M42クリエイションズ

初めまして。長野県川上村出身、東京で故郷を思う毎日。自分が何をこの世に残せるのか。今ま…

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初めまして。長野県川上村出身、東京で故郷を思う毎日。自分が何をこの世に残せるのか。今までの失敗や経験から学んだ事や日常を綴ってみます。ときめく人生の維持装置製作所を目指します。(ヘッダー、プロフィール写真掲載許可by ANA:ANA Blue Hangar Tour 個人撮影)

記事一覧

信州で最も不便な荒れた山奥の寒村

家から小学校まで4キロ。この道のりを毎日徒歩で通ったことで、足腰が鍛えられたのかな、と今では思っています。 島崎藤村の「千曲川スケッチ」(新潮文庫 73刷)の7…

おばあちゃん子は、いつもビリ(2)

走ればビリのおばあちゃん子に起こった、奇跡とは?大げさかもしれませんが、当時の私にとっては、そして私の鈍足を知る周りの人たちにとっては、驚くべきことでした! 小…

おばあちゃん子は、いつもビリ(1)

その村では、毎年秋に(確か、体育の日)に村民大運動会なるものがありました。村の八つの地区が競い合う、運動会です。私が大嫌いな行事でした。 小1の時、初めて、駆け…

おばあちゃん子の登校拒否:騒動@寒村の小学校(後編)

その転機とは? その時期「転機」などという語彙を知っているはずもなく、先生や親に教えてもらったわけでもなく。物心ついてから、自分なりに考えたのですが。 それは、…

おばあちゃん子の登校拒否:騒動@寒村の小学校(前編)

私の登校拒否歴を、長々とシリーズ化するのも気が引けますので、 記憶が鮮明な“物語”を前編、後編で手短に・・・ 初日は母ちゃんに引率され入学式に行ったものの、すぐ…

おばあちゃん子の4月 登校拒否準備

保育園は前代未聞の不良出席率でしたが、一応卒園・・・登園拒否児なんて、当時いただろうか? そして、数十年前の4月に、地元の小学校に入学。 なんか、おかしい・・・母…

おばあちゃん子の登園拒否

両親が忙しく、母方のおばあちゃんに育てられました。それは優しいおばあちゃんでした。いつも、どこに行くのでも、一緒。 その私が保育園に行くようになると、当然大好き…

自分は何を誰に残せるのだろうか。

自分が世の中に、社会に何を残せるのか。真剣に考え始めました。千曲川の源流に生まれ、東京で暮らし、ふと思いついた答えは「還元」です。 私の経験や知識を必要としてく…

信州で最も不便な荒れた山奥の寒村

信州で最も不便な荒れた山奥の寒村

家から小学校まで4キロ。この道のりを毎日徒歩で通ったことで、足腰が鍛えられたのかな、と今では思っています。

島崎藤村の「千曲川スケッチ」(新潮文庫 73刷)の78ページには、私の生まれた川上村が数行描かれています。山奥の寒村で、白米は病人に食べさせる貧しい村、と。

小学校3年生の時に赴任してきたN先生は、風に飛ばされぬように、石が屋根においてある村の家並みを見て、ビックリしたと話していました。

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おばあちゃん子は、いつもビリ(2)

おばあちゃん子は、いつもビリ(2)

走ればビリのおばあちゃん子に起こった、奇跡とは?大げさかもしれませんが、当時の私にとっては、そして私の鈍足を知る周りの人たちにとっては、驚くべきことでした!

小学校4年生の体育の授業。確か、200M 競争で。この日だけは、何かわくわく感があり、駆けっこいやだなあーという気持ちは無かったのです。

今でも覚えていますが、昨日までの自分とは違う、前向きな気持ちがありました。

位置について、よーいド

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おばあちゃん子は、いつもビリ(1)

おばあちゃん子は、いつもビリ(1)

その村では、毎年秋に(確か、体育の日)に村民大運動会なるものがありました。村の八つの地区が競い合う、運動会です。私が大嫌いな行事でした。
小1の時、初めて、駆けっこに参加です。学年から一人選ばれ、6人チームで対抗戦です。一年生では私しかいないので、自動的に指名選手です。
まだ、登校拒否のど真ん中の、虚弱で気弱なわたし。
一周、200mくらいでしたか。一番スタートの私は、スタートからビリ。走るなんて

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おばあちゃん子の登校拒否:騒動@寒村の小学校(後編)

おばあちゃん子の登校拒否:騒動@寒村の小学校(後編)

その転機とは? その時期「転機」などという語彙を知っているはずもなく、先生や親に教えてもらったわけでもなく。物心ついてから、自分なりに考えたのですが。
それは、「絵」でした。
図画工作の時間に展覧会用の水彩画を描いたのです。私が描いたのは、犬のつもりの未確認生物。
クラスには、絵の得意なK君がいました。K君、漫画家を目指すのですから、上手いのです。
井出先生、なんとそのK君の上手な犬の絵と、私の怪

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おばあちゃん子の登校拒否:騒動@寒村の小学校(前編)

おばあちゃん子の登校拒否:騒動@寒村の小学校(前編)

私の登校拒否歴を、長々とシリーズ化するのも気が引けますので、
記憶が鮮明な“物語”を前編、後編で手短に・・・

初日は母ちゃんに引率され入学式に行ったものの、すぐにおばあちゃん子病が発病。
川に逃げたり、山に逃げたり、学校から家に連絡があり欠席がばれました。
次の日から母ちゃんに手を引っ張られ、一クラスのだけの一年生の教室に放り込まれるのです。

大泣きが始まり。隣の同じ階の教室から先生やら他の学

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おばあちゃん子の4月 登校拒否準備

おばあちゃん子の4月 登校拒否準備

保育園は前代未聞の不良出席率でしたが、一応卒園・・・登園拒否児なんて、当時いただろうか?
そして、数十年前の4月に、地元の小学校に入学。
なんか、おかしい・・・母ちゃんはいつもと違うよそ行きの服装。
父ちゃんは、だまって仕事に。
ランドセル背負って、学校に。入学式。
おばあちゃんがいない!
周りは知らない連中と大人ばかり。
自分はどんな無様な表情をして、恐怖におののいていたのか・・・
入学式が終わ

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おばあちゃん子の登園拒否

おばあちゃん子の登園拒否

両親が忙しく、母方のおばあちゃんに育てられました。それは優しいおばあちゃんでした。いつも、どこに行くのでも、一緒。

その私が保育園に行くようになると、当然大好きなおばあちゃんとは会えないわけで。登園拒否が始まります。登園簿には欠席の印が続いていたと記憶しています。

徐々に保育園に慣れて、行き始めたのでしょうが、それでも、超がつくおばあちゃん子。おばあちゃんがいないと何もできない。

おばあちゃ

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自分は何を誰に残せるのだろうか。

自分は何を誰に残せるのだろうか。

自分が世の中に、社会に何を残せるのか。真剣に考え始めました。千曲川の源流に生まれ、東京で暮らし、ふと思いついた答えは「還元」です。

私の経験や知識を必要としてくれる方に、これから発信させていただきます。

登校拒否、いじめから始まった小学校時代。振り返ると、いやな出来事の中に、ひときわ輝く出来事があったのです。

よろしくお願いいたします、