪弾く手を止めて、のそりとこちらを振り向いた。
「いいのかよ。出棺しちゃったぜ。今から急げばまだ親父さんと最後の対面できるぞ」
 しかしカッツンは顔を元に戻すと「いいんだよ」と、またギターを鳴らした。カーキ色のジャケットを羽織る角張った背中。
 村外れの高台にある岩山はカッツンのお気に入りスポット。昔もよくここでギターを弾いていた。以前はもう少し草に

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短編小説/現代っ子

短編小説/現代っ子

 ある夜のこと。
 歯磨きを終えたケンタ君が自分の部屋に戻り
 ベッドに座った時、どこからか優しい声がしました。
「ケンタ君、ケンちゃん」
 聞き覚えのある声。ケンタ君は辺りを見回しました。
「誰?もしかして…ママ?」
 すると、ベッドの横に白い影がボヤーンと浮かび、みるみる輪郭をなして
 人の形がはっきりと現れたのです。
 それはケンタ君のママでした。にっこりと微笑んでいました。
「やっぱりママ

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短編小説/手

短編小説/手

 村崎哲司は熱心に手を合わせていた。お堂内には彼と同じような姿勢で頭を垂れてぶつぶつ念仏を唱える老若男女がひしめいている。まるで蜂の羽音のように低く唸る僧侶たちの読経の声。護摩焚きの赤い炎が高く揺らめき、木の割れる音が時折小気味よく響いた。
 どうか二度と盗みをしませんように。
 村崎は祈った。これまで六度も捕まっている。しかし実際に重ねた罪はその十倍。払える金はあるのについポケットや鞄に棚の商品

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