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2021

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#140文字小説

一期一会

一期一会

穏やかな海に影を落とす月。

枯れ野に風が吹いて手元の灯を揺らす。

ふっと雪の香りがした気がして北の空を見上げると

風花がひとひら開いた本の上に舞い降りた。

あの日の雨もこんなふうに時を止めてくれたね。

言の葉の宇宙でこの星に集った私たちの一期一会。

そしてまた、それぞれの旅が続く。

ありがとう。

ひとつひとつの出会いは奇跡の連続。

噛み締めて。

感謝して。

そしてまた一歩ずつ

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晩秋の森にて -11月の星々-

晩秋の森にて -11月の星々-

書いておこうと思った。

たとえば、敷き詰められた落ち葉のほんのりとした暖かさを

たとえば、木々の年輪にくっきりと刻まれる厳しい寒さを

たとえば、冬枯れの枝に始まる新しい芽吹きを

たとえば、沈黙した森に響く陽射しが降り注ぐ音を

せめて、言葉を超えたものがあるということを

明日も覚えておくために

星の種ー8月の星々ー

星の種ー8月の星々ー

昔、北の森には、毎年夏の終わりに、たくさんの星が降った。

人々は星を集めて豊かな黒土の畑に蒔いた。

その種はたちまち芽吹き 

すくすくと育ち鮮やかな花を咲かせると

たくさんの小さな実をつけた。

すすきを揺らす風がそよと吹く頃 

その実は風に乗って勢いよく空に舞い上がり

そのまま輝く星になった。

蝉時雨ー7月の星々ー

蝉時雨ー7月の星々ー

お社の大樹が参道に濃い影を作る。

短い命を燃やす蝉時雨が

容赦なく鼓膜をつんざく。

からん、からんと鳴る錆びた鐘の音。

ぱん、ぱんと響く乾いた柏手。

まるで映画のように蝉の声が一瞬鎮まり、

深い海の底のような蒼い静寂が支配する。

深く一礼をして祈りを解いたその人は

ひとつ深呼吸をして歩き出した。

雨男・晴女 −六月の星々−

雨男・晴女 −六月の星々−

大事な日になると絶対雨を降らせる男と絶対晴れる女が恋に落ちた。

誰もが長続きしないだろうと噂した。

でも意外にも、彼らはいつまでも仲睦まじく生涯を添い遂げた。

雨男の最期の日、

晴れ渡った空に登っていく彼の雲を見送りながら

晴女は穏やかな涙を流した。

二人の間には今日も虹がかかっていた。

弱っちいやつ ー4月の星々ー

弱っちいやつ ー4月の星々ー

春はなんだか弱っちい。

ぐいぐい引っ張られて

季節をひとつ飛び越えちゃったかと思えば、

ちょっとした北風で

すぐに後ろに下がったりするし、

そうかと思うとまたすぐもとに戻る。

夏とか冬みたいに確固たる自分を持てよ、

と叱咤激励したくなる。

みんながそんな気持でいるから、

春は花がいっぱいなのかも。

3月の星々ー春の空の管制官ー

3月の星々ー春の空の管制官ー

さあさ、桜も見れたんだから、

もう少しなんて言ってないで、早く北に飛び立ってください。

そろそろ燕尾服の皆さんが南周りで到着して

ここらあたりの空も渋滞するんだから。

ツバメと相性の悪いジョウビタキを急かすように、

今日もヒバリは高い空から甲高い警笛を鳴らしている。

2月の星々②ー香りを探してー

2月の星々②ー香りを探してー

数年前まで毎朝通っていた道を

逆向きに辿りながら、鼻をクンクンさせる。

んー、やっぱり朝じゃないとダメか。

路地を一本左に入ってウロウロ。

するとセンサーが反応した。

あ!この香り。やっぱりまだあった!

ようやく出会えた小さなパン屋のくるみパンは

「あの頃」の味がして少ししょっぱかった。

1月の星々ー奇跡の始まりの日ー

1月の星々ー奇跡の始まりの日ー

その日の朝一面の雪景色が世界を変えた。

欲望に駆られた街は小さなしるしにも心を満たし、

孤独な群衆は微かなぬくもりにも笑みを交わし、

人を羨まず、昨日を嘆かず、明日を憂えず、

いまこの時を心から尊び、暖かな夢を紡ぎ始める。

一年で一番寒い季節に始まる物語。

僕たちは奇跡の時を生きていく。