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信州で最も不便な荒れた山奥の寒村

家から小学校まで4キロ。この道のりを毎日徒歩で通ったことで、足腰が鍛えられたのかな、と今では思っています。

島崎藤村の「千曲川スケッチ」(新潮文庫 73刷)の78ページには、私の生まれた川上村が数行描かれています。山奥の寒村で、白米は病人に食べさせる貧しい村、と。

小学校3年生の時に赴任してきたN先生は、風に飛ばされぬように、石が屋根においてある村の家並みを見て、ビックリしたと話していました。

こんな村の端っこの集落から、小学校までの4キロを通い、3年生から始めたソフトボールで、へたくそながらも筋力や心肺能力が強化されたのかもしれません。なぜ、ソフトボールを始めたのかは記憶がないのですが。

登校拒否で泣きながら、隠れながら、なんともひ弱な私は、なんとか生きていったようです。

絵と、4キロの道のりと、ソフトボールが、生きる力を与えてくれたのかな、と思います。

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